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綿密な復讐の布石
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私は一晩かけて復讐の第一歩を計画した。
泣いて夫を問い詰めるのは最も愚かな行為だと知っている。あの人は逆上するかあるいは涙で私を言いくるめようとするだろう。そしてユリエと結託し二度と証拠を残さないようにするに違いない。私には彼らが生涯かけて償えないほどの「負債」を背負わせたいのだ。
そのために私には「証拠」が必要だ。
次の日私は仕事を休み近所の家電量販店へ向かった。私が購入したのは高性能な小型のボイスレコーダーだ。私はそれを彼の作業着のポケットに目立たないように仕込んだ。彼がユリエと何を話すのかそれを鮮明に記録する必要がある。
また私はユースケのスマホから見た「ユリエ」の連絡先を自分のスマホに登録した。夫が不在の時ユリエがどのようなメッセージを送ってくるのか確認するためだ。あの人のスマホは私が以前に使っていた機種と似ていて私はメッセージの内容を通知で表示させる方法を知っていた。
すべては彼の知らないうちに彼の全てを知るために。
数日後ユースケは「今日はどうしても外せない飲み会がある」と言い珍しくスーツを着て出かけていった。飲み会にしては香水の匂いが少しきつすぎる気がした。
私はすぐに彼のスマホを手に取りロックを解除した。ユリエからのメッセージは来ていない。
その時私は彼のLINEのトークリストのトップにあの人のもう一つの見知らぬアカウントがあることに気づいた。「優子のママ」。これはユリエの娘の名前だろう。彼女のプロフィール写真がなぜか二つあるのだ。
私はこの「優子のママ」とのトークを開いてみた。
そこには夫がユリエに送った無数の「愛のメッセージ」と「私達の関係をいつまでも秘密にしておこうね」という約束の言葉が並んでいた。
「愛してる」
「ユースケくんが私の王子様だよ」
私は鳥肌が立つほどの寒気を感じた。ユリエは私との共通の友人であるかのように振る舞いながら裏では複数のアカウントを使ってあの人と愛を育んでいたのだ。
この女はしたたかだ。
私はこれらのメッセージをすべてスクリーンショットに撮り自分のクラウドに保存した。これで証拠は揃った。
さて次にユースケとユリエの「逢引の場所」を特定する必要がある。彼は以前ユリエのアパートにいると仄めかすメッセージを送っていた。
彼女の部屋は私達の部屋の真下一階の角部屋だ。
私は夜夫が留守の時を狙いユリエのアパートを訪ねた。玄関のチャイムは鳴らさない。ただアパートの外壁に沿って歩き彼女の部屋の窓の下に立ってみた。
「ユリエいる?」
私の声は小さく震えていた。
返事はない。部屋の明かりは消えている。
私は引き返すふりをしてアパートの裏手に回った。そこには小さな物干し場がありユリエの洗濯物が干してあった。
その時私は彼女の窓のわずかな隙間から二つの影が動くのを見た。
間違いない。ユリエの部屋に誰かがいる。
私は自分のスマホを取り出し録画を開始した。外からでは中の様子はほとんど見えない。しかし私はユースケが「飲み会」から帰ってきた時にその録画を見せて彼が何をしていたかを問い詰めるつもりはない。
私はただ彼らがそこで「何をしていたか」をボイスレコーダーで記録していることを確認したかった。
翌日夫が帰宅した。彼は少し酒臭い匂いをさせていたが顔色は良かった。
「飲み過ぎたよ。疲れた」
彼はそう言ってシャワー室へ直行した。
私はすぐに彼の作業着のポケットからボイスレコーダーを取り出した。そして自分のパソコンに接続する。
私はヘッドホンを装着し再生ボタンを押した。
まず聞こえてきたのはユリエの甘ったるい声。
『ユースケくん今日はありがとうね。また優子を預けて二人きりになれてよかったわ』
そしてあの人の声。
『ユリエといると本当に心が安らぐんだ。アイナには悪いけどさ』
『ねえユースケくん。いつになったらアイナと別れて私達一緒になれるの?』
