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ユリエの「居場所」
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私の中に渦巻く怒りはもう感情的なものではない。それは冷たい計算と緻密な復讐計画を駆動させる燃料へと変化していた。
次にこの私を裏切った女ユリエの最も大切なものを破壊する。娘の子どもの存在を脅かすことだ。
ユリエはいつも私にシングルマザーとして懸命に頑張っていると語っていた。しかし裏では夫と密会し愛のない家庭を築こうとしていた。彼女が語る「母の愛」など偽善に過ぎない。
私はユリエが週末になると頻繁に娘を遠方にある実家に預けていることを知っていた。彼女は実家が遠いからこそ週末のたびに新幹線や特急を乗り継いで娘を連れて行くと私に話していたことがある。母親として娘を預けている間何をしていたか私は知っている。
私はユリエの自己紹介から娘の祖父母が電車で二時間ほどの小さな町に住んでいることを知っていた。この距離を毎週往復する彼女の苦労話を聞くたびに私は同情していたのだ。その町の名を検索し公立小学校の情報そしてユリエの旧姓が書かれた情報から私はすぐにその一軒家を見つけ出した。
私はパートの休みを利用しその小さな町へと向かった。
電車の揺れに身を任せながら私は夫に対する心の変化を改めて認識した。
私は彼の最近の行動を反芻した。私が準備した安物の夕食に対し彼は以前のように「世界一」だとは言わなくなった。代わりにコンビニの総菜の話題が増えた。夫婦で貯めている貯金通帳の残高が減っているのに彼は何も言わず毎月決まった額を私に渡すだけ。私たちの生活よりも自分の「新しい幸せ」に注力しているのが透けて見えた。
私という存在はあの人にとって既に過去のものになっていたのだ。
電車の窓に映る自分の顔は無表情だった。
祖父母の家は駅前から少し離れた静かな住宅街にあった。私は周囲に不審に思われないよう観光客を装いゆっくりと家の周りを歩いた。
表札にはユリエの旧姓が書かれている。間違いない。
私は娘があの子の祖父母と玄関に入っていくのを見届けてからインターホンを押した。
「はいどちら様ですか」
中から聞こえてきたのは優しそうな老婦人の声。ユリエの母親様だろう。
「突然の訪問失礼いたします。私娘様のユリエさんと、同じアパートに住んでおります、アイナと申します」
私は丁寧な言葉遣いを心がけた。
ドアが開いた。そこに立っていたのはユリエによく似た穏やかな顔立ちの女性だった。
「あらユリエと同じアパートの方ですか。どうぞお上がりください」
私は辞退し玄関先で話すことを選んだ。
「実はユリエさんのことで少しご相談したいことがありまして。非常に申し上げにくいことなのですが」
私は一呼吸置いた。これから私が話すことはこの老夫婦の生活を根底から揺るがす事実だ。
「ユリエさんが最近同じアパートの既婚男性と深い関係にあるようで」
老婦人の顔色が、一瞬で青ざめた。
「え、どういうことですか。ユリエは真面目に仕事をしてあの子を育てているはずですが」
「はい。私もユリエさんのことは良いお母様だと思っていました。しかし私の夫がその既婚男性なのです」
私は冷静に淡々と真実を伝えた。その目に一切の感情を込めてはいけない。これはただの事実の提示だ。
「その男性は私の夫ユースケと言います。ユリエさんと頻繁に娘さんがいらっしゃらない時に密会を繰り返している証拠を私は持っています」
私はスマホを取り出しユースケとユリエの露骨なメッセージのスクリーンショットを老婦人の目線の高さで提示した。そしてボイスレコーダーのデータを再生する。
『ユリエといると本当に心が安らぐんだ。アイナには悪いけどさ』
『いつになったらアイナと別れて私達一緒になれるの?』
リビングの奥からあの子の楽しそうな声が聞こえてくる。その声が老婦人の耳には悲鳴のように響いたに違いない。
老婦人の手は震えていた。
「そんな嘘でしょう…うちの娘がまさか人の家庭を壊すようなことを」
「残念ながら事実です。私はユリエさんを夫に対する慰謝料請求の対象として弁護士に相談するつもりでいます」
私はさらに畳みかける。
「ご存知の通りユリエさんはシングルマザーです。もしこの不貞行為が明るみに出れば彼女が娘さんに対して適切な養育環境を提供していないと判断される可能性が高い。親権にも関わってくる問題です」
老婦人の顔は恐怖で歪んでいた。彼女にとって孫を失うことは耐え難いことだろう。
「お願いですアイナさん。どうかあの子のためにも公にしないでください。娘に二度とそんなことはさせませんから」
老婦人は縋るように私の手を取ろうとした。私はそれを静かに避けた。
「公にするかしないかはユリエさんの今後の行動次第です。私はただ事実をお伝えするために参りました」
私は老婦人の顔をまっすぐに見つめ最後の言葉を突きつけた。
「ユリエさんが私の夫との関係を完全に断ち切り二度と私の前に姿を現さないのであれば私は今のところこの証拠を外部に漏らすつもりはありません」
「しかし少しでも疑わしい行動があれば私はこの証拠をユリエさんの親権の審理に提出するつもりです」
私は礼儀正しく頭を下げその場を後にした。老婦人はまだ玄関に立ち尽くし震えていた。
ユリエ様。あなたにとって娘さんがどれほど大切か私にはわかる。だからこそその子どもを人質にされた時の痛みと同じだけの恐怖と絶望をあなたに味わわせる。
