46 / 82
仲良し少女の恋愛相談
美結さんは一体?
しおりを挟む
さっきは、ラインではあったけど、少々強く言い過ぎただろうか。
嫌な奴って思われていなければいいけど……。
私は一階へと続く長い長い階段を駆け下りながら、先のラインの対応について脳内反省会をしていた。
いや。きっと伊奈も、今は美結さんのことが最優先だからって、きっと認識してくれている筈。
伊奈はそういう人。中学の時からずっと。
人を大切にして、自分のことは後回し。
ともかくいい性格だ。私が好きな性格だ。
いや。違う違う。
いや、違くはない。
けど。これは今考える内容ではない。
ともかく今は、美結さんについてだ。
私も伊奈と同じく、この状況を理解していない。多分一割もだ。
何せおかしいところがてんこ盛り。
今起きていることはミステリーだ。謎だ。けど、これは現実。
だからこそ、理由を聞けば納得できる。そんな答えが隠されていると思う。
だけどそれが分からない。
だから、今はこうして美結さんのためにしか動けない。
けど、こうすれば、一割もわからなかったものが、八割くらいは理解できる。
そんな気がしている。
そのために今はこうして、職員室へと美結さんの情報が無いか向かっている。
その行為こそが、私の考えた作戦に繋がるものだから。
私が考えたその作戦は脆いと、さっき伊奈には言ったけど。
具体的には『美結さんが家にいなければこの計画は崩れ落ちる』というところに、脆い点があったのだ。
けど。まぁ。多分、家にはいるはずだ。
それを確信的なものにするために、今こうして職員室にやってきた。
ちなみに私の装備はホワイトボードとペン。それとボード用イレイサー。
スマホは禁止なので、必然的に私のコミュニケーションツールはこれのみ。
手話もできるけど、相手ができないんじゃ意味もない。
私は引き戸から見える先生の面々を確認し、ノックを三回した。
それに気付いた一人の女性の先生が、頷いて入ることを許諾してくれる。
女性の先生というより、担任の先生だ。
相談部が廃部になるとか言っていた時に、ワーワー言っていた先生。
けど、全然悪い先生じゃない。
私の知り得る限り、この学校の先生は皆優しかった。
私はその先生の元へと向かう。
先生は何かの裏紙にボールペンでささっと文字を書き、私に見せてきた。
『どうしましたか?』
手慣れている。
それもそうだ。何回も私はここに来ている。
自分もボードへと、ペンを走らせる。
『一年E組の先生ってここにいますか? 少し、用事がありまして』
その文字に先生は少し首を傾げたが、また直ぐに紙に向き直りペンを走らす。
『谷川先生なら、窓際の椅子の橋の方に座っていますね。見えますか? 少しふくよかな感じの女性の先生』
その文字を見て、その人を探す。
見つけて、観察する。
その人はパソコンに向かい、何か作業をしているようだった。
『ありがとうございます』
そこへ向かおうと、頭を下げると。
先生は待ってと左の手のひらを私へ向け、どこからか新しい紙を手渡してきた。ボールペンも添えて、だ。
『ありがとうございます』
再びその文字を見せて、今度はその谷川先生の元へと向かった。
もちろん話しかけなければ気づかれることもないので、私は先生の肩をちょいちょいと叩く。
「はーいー。なんでしょうか?」
くるくる回るタイプのイスをゆっくりと回しこちらを見た。
少なくとも、怖い先生という印象はミリも無い。
私は先に用意していたボードの文字を提示する。
『先生に聞きたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか』
「いいですよー」
ボードを右手で抑え、左手で持っていた紙とペンを渡す。
それと私の耳を見て、何かを察したらしく「あーなるほど」と大袈裟に頷いて、白紙に何かを書いていった。
私も同時進行で書く。
『どんな用事ですか?』
『私の友人についてなのですが……』
直ぐに見せると、先生の表情が変化した。
さっきまで明るかったが、その顔は一気に暗くなる。
なぜだろう、と疑問に思いながらも、先生の返答を待つ。
『もしかして、白河さんのことですか?』
私は頷く。
先生にも何か心当たりがあるようだった。
にしても、直ぐに美結さんのことだと分かるとは。不思議なものだ。
しかし。これであの柄の悪いEクラスの人たちは嘘を吐いていると判明した。
『その件は、本当に申し訳ございませんでした。』
なぜか突然、深々と頭を下げられた。
意味も分からなく、私はこう返す。
『えーっと。何についてでしょうか?』
先生は、悲しそうにしながらもペンを走らせ私に見せる。
『何って。それは、分かっていますよね? 白河さんの転校についてです』
「────っ」
思わず声が出そうになってしまった。
転校。その二文字が私の頭を混乱の渦に飲み込む。
いや。まだ理解しなくてもいい。
今は、そんなことを聞きに来たんじゃ無い。
目的を見失わない内に、私は本題をボードに書いていこうとしたが、阻むように、先生は次に書いたその文章を私の目の前に提示された。
『あの件は本当に申し訳ありませんでした。私の教師としての力不足で、白河さんを一日しか、学校に通わせてあげれなくて……』
先生は「本当にすみませんでした」と言葉にしてでも謝った。
私の存在を早とちりし過ぎなような気もしたけど、今はそれが都合がいい。
もう。先生の言った言葉の意味を理解しようとするのを諦めた。
決して、面倒臭いからとか考えるのを放棄したとかっていう訳では無い。
ただ。寄り道せずに、余計な考えはしないと決めたからだ。
『先生。白河さんのご自宅に電話って出来ませんか? それで、白河さん。白河美結さんが今、家にいるかを確かめることって可能ですか?』
先生は頷く。
「わかりました」と小声で言い放ち、スマホをパソコンの横から手に。
指紋認証で開き、流れるように電話アプリを開く。
履歴から、一番上の番号を押して、電話をかけた。
「お世話になっております。谷川ですが。……はい。はい」
えらい謙虚な気がする。
電話越しなのに、なぜか頭をペコペコと下げている。
「はい。それで、今、美結さんはいらっしゃいますでしょうか? はい。──あ、いいや代わってほしいとかではなくてでしてね。……なんと言いましょうか、元気にやっているかなーなんて思いまして。……はい。良かったです。はい、すみません、これだけのことで。はい、はい。失礼します」
相手が切るのを待ち、先生はスマホを閉じ、またパソコンの横へ置く。
次は、またボールペンを手にとって紙に書き出す。
『はい。いるそうですよ』
『本当にありがとうございます! 失礼します!』
これこそ失礼かなと思いつつも。
私はそれだけを見せ、すぐに職員室を抜け出した。
紙とペンがそのままだったが、いや、今はそっちじゃない。
やばい。
凄く嬉しい。
というか、凄く安心した。
大豊作だ。
いい収穫しかなかった。
美結さんは、まだ家にいる。
これで私の作戦は崩れない。
と言っても、その作戦というのは簡単なものだ。
そこで出てくるのが、衣擦れの音についてだ。
盗聴器は音は拾えるが、その人のことは見えない。
それは当たり前だが、それが重要だった。
美結さんは、人は会話をするという暗黙の了解に囚われている。
いや。それが普通なのだ。
私がコミュニケーション能力が低かったことが、功を奏したとも言える。
加えて、私はちょうど風邪だった。本当にタイミングばっちりだ。
いきなり例え話になるけれど。
小箱の中身が盗聴器だと気付いた後、すぐに美結ちゃんの家に行っていたらどうなっていただろうか。
衣擦れの音も大きく、そして自然音が盗聴器に入り込むだろう。
それだけでは美結さんは気にしないと思うが、しかし。
美結さんは、私たちが箱の中身を取り出したことを理解している。
だから走っている音、自然音。それらのタイミングが「タイムリー過ぎる」となるわけで、流石に自分が盗聴器を仕掛けたとバレると誰でも嫌だろう。
振られたと仮定するなら、すぐに自殺を決行してしまいかねない。
そういう可能性があるために、そうすることはできなかった。
話を戻すと。
まぁ言いたかったことは、私が伊奈の盗聴器を預かるということだった。
小難しいように見えて、めっちゃくちゃに単純なことだ。
だから。私のこの作戦は、美結さんが家にいないと崩れてしまう。
盗聴器を仕掛けた理由も正直まだ謎の部分だし、柄の悪い奴らが嘘をついたのも、先生が言っていたことも謎だ。
けど。何回も言うけど、それはまだ後回し。
やがて四階までの長い長い階段を上りきった私は、部室の前へと足を運ぶ。
けど、その中からは何か、話し声が聞こえた。
相談相手とも思えず、ドアを開く。
「生麦生米生牛乳!」
すぐ閉める。
伊奈が奇声を? どういうことだ?
と、思った時、着信音がポケットから聞こえた。
あー。ポケットに入れっぱなしだった。
職員室にいる時に鳴らないでよかった。と、届いた通知を見た。
『違うから! 一応、怪しまれないための演技だから!』
『そうですか。面白いですね』
そうだったなと思い出して。
くすくす笑って、ドアを開き。
伊奈と顔が合う頃には、普通の顔へと戻す。
また。ラインを見て、我ながら超高速スピードで入力。送信をした。
『伊奈さん。今から、超全速力で美結さんの家に行ってください』
『うん分かった。して、心音の作戦というのは?』
『えっとですね。もう少しして合図を出すので、その時に「あートイレ行こー」と呟いてください。その時に、胸ポケにある盗聴器を私に手渡してください。私はそれを自分の胸ポケにしまって、私はそのままお手洗いに行きます。伊奈さんはそのまま全速力ダッシュ。美結さんを助けてあげてください』
『分かった。でも「トイレ行こー」は抵抗あるかな。せめて「お手洗い」に修正させてくれない?』
『ダメです』
『ちぇー』
『では。私が軽く手をポンと叩きます。そしたらそのセリフを発して、盗聴器を私に』
『了解した!』
元気のいい文面だ。
それにうんうんと軽く頷きながら。
私は伊奈の顔を見つめた。
相変わらずいい顔をしている。
その顔は、なぜか緊張している私の、いい精神安定剤だった。
見るだけでも満たされるのに、今はこんなに近くにいる。
それが驚きで、なおかつとても幸せだった。
話せないこの距離感がもどかしいけれど、同時に愛おしい。
私は深く深呼吸をして、互いに頷き合った。
──パン。
私が叩いたその音が、静かにこの部屋に木霊する。
「あー。トイレ行こ~」
気だるげなその言い方、百点満点だ。
そして伊奈の胸ポケから出された小箱を、私は素早く自分の胸ポケにしまう。
顔を見つめあって微笑み合う。そんなことしてる暇なんてないのに。
私は親指を立てる。『ぐっどらっく』という風に。
伊奈も私に親指を立ててくれた。『行ってくるぜ』という風に。
次第に遠ざかる伊奈の足音。
階段を一段か二段、飛ばしているような音だった。
その時気づく。
伊奈の前で、私は初めて表情を崩していた。
嫌な奴って思われていなければいいけど……。
私は一階へと続く長い長い階段を駆け下りながら、先のラインの対応について脳内反省会をしていた。
いや。きっと伊奈も、今は美結さんのことが最優先だからって、きっと認識してくれている筈。
伊奈はそういう人。中学の時からずっと。
人を大切にして、自分のことは後回し。
ともかくいい性格だ。私が好きな性格だ。
いや。違う違う。
いや、違くはない。
けど。これは今考える内容ではない。
ともかく今は、美結さんについてだ。
私も伊奈と同じく、この状況を理解していない。多分一割もだ。
何せおかしいところがてんこ盛り。
今起きていることはミステリーだ。謎だ。けど、これは現実。
だからこそ、理由を聞けば納得できる。そんな答えが隠されていると思う。
だけどそれが分からない。
だから、今はこうして美結さんのためにしか動けない。
けど、こうすれば、一割もわからなかったものが、八割くらいは理解できる。
そんな気がしている。
そのために今はこうして、職員室へと美結さんの情報が無いか向かっている。
その行為こそが、私の考えた作戦に繋がるものだから。
私が考えたその作戦は脆いと、さっき伊奈には言ったけど。
具体的には『美結さんが家にいなければこの計画は崩れ落ちる』というところに、脆い点があったのだ。
けど。まぁ。多分、家にはいるはずだ。
それを確信的なものにするために、今こうして職員室にやってきた。
ちなみに私の装備はホワイトボードとペン。それとボード用イレイサー。
スマホは禁止なので、必然的に私のコミュニケーションツールはこれのみ。
手話もできるけど、相手ができないんじゃ意味もない。
私は引き戸から見える先生の面々を確認し、ノックを三回した。
それに気付いた一人の女性の先生が、頷いて入ることを許諾してくれる。
女性の先生というより、担任の先生だ。
相談部が廃部になるとか言っていた時に、ワーワー言っていた先生。
けど、全然悪い先生じゃない。
私の知り得る限り、この学校の先生は皆優しかった。
私はその先生の元へと向かう。
先生は何かの裏紙にボールペンでささっと文字を書き、私に見せてきた。
『どうしましたか?』
手慣れている。
それもそうだ。何回も私はここに来ている。
自分もボードへと、ペンを走らせる。
『一年E組の先生ってここにいますか? 少し、用事がありまして』
その文字に先生は少し首を傾げたが、また直ぐに紙に向き直りペンを走らす。
『谷川先生なら、窓際の椅子の橋の方に座っていますね。見えますか? 少しふくよかな感じの女性の先生』
その文字を見て、その人を探す。
見つけて、観察する。
その人はパソコンに向かい、何か作業をしているようだった。
『ありがとうございます』
そこへ向かおうと、頭を下げると。
先生は待ってと左の手のひらを私へ向け、どこからか新しい紙を手渡してきた。ボールペンも添えて、だ。
『ありがとうございます』
再びその文字を見せて、今度はその谷川先生の元へと向かった。
もちろん話しかけなければ気づかれることもないので、私は先生の肩をちょいちょいと叩く。
「はーいー。なんでしょうか?」
くるくる回るタイプのイスをゆっくりと回しこちらを見た。
少なくとも、怖い先生という印象はミリも無い。
私は先に用意していたボードの文字を提示する。
『先生に聞きたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか』
「いいですよー」
ボードを右手で抑え、左手で持っていた紙とペンを渡す。
それと私の耳を見て、何かを察したらしく「あーなるほど」と大袈裟に頷いて、白紙に何かを書いていった。
私も同時進行で書く。
『どんな用事ですか?』
『私の友人についてなのですが……』
直ぐに見せると、先生の表情が変化した。
さっきまで明るかったが、その顔は一気に暗くなる。
なぜだろう、と疑問に思いながらも、先生の返答を待つ。
『もしかして、白河さんのことですか?』
私は頷く。
先生にも何か心当たりがあるようだった。
にしても、直ぐに美結さんのことだと分かるとは。不思議なものだ。
しかし。これであの柄の悪いEクラスの人たちは嘘を吐いていると判明した。
『その件は、本当に申し訳ございませんでした。』
なぜか突然、深々と頭を下げられた。
意味も分からなく、私はこう返す。
『えーっと。何についてでしょうか?』
先生は、悲しそうにしながらもペンを走らせ私に見せる。
『何って。それは、分かっていますよね? 白河さんの転校についてです』
「────っ」
思わず声が出そうになってしまった。
転校。その二文字が私の頭を混乱の渦に飲み込む。
いや。まだ理解しなくてもいい。
今は、そんなことを聞きに来たんじゃ無い。
目的を見失わない内に、私は本題をボードに書いていこうとしたが、阻むように、先生は次に書いたその文章を私の目の前に提示された。
『あの件は本当に申し訳ありませんでした。私の教師としての力不足で、白河さんを一日しか、学校に通わせてあげれなくて……』
先生は「本当にすみませんでした」と言葉にしてでも謝った。
私の存在を早とちりし過ぎなような気もしたけど、今はそれが都合がいい。
もう。先生の言った言葉の意味を理解しようとするのを諦めた。
決して、面倒臭いからとか考えるのを放棄したとかっていう訳では無い。
ただ。寄り道せずに、余計な考えはしないと決めたからだ。
『先生。白河さんのご自宅に電話って出来ませんか? それで、白河さん。白河美結さんが今、家にいるかを確かめることって可能ですか?』
先生は頷く。
「わかりました」と小声で言い放ち、スマホをパソコンの横から手に。
指紋認証で開き、流れるように電話アプリを開く。
履歴から、一番上の番号を押して、電話をかけた。
「お世話になっております。谷川ですが。……はい。はい」
えらい謙虚な気がする。
電話越しなのに、なぜか頭をペコペコと下げている。
「はい。それで、今、美結さんはいらっしゃいますでしょうか? はい。──あ、いいや代わってほしいとかではなくてでしてね。……なんと言いましょうか、元気にやっているかなーなんて思いまして。……はい。良かったです。はい、すみません、これだけのことで。はい、はい。失礼します」
相手が切るのを待ち、先生はスマホを閉じ、またパソコンの横へ置く。
次は、またボールペンを手にとって紙に書き出す。
『はい。いるそうですよ』
『本当にありがとうございます! 失礼します!』
これこそ失礼かなと思いつつも。
私はそれだけを見せ、すぐに職員室を抜け出した。
紙とペンがそのままだったが、いや、今はそっちじゃない。
やばい。
凄く嬉しい。
というか、凄く安心した。
大豊作だ。
いい収穫しかなかった。
美結さんは、まだ家にいる。
これで私の作戦は崩れない。
と言っても、その作戦というのは簡単なものだ。
そこで出てくるのが、衣擦れの音についてだ。
盗聴器は音は拾えるが、その人のことは見えない。
それは当たり前だが、それが重要だった。
美結さんは、人は会話をするという暗黙の了解に囚われている。
いや。それが普通なのだ。
私がコミュニケーション能力が低かったことが、功を奏したとも言える。
加えて、私はちょうど風邪だった。本当にタイミングばっちりだ。
いきなり例え話になるけれど。
小箱の中身が盗聴器だと気付いた後、すぐに美結ちゃんの家に行っていたらどうなっていただろうか。
衣擦れの音も大きく、そして自然音が盗聴器に入り込むだろう。
それだけでは美結さんは気にしないと思うが、しかし。
美結さんは、私たちが箱の中身を取り出したことを理解している。
だから走っている音、自然音。それらのタイミングが「タイムリー過ぎる」となるわけで、流石に自分が盗聴器を仕掛けたとバレると誰でも嫌だろう。
振られたと仮定するなら、すぐに自殺を決行してしまいかねない。
そういう可能性があるために、そうすることはできなかった。
話を戻すと。
まぁ言いたかったことは、私が伊奈の盗聴器を預かるということだった。
小難しいように見えて、めっちゃくちゃに単純なことだ。
だから。私のこの作戦は、美結さんが家にいないと崩