ユリエの直球な問いかけにユースケは少し戸惑った様子だった。
『それはまだすぐには…アイナは俺に何も言わないしまだ気づいてないと思うんだ』
『それにアイナは俺の生活を支えてくれてるし俺達高校生の時から一緒だから…情もあるし…』
情。
その言葉を聞いた瞬間私の心は冷たい怒りで満たされた。彼にとって私との結婚生活は「情」で成り立っている形骸化したものだったのだ。
私が貧しいあの人を支え献身的に尽くしてきたのはすべて「愛」のためだったのに。
私は録音を止めヘッドホンを静かに外した。
夫がシャワー室から出てきた。彼は私の顔を見て少し驚いたように見えた。
「どうしたアイナ。顔色が悪いぞ」
「ううん大丈夫よ。ちょっと体がだるいの」
私は無理に笑顔を作った。
「そうか。お粥でも作るか?」
「いいわ自分で作るから。あなたは先に寝てて」
私はキッチンに立ちお粥を作り始めた。しかし私の手は震え心臓は激しく波打っていた。
私はこの録音をある人物に聞かせるつもりだ。
ユリエの「優子のママ」というアカウントを見て思い出したのだ。ユリエは娘の優子を週末だけ実家の両親に預けていると私に話していたことがある。
私はスマホを取り出しユリエの住んでいる地域を検索した。
優子の祖父母の家はこのアパートから電車で二時間ほどの場所にある。
復讐はここから始まる。まず彼女の最も大切な「居場所」を奪い取る。
ユリエがシングルマザーとして優子の親権を失うような状況を作れば彼女は社会的にこの地域で生きていけなくなるだろう。
そしてユースケ。彼には彼の会社の「上層部」にこの証拠を送りつけるつもりだ。
ユースケは顧客の個人情報にアクセスできる部署にいる。不倫という「個人的な」問題だけでなく彼が「仕事中に不倫相手と密会していた」という職務怠慢の事実を突きつけるのだ。
彼は信用を失い会社をクビになるだろう。
私の手は熱を帯びていた。お粥の湯気のように私の心は冷たい炎で燃え上がっていた。
「待ってなさいユースケ。そしてユリエ。あなた達の幸せな時間はもうすぐ終わるわ」
私はお粥を静かにすすりながら来るべき「断罪の日」を静かに待った。
泣いて夫を問い詰めるのは最も愚かな行為だと知っている。あの人は逆上するかあるいは涙で私を言いくるめようとするだろう。そしてユリエと結託し二度と証拠を残さないようにするに違いない。私には彼らが生涯かけて償えないほどの「負債」を背負わせたいのだ。
そのために私には「証拠」が必要だ。
次の日私は仕事を休み近所の家電量販店へ向かった。私が購入したのは高性能な小型のボイスレコーダーだ。私はそれを彼の作業着のポケットに目立たないように仕込んだ。彼がユリエと何を話すのかそれを鮮明に記録する必要がある。
また私はユースケのスマホから見た「ユリエ」の連絡先を自分のスマホに登録した。夫が不在の時ユリエがどのようなメッセージを送ってくるのか確認するためだ。あの人のスマホは私が以前に使っていた機種と似ていて私はメッセージの内容を通知で表示させる方法を知っていた。
すべては彼の知らないうちに彼の全てを知るために。
数日後ユースケは「今日はどうしても外せない飲み会がある」と言い珍しくスーツを着て出かけていった。飲み会にしては香水の匂いが少しきつすぎる気がした。
私はすぐに彼のスマホを手に取りロックを解除した。ユリエからのメッセージは来ていない。
その時私は彼のLINEのトークリストのトップにあの人のもう一つの見知らぬアカウントがあることに気づいた。「優子のママ」。これはユリエの娘の名前だろう。彼女のプロフィール写真がなぜか二つあるのだ。
私はこの「優子のママ」とのトークを開いてみた。
そこには夫がユリエに送った無数の「愛のメッセージ」と「私達の関係をいつまでも秘密にしておこうね」という約束の言葉が並んでいた。
「愛してる」
「ユースケくんが私の王子様だよ」
私は鳥肌が立つほどの寒気を感じた。ユリエは私との共通の友人であるかのように振る舞いながら裏では複数のアカウントを使ってあの人と愛を育んでいたのだ。
この女はしたたかだ。
私はこれらのメッセージをすべてスクリーンショットに撮り自分のクラウドに保存した。これで証拠は揃った。
さて次にユースケとユリエの「逢引の場所」を特定する必要がある。彼は以前ユリエのアパートにいると仄めかすメッセージを送っていた。
彼女の部屋は私達の部屋の真下一階の角部屋だ。
私は夜夫が留守の時を狙いユリエのアパートを訪ねた。玄関のチャイムは鳴らさない。ただアパートの外壁に沿って歩き彼女の部屋の窓の下に立ってみた。
「ユリエいる?」
私の声は小さく震えていた。
返事はない。部屋の明かりは消えている。
私は引き返すふりをしてアパートの裏手に回った。そこには小さな物干し場がありユリエの洗濯物が干してあった。
その時私は彼女の窓のわずかな隙間から二つの影が動くのを見た。
間違いない。ユリエの部屋に誰かがいる。
私は自分のスマホを取り出し録画を開始した。外からでは中の様子はほとんど見えない。しかし私はユースケが「飲み会」から帰ってきた時にその録画を見せて彼が何をしていたかを問い詰めるつもりはない。
私はただ彼らがそこで「何をしていたか」をボイスレコーダーで記録していることを確認したかった。
翌日夫が帰宅した。彼は少し酒臭い匂いをさせていたが顔色は良かった。
「飲み過ぎたよ。疲れた」
彼はそう言ってシャワー室へ直行した。
私はすぐに彼の作業着のポケットからボイスレコーダーを取り出した。そして自分のパソコンに接続する。
私はヘッドホンを装着し再生ボタンを押した。
まず聞こえてきたのはユリエの甘ったるい声。
『ユースケくん今日はありがとうね。また優子を預けて二人きりになれてよかったわ』
そしてあの人の声。
『ユリエといると本当に心が安らぐんだ。アイナには悪いけどさ』
『ねえユースケくん。いつになったらアイナと別れて私達一緒になれるの?』
ユリエの直球な問いかけにユースケは少し戸惑った様子だった。
『それはまだすぐには…アイナは俺に何も言わないしまだ気づいてないと思うんだ』
『それにアイナは俺の生活を支えてくれてるし俺達高校生の時から一緒だから…情もあるし…』
情。
その言葉を聞いた瞬間私の心は冷たい怒りで満たされた。彼にとって私との結婚生活は「情」で成り立っている形骸化したものだったのだ。
私が貧しいあの人を支え献身的に尽くしてきたのはすべて「愛」のためだったのに。
私は録音を止めヘッドホンを静かに外した。
夫がシャワー室から出てきた。彼は私の顔を見て少し驚いたように見えた。
「どうしたアイナ。顔色が悪いぞ」
「ううん大丈夫よ。ちょっと体がだるいの」
私は無理に笑顔を作った。
「そうか。お粥でも作るか?」
「いいわ自分で作るから。あなたは先に寝てて」
私はキッチンに立ちお粥を作り始めた。しかし私の手は震え心臓は激しく波打っていた。
私はこの録音をある人物に聞かせるつもりだ。
ユリエの「優子のママ」というアカウントを見て思い出したのだ。ユリエは娘の優子を週末だけ実家の両親に預けていると私に話していたことがある。
私はスマホを取り出しユリエの住んでいる地域を検索した。
優子の祖父母の家はこのアパートから電車で二時間ほどの場所にある。
復讐はここから始まる。まず彼女の最も大切な「居場所」を奪い取る。
ユリエがシングルマザーとして優子の親権を失うような状況を作れば彼女は社会的にこの地域で生きていけなくなるだろう。
そしてユースケ。彼には彼の会社の「上層部」にこの証拠を送りつけるつもりだ。
ユースケは顧客の個人情報にアクセスできる部署にいる。不倫という「個人的な」問題だけでなく彼が「仕事中に不倫相手と密会していた」という職務怠慢の事実を突きつけるのだ。
彼は信用を失い会社をクビになるだろう。
私の手は熱を帯びていた。お粥の湯気のように私の心は冷たい炎で燃え上がっていた。
「待ってなさいユースケ。そしてユリエ。あなた達の幸せな時間はもうすぐ終わるわ」
私はお粥を静かにすすりながら来るべき「断罪の日」を静かに待った。
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