怪獣特殊処理班ミナモト

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多少のイレギュラー

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怪獣駆除は常に時間との闘いだ。怪獣が一歩歩くたび、生態系は破壊され、山々はもろく崩れ去る。近年の深刻な砂漠化の要因の多くは、怪獣による環境破壊であった。人類は、怪獣による人間の殺戮という問題を解決した一方で、怪獣による地球全体の問題を生んでしまったのである。そして、怪獣の事後処理もまた、時間との戦いだった。

『12時間以内には間に合わせますよ』

 そう無線から護衛隊長の松田の声が聞こえる。特殊処理班は怪獣処理において、最も重要と言っても過言ではなく、道中には陸上自衛隊の護衛車両が前後を固める。だが、その存在と役割は、世間一般には公にされていないため、護衛車両と輸送車両ともに大げさな武装はすることが出来ない。要はカモフラージュである。

 そして今その車列は、静岡市に位置する南部防衛境界線と呼ばれる関所に停車していた。

「どうしたんでしょうか?」

 源は赤本に尋ねた。

「南部の関所は世界一通過の困難な関所と呼ばれるほど検閲が厳しいので有名だ。ほら、外を見て見ろ。ああやって人間とロボットのペアで一台一台不審物をチェックする。」

 源は窓の外を見てみた。確かに二組くらいの検閲官とロボットが車両の隅々まで何かの器具でスキャンしている。

「陸自の車両だからまだこのくらいで済むが、一般車両は丸ごと放射線検査装置にかけられて、おまけに精神鑑定も行われる。」

 おそらくそれは、居住圏から何らかの理由で脱出しようとする民間人を取り締まるためだろう。西暦時代の国境警備隊のようなものだ。

「それにしても僕、あんな近くで富士工業地帯を見て、ちょっとびっくりしました」

「何言ってんだ、お前元富士大隊じゃ…いや、記憶が無いんだったな、すまん」

「別にいいですよ。それより、排煙を富士山の火口から排出しようだなんて良く思いつきますよね」

 富士工業地帯とは、世界大戦後、残存した工業会社が一つに合併して出来た巨大な地下工場である。富士山周辺の地理的環境を鑑み、富士山地下が最も対怪獣防衛に適していると判断されたため、その分を丸々くりぬき、富士山の地熱を利用した地熱発電によって電力の自給自足を可能にし、その大きな生産規模により日本の防衛と産業を支えた。そんな富士工業地帯のトレードマークが富士山火口から立ち上る工業排煙であった。

「まあ最初は反対意見も多かったけどな。何よりも効率を優先した結果だろう」

 富士工業地帯が出来た当時は、景観を保全する余裕は無かったのだ。不意に無線が繋がった。

『検閲が終わりました。先頭車両から随時通過させるそうです』

「随分早いな」

 東雲は驚いたように言った。いつもかかる時間の半分で検閲が終わったらしい。

『政府からの通達だそうです。そちらの源班員の実力を見たいとのことでした』

「そういうことか、了解だ」

『では出発します』

 班員たちは一斉に源を見た。

「お前、中央官僚の息子だったりするか?」

「源君、どれだけ期待されてるの…」

「私、ますます源の頭の中が気になってきたなあ」

「源さん、すごいです」

 源はその視線に若干照れながら曖昧な返事をするだけだった。この時源は、自分が日本政府から、そして世界からどのようにみなされているのかを知らなかった。

 関所を抜けると、ボロボロになった市街地にでた。新たに整備された敷設式簡易道路まではここを通る。

「ここは、大体愛知の多治見市当たりでしょうか…」

「そうだな、このあたりはまだ県道が途切れずに残っている」

「三十年前のものとは思えないほど建物が劣化してますね」

「砂嵐だな。居住圏より外はどこもこんな感じだぞ」

 割れた窓ガラスにひび割れた壁、ほこりっぽい車道は砂の薄い層に覆われて、車が通った後に黒いアスファルトの線が二本続いていた。まるで世紀末のような光景だった。

「名古屋市はもっとひどい。今回は通らないが、核の熱線で溶けたビルにはまだ未回収の死体が残っている」

「あとは怪獣のどでかい骨。確か動物園のスマトラトラが素体になったんだったかな」

諏訪部が話に入ってきた。

「あれは浄化されずに放置されたからな。去年の6月のやつが同じ個体だった」

「それに今度はベンガルトラが素体だったからね。お気に入りみたいだ。」

「そういう言い方はよせ。不謹慎だ」

「そうだった、気を付けるよ」

 源は一連の会話を聞いて、入ったばかりの源には分らない彼らの記憶のようなものが感じられた。源はまだ新人なのだった。

「それにしても、今回の怪獣。ちょっと厄介そうだよ」

 諏訪部が端末を見ながら言った。

「現地での調査によるとこの怪獣、コアが二つある」

「何?こいつの等級は2号だっただろ。そんなことありえない」

「ありえるんだよ、これが。ほら」

 諏訪部はそう言って端末の画面を源たちに見せた。横たわる怪獣の全体を写したもので、サーモグラフィーのように全体が青から赤にグラデーションがかかっている。特に脳の部分ともう一つ、胸のあたりに赤い丸が確認できた。