復讐の第一歩は成功した。ユリエの母親という「弱点」を突くことで彼女は私を恐れるようになったはずだ。
次はユースケ。あなたに対する断罪の準備に取り掛からなければならない。
次にこの私を裏切った女ユリエの最も大切なものを破壊する。娘の子どもの存在を脅かすことだ。
ユリエはいつも私にシングルマザーとして懸命に頑張っていると語っていた。しかし裏では夫と密会し愛のない家庭を築こうとしていた。彼女が語る「母の愛」など偽善に過ぎない。
私はユリエが週末になると頻繁に娘を遠方にある実家に預けていることを知っていた。彼女は実家が遠いからこそ週末のたびに新幹線や特急を乗り継いで娘を連れて行くと私に話していたことがある。母親として娘を預けている間何をしていたか私は知っている。
私はユリエの自己紹介から娘の祖父母が電車で二時間ほどの小さな町に住んでいることを知っていた。この距離を毎週往復する彼女の苦労話を聞くたびに私は同情していたのだ。その町の名を検索し公立小学校の情報そしてユリエの旧姓が書かれた情報から私はすぐにその一軒家を見つけ出した。
私はパートの休みを利用しその小さな町へと向かった。
電車の揺れに身を任せながら私は夫に対する心の変化を改めて認識した。
私は彼の最近の行動を反芻した。私が準備した安物の夕食に対し彼は以前のように「世界一」だとは言わなくなった。代わりにコンビニの総菜の話題が増えた。夫婦で貯めている貯金通帳の残高が減っているのに彼は何も言わず毎月決まった額を私に渡すだけ。私たちの生活よりも自分の「新しい幸せ」に注力しているのが透けて見えた。
私という存在はあの人にとって既に過去のものになっていたのだ。
電車の窓に映る自分の顔は無表情だった。
祖父母の家は駅前から少し離れた静かな住宅街にあった。私は周囲に不審に思われないよう観光客を装いゆっくりと家の周りを歩いた。
表札にはユリエの旧姓が書かれている。間違いない。
私は娘があの子の祖父母と玄関に入っていくのを見届けてからインターホンを押した。
「はいどちら様ですか」
中から聞こえてきたのは優しそうな老婦人の声。ユリエの母親様だろう。
「突然の訪問失礼いたします。私娘様のユリエさんと、同じアパートに住んでおります、アイナと申します」
私は丁寧な言葉遣いを心がけた。
ドアが開いた。そこに立っていたのはユリエによく似た穏やかな顔立ちの女性だった。
「あらユリエと同じアパートの方ですか。どうぞお上がりください」
私は辞退し玄関先で話すことを選んだ。
「実はユリエさんのことで少しご相談したいことがありまして。非常に申し上げにくいことなのですが」
私は一呼吸置いた。これから私が話すことはこの老夫婦の生活を根底から揺るがす事実だ。
「ユリエさんが最近同じアパートの既婚男性と深い関係にあるようで」
老婦人の顔色が、一瞬で青ざめた。
「え、どういうことですか。ユリエは真面目に仕事をしてあの子を育てているはずですが」
「はい。私もユリエさんのことは良いお母様だと思っていました。しかし私の夫がその既婚男性なのです」
私は冷静に淡々と真実を伝えた。その目に一切の感情を込めてはいけない。これはただの事実の提示だ。
「その男性は私の夫ユースケと言います。ユリエさんと頻繁に娘さんがいらっしゃらない時に密会を繰り返している証拠を私は持っています」
私はスマホを取り出しユースケとユリエの露骨なメッセージのスクリーンショットを老婦人の目線の高さで提示した。そしてボイスレコーダーのデータを再生する。
『ユリエといると本当に心が安らぐんだ。アイナには悪いけどさ』
『いつになったらアイナと別れて私達一緒になれるの?』
リビングの奥からあの子の楽しそうな声が聞こえてくる。その声が老婦人の耳には悲鳴のように響いたに違いない。
老婦人の手は震えていた。
「そんな嘘でしょう…うちの娘がまさか人の家庭を壊すようなことを」
「残念ながら事実です。私はユリエさんを夫に対する慰謝料請求の対象として弁護士に相談するつもりでいます」
私はさらに畳みかける。
「ご存知の通りユリエさんはシングルマザーです。もしこの不貞行為が明るみに出れば彼女が娘さんに対して適切な養育環境を提供していないと判断される可能性が高い。親権にも関わってくる問題です」
老婦人の顔は恐怖で歪んでいた。彼女にとって孫を失うことは耐え難いことだろう。
「お願いですアイナさん。どうかあの子のためにも公にしないでください。娘に二度とそんなことはさせませんから」
老婦人は縋るように私の手を取ろうとした。私はそれを静かに避けた。
「公にするかしないかはユリエさんの今後の行動次第です。私はただ事実をお伝えするために参りました」
私は老婦人の顔をまっすぐに見つめ最後の言葉を突きつけた。
「ユリエさんが私の夫との関係を完全に断ち切り二度と私の前に姿を現さないのであれば私は今のところこの証拠を外部に漏らすつもりはありません」
「しかし少しでも疑わしい行動があれば私はこの証拠をユリエさんの親権の審理に提出するつもりです」
私は礼儀正しく頭を下げその場を後にした。老婦人はまだ玄関に立ち尽くし震えていた。
ユリエ様。あなたにとって娘さんがどれほど大切か私にはわかる。だからこそその子どもを人質にされた時の痛みと同じだけの恐怖と絶望をあなたに味わわせる。
復讐の第一歩は成功した。ユリエの母親という「弱点」を突くことで彼女は私を恐れるようになったはずだ。
次はユースケ。あなたに対する断罪の準備に取り掛からなければならない。
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