女神と共に、相談を!

沢谷 暖日

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仲良し少女の恋愛相談

三回目のキス

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 廊下を歩く。
 何となしに見た外は暗かった。
 吹奏楽の音は相変わらず聞こえてきてはいるが、時間帯的にもう下校時刻。
 楓花は多分……桃杏ちゃんと帰るよね?
 付き合ってる同士だし。まぁ、そりゃそう、か?
 まぁ。考えすぎても仕方ない。私には心音が待っている。

 廊下に奥に、ぼんやりと溢れ出している空き教室の光。
 そこに目がけて私は小走りする。

 何というか。
 こんな気持ちになるっていうのは、私にとって初めてのことだ。
 心音に対する想いで、こんなにも気持ちが舞い上がってしまうことだ。
 だけど、それは同時にとても大変なこともあり。
 心音のことを考える度に歪んでしまう私の顔。
 それを整えるのはとても大変なのだ。
 これは幸せの証? なのかな?

 ともかく、今は目の前にある幸せを、じっくりと楽しみたい。

 考えている間に、すぐそこに迫った空き教室。
 舞い上がる気持ちを抑えながら、私はその中へと入る。

 先と同じ場所に、心音はいた。
 少し距離を置いて見る心音は、やっぱり女神のようだ。
 長い髪が綺麗だし、顔も綺麗だし、姿勢も綺麗だし、手の形も綺麗だし、そしてその横顔も綺麗だし、可愛いし、可愛いし、可愛いし──。
 ──って、何考えちゃってんだ私……。

 だめだめ。と頭をブルブル左右に往復させる。
 そして、そんな考えを振り払うように、私は明るくこう言って見せる。

「ただいま!」

 声に反応した心音は、ゆっくりとこっちを見る。
 「ただいま」は聞こえてこない。聞こえる筈がない。
 その事実に、若干悲しみを覚えながらも、私は心音の方へと歩む。

 縮まる距離、これから何が起こるのだろうと想像も膨らむ。
 いや、キスだよね? キスをするんだよね?
 だって心音が言ってたんだもん。うんうん。
 するに決まってる。

「よ、よっす」

 目の前まで近づいて、緊張をしているのか何なのか、右手を軽く上げてそう言う。
 そして次には、

「こ、こーい!」

 両手を大の字にバッと広げて、心音を受け入れる態勢をとった。
 我ながら、もの凄く恥ずかしいけど。
 心音は一瞬困惑したようだったけど、頷いて、こっちへと寄ってきてくれる。
 広げた両手が少し痛くなってきて、その時に、私の胸に柔らかい心音の感触が当たった。

 心音の腕が私の腰に回ってきて、ぎゅっと密着される。
 この瞬間は凄く顔が熱くなるし、どちらかと言えば耳の方が熱くなる。
 これから何回もこういうことをしたいと、私は願ってはいるけれど、いつになってもこれに関しては慣れる気がしない。
 毎回新鮮で……だけど寧ろその方がいいのかもしれない。

「……」

 耳に吹きかかる心音の吐息。
 私は、もしかしたら耳に弱いのかな。
 なんだか、とてつもなくゾワゾワする。

「伊奈さん。美結さんと何をやっていたんですか?」

 そして。
 こうして声がかけられる時も、体が少しだけ震えてしまう。
 気にしてばかりもいられず、私はその声に返答をする。

「えっと。私が遅かったからか、美結ちゃん、もういなくてさ」
「そうなんですね。それじゃあ、何してたんですか?」

「えーっと。美結ちゃんのラブレター? みたいなのを読んでかな」
「え。それって伊奈さん宛の手紙ですか?」

「いやいや。多分、同じクラスの子に宛てた手紙なんじゃないかな?」
「そうですか。分かりました」

 納得したように頷く顔が、私の髪を揺らした。

「じゃあ。キスしましょう」
「じゃあ?」

「嫌ですか?」
「したいです! させてください!」

「わかった」

 心音が言った瞬間、私の体から重さが消えた。
 目と鼻の先に、心音が映る。
 本当に『目と鼻の先』だ。
 今からキスするんだって。当たり前のことなのに、思ってしまう。

 目を閉じた。
 私のほっぺに、手が触れた。
 位置を調整するように、私の顔が動かされる。

 やがて、私の唇に触れた心音の唇。
 そこから交換し合う、互いの息。
 学校でしているというその事実に、謎の背徳感さえあった。

 キスするのは。三回目。
 前回の後、したキスの感触が思い出せなくて、少し悔やんでいた。
 だから、今はこうしてキスの感触を自分の中に刻み込ませる。
 柔らかい唇、そこから漏れ出ている可愛い声。それらを全部。

「んっ──」

 息が苦しくなり、私は口を離そうと。
 そうするけど。心音に強く手で縛られている。だからそれは叶わない。
 鼻で呼吸して、なんとかそれを凌ぐ。
 同時に流れ込んでくる心地の良い香りが、鼻をくすぐる。
 もういつまでも、この状況が続いてもいいってそう思えた。

 けれど。現実は甘くないわけで。

「──電気ついてるから、消してくるねー!」

 廊下の奥から、聞き覚えのある明るい声。
 多分、吹奏楽の練習を終えた妹。
 こっちへと、パタパタとスリッパの音を響かせてやってきていた。

 ……ここでキスは終了かな。と。
 諦めて。私は、今度こそ心音から離れた。
 心音もあっさりと離してくれて、薫る唾液の匂いが鼻を突いた。

 だけど。キスの余韻に浸らせることなく。
 次に気がついた時には。

「えっ──」

 ぐいっと片腕が引っ張られて、教室の角にある、掃除用具入れ。その場所へ。
 小さな戸を静かに開けた心音は、私を小さいそのスペースに収納した。
 かと思えば、心音も私と一緒にその場所に入り──戸を閉めた。

 掃除用具入れと言っても、空き教室のためか何もない。
 あるものといえば、溜まった汚い埃だけ。

「っはぁ──」

 とても狭かった。
 二人で、一杯一杯だった。

 冷静になって、なんでこんなことになっているんだと考えた。
 けど。考えれるほど、頭は回らなかった。

 顔も見えない。
 それくらいに、密着していた。
 教室に入った足音が、部屋の電気を消して。
 もう何も見えなくなった。

 足音が去っていくのを確認して、私は。

「……行ったよね? ……出よっか」

 そう言ったのに、

「ダメです」

 断られて。
 私の顔を探る心音の手に捕らえられ、強引にキスをされた。

 嬉しかった。
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