「…心臓か」

「私も浄化作業をします」

白石は当然と言わんばかりにそう言った。

「それは!いや、申し訳ないがそうしてもらうしかないな」

 赤本は苦い顔をして言った。白石の身体を気遣ってのことだろう。

「白石、くれぐれも無茶をするなよ」

「はい、無茶はしません」

 赤本はそれを聞くと扉で区切られている運転席に向かった。

「あの、白石さん。浄化作業はどのくらいの負担があるんですか?」

「そうですね…慣れると嘔吐はしなくなります」

 やはり強い吐き気を感じるらしい。あの感覚は忘れようもない、膨大な情報が頭に一気に流れ込んでくる、そんな感覚だった。まるで一人の人間が頭の中に土足で入ってきて、その中をぐちゃぐちゃにするみたいなひどいものだ。

『そろそろ京都市に入る。支度しろ』

 スピーカーから流れてきた東雲班長の言葉に源は外を見た。東京から静岡を通り、愛知をかすめて岐阜市まで迂回し、滋賀の長浜市から琵琶湖のほとりに沿って南下して、今は旧名神高速道路のトンネルを通過している。ゴーという自衛隊車両の音がトンネルに響いてうっすらと車内にも聞こえてくる。

「ほら、源。お前の制服」

 後ろから赤本の声がしたので振り返ると、赤本が白い軍服を抱えている。

「あとヘルメットとガスマスクとゴーグルがあるから、それは現地で渡す。」

 源はその軍服を受け取ると、まずその軽さに驚いた。

「この生地の厚さで500グラム…」

「ほら、源君早く着て」

 諏訪部はもう服を着替えている。胸にはマジックテープ式の三段ポケットがついている。そして腰のベルトには短刀のようなものが取り付けられていた。恐らくカッターメスだろう。源は諏訪部に倣って戦闘服の上から白いオーバーコートを着た。着用時の重さは無く、何故かひんやりとしていて涼しかった。下をはこうとしたとき、白石や緑屋がいることを思い出したが、二人ともすでに倉庫部で着替えていた。源はさっと着替えると、ベルトをしっかりとしめた。実際に着てみるとますますドイツ軍の兵士服に見えてくる。赤本も着替えていて、ライフルを担いでいたので、まるで第二次世界大戦時の兵士がタイムスリップしてきたようだった。

 源はそんな制服兼防護服を見ていると、急に体が前に引っ張られるような感覚に襲われた。車両が停車したようだ。すると運転席から東雲班長が現れた。

「現場に到着した。すぐに機材を準備して本部に集合しろ」

 源たちは車外に降りた。すでに時刻は15時を回っている。そして肉の腐った匂いが鼻をついた。源が振り返ると、小高い山の上に怪獣の巨大な頭部が見えた。今源たちがいるのは怪獣の横たわる山の反対側だった。その山の麓に自衛隊や作業車が集まっている。源たちはすぐに環境測定器や機体検知器、そして酸素ボンベを持って本部に向かった。

 本部に行く道すがら、自衛隊員たちや守備隊隊員たちからひそひそと何かうわさされていた。

「相手にするなよ?あんな連中」

 赤本は慣れた様子でそう言っていたが、源は気になって仕方がなかった。何故こんなにも重要な仕事が、のけ者のような対応をされるのか納得しかねたのだ。

 本部テントにはすでに敷島一佐がいた。

「随分早い到着だったね。これも源君もおかげらしいじゃないか」

 敷島一佐は東雲に言った。

「知っておられたのですか?」

「立場上そう言ったことは何もしなくても入ってくるんだよ」

「それもそうでしたね」

「まあその話はいいとして、一つ困ったことがある」

「怪獣のコア、ですか」

 やはりそれが問題のようだ。

「普通怪獣のコアは、3号等級以上の大怪獣にのみ二つ存在する。だがこの怪獣は2号等級だ」

「過程変異の際に何か異常があったのでしょうか」

「それも考えられるが。とにかくコアが二つある以上、その両方を浄化することになる。巨大生物学会からの要請はこちらで何とかする。君たちはこの二つのコアの浄化に専念してくれ。」

「了解しました」

 東雲は敬礼をすると班員たちを連れてテントの外にでた。

「多少のイレギュラーはあるが、我々のすることは変わらない。今回は源だけでなく白石も浄化をしてもらう。そのため俺、白石、諏訪部、そして赤本、源、緑屋の二組に分かれて二つのコアを浄化する。それと、監視役に一人ずつ自衛隊員が同行するからよろしく頼む」

「では各自装備を整え出発」

「了解!」

 一同は直立不動で答えた。それから源たちはリュックサック型の酸素ボンベを背負うと、マスクに管を差し込み、ヘッドセットになっているゴーグルを装着した。

『ゴーグルの横のボタンを押すとクリーナーが動くからこまめに使え』

 赤本はマスクについている無線でそう言うと自分のゴーグルを指さした。ゴーグルはスキー用のものとデザインが似ていた。その側面には確かに一つボタンがあり、それを押すとレンズの上を埋め込み式のクリーナーがスライドした。車のワイパーみたいなものだろう。最後に源はヘルメットをかぶった。その正面には強力なライトがついており、怪獣の体内で視界を確保できる。

『いくぞ、源』

『はい!』

 こうして源たち怪獣特殊処理班は、怪獣の死骸が横たわる山へと登っていった。



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