偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参

文字の大きさ
2 / 12

綿密な復讐の布石

しおりを挟む
 私は一晩かけて復讐の第一歩を計画した。

 泣いて夫を問い詰めるのは最も愚かな行為だと知っている。あの人は逆上するかあるいは涙で私を言いくるめようとするだろう。そしてユリエと結託し二度と証拠を残さないようにするに違いない。私には彼らが生涯かけて償えないほどの「負債」を背負わせたいのだ。

 そのために私には「証拠」が必要だ。

 次の日私は仕事を休み近所の家電量販店へ向かった。私が購入したのは高性能な小型のボイスレコーダーだ。私はそれを彼の作業着のポケットに目立たないように仕込んだ。彼がユリエと何を話すのかそれを鮮明に記録する必要がある。

 また私はユースケのスマホから見た「ユリエ」の連絡先を自分のスマホに登録した。夫が不在の時ユリエがどのようなメッセージを送ってくるのか確認するためだ。あの人のスマホは私が以前に使っていた機種と似ていて私はメッセージの内容を通知で表示させる方法を知っていた。

 すべては彼の知らないうちに彼の全てを知るために。

 数日後ユースケは「今日はどうしても外せない飲み会がある」と言い珍しくスーツを着て出かけていった。飲み会にしては香水の匂いが少しきつすぎる気がした。

 私はすぐに彼のスマホを手に取りロックを解除した。ユリエからのメッセージは来ていない。

 その時私は彼のLINEのトークリストのトップにあの人のもう一つの見知らぬアカウントがあることに気づいた。「優子のママ」。これはユリエの娘の名前だろう。彼女のプロフィール写真がなぜか二つあるのだ。

 私はこの「優子のママ」とのトークを開いてみた。

 そこには夫がユリエに送った無数の「愛のメッセージ」と「私達の関係をいつまでも秘密にしておこうね」という約束の言葉が並んでいた。

「愛してる」

「ユースケくんが私の王子様だよ」

 私は鳥肌が立つほどの寒気を感じた。ユリエは私との共通の友人であるかのように振る舞いながら裏では複数のアカウントを使ってあの人と愛を育んでいたのだ。

 この女はしたたかだ。

 私はこれらのメッセージをすべてスクリーンショットに撮り自分のクラウドに保存した。これで証拠は揃った。

 さて次にユースケとユリエの「逢引の場所」を特定する必要がある。彼は以前ユリエのアパートにいると仄めかすメッセージを送っていた。

 彼女の部屋は私達の部屋の真下一階の角部屋だ。

 私は夜夫が留守の時を狙いユリエのアパートを訪ねた。玄関のチャイムは鳴らさない。ただアパートの外壁に沿って歩き彼女の部屋の窓の下に立ってみた。

「ユリエいる?」

 私の声は小さく震えていた。

 返事はない。部屋の明かりは消えている。

 私は引き返すふりをしてアパートの裏手に回った。そこには小さな物干し場がありユリエの洗濯物が干してあった。

 その時私は彼女の窓のわずかな隙間から二つの影が動くのを見た。

 間違いない。ユリエの部屋に誰かがいる。

 私は自分のスマホを取り出し録画を開始した。外からでは中の様子はほとんど見えない。しかし私はユースケが「飲み会」から帰ってきた時にその録画を見せて彼が何をしていたかを問い詰めるつもりはない。

 私はただ彼らがそこで「何をしていたか」をボイスレコーダーで記録していることを確認したかった。

 翌日夫が帰宅した。彼は少し酒臭い匂いをさせていたが顔色は良かった。

「飲み過ぎたよ。疲れた」

 彼はそう言ってシャワー室へ直行した。

 私はすぐに彼の作業着のポケットからボイスレコーダーを取り出した。そして自分のパソコンに接続する。

 私はヘッドホンを装着し再生ボタンを押した。

 まず聞こえてきたのはユリエの甘ったるい声。

『ユースケくん今日はありがとうね。また優子を預けて二人きりになれてよかったわ』

 そしてあの人の声。

『ユリエといると本当に心が安らぐんだ。アイナには悪いけどさ』

『ねえユースケくん。いつになったらアイナと別れて私達一緒になれるの?』

 ユリエの直球な問いかけにユースケは少し戸惑った様子だった。

『それはまだすぐには…アイナは俺に何も言わないしまだ気づいてないと思うんだ』

『それにアイナは俺の生活を支えてくれてるし俺達高校生の時から一緒だから…情もあるし…』

 情。

 その言葉を聞いた瞬間私の心は冷たい怒りで満たされた。彼にとって私との結婚生活は「情」で成り立っている形骸化したものだったのだ。

 私が貧しいあの人を支え献身的に尽くしてきたのはすべて「愛」のためだったのに。

 私は録音を止めヘッドホンを静かに外した。

 夫がシャワー室から出てきた。彼は私の顔を見て少し驚いたように見えた。

「どうしたアイナ。顔色が悪いぞ」

「ううん大丈夫よ。ちょっと体がだるいの」

 私は無理に笑顔を作った。

「そうか。お粥でも作るか?」

「いいわ自分で作るから。あなたは先に寝てて」

 私はキッチンに立ちお粥を作り始めた。しかし私の手は震え心臓は激しく波打っていた。

 私はこの録音をある人物に聞かせるつもりだ。

 ユリエの「優子のママ」というアカウントを見て思い出したのだ。ユリエは娘の優子を週末だけ実家の両親に預けていると私に話していたことがある。

 私はスマホを取り出しユリエの住んでいる地域を検索した。

 優子の祖父母の家はこのアパートから電車で二時間ほどの場所にある。

 復讐はここから始まる。まず彼女の最も大切な「居場所」を奪い取る。

 ユリエがシングルマザーとして優子の親権を失うような状況を作れば彼女は社会的にこの地域で生きていけなくなるだろう。

 そしてユースケ。彼には彼の会社の「上層部」にこの証拠を送りつけるつもりだ。

 ユースケは顧客の個人情報にアクセスできる部署にいる。不倫という「個人的な」問題だけでなく彼が「仕事中に不倫相手と密会していた」という職務怠慢の事実を突きつけるのだ。

 彼は信用を失い会社をクビになるだろう。

 私の手は熱を帯びていた。お粥の湯気のように私の心は冷たい炎で燃え上がっていた。

「待ってなさいユースケ。そしてユリエ。あなた達の幸せな時間はもうすぐ終わるわ」

 私はお粥を静かにすすりながら来るべき「断罪の日」を静かに待った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

復讐の恋〜前世での恨みを今世で晴らします

じじ
恋愛
アレネ=フォーエンは公爵家令嬢だ。美貌と聡明さを兼ね備えた彼女の婚約者は、幼馴染で男爵子息のヴァン=オレガ。身分違いの二人だったが、周りからは祝福されて互いに深く思い合っていた。 それは突然のことだった。二人で乗った馬車が事故で横転したのだ。気を失ったアレネが意識を取り戻した時に前世の記憶が蘇ってきた。そして未だ目覚めぬヴァンが譫言のように呟いた一言で知ってしまったのだ。目の前の男こそが前世で自分を酷く痛めつけた夫であると言うことを。

離れて後悔するのは、あなたの方

翠月るるな
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。 岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。 財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。 だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。 結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。 しかしそれは、一つの計画の為だった。 そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

裏切りの街 ~すれ違う心~

緑谷めい
恋愛
 エマは裏切られた。付き合って1年になる恋人リュカにだ。ある日、リュカとのデート中、街の裏通りに突然一人置き去りにされたエマ。リュカはエマを囮にした。彼は騎士としての手柄欲しさにエマを利用したのだ。※ 全5話完結予定

能ある妃は身分を隠す

赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。 言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。 全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。

処理中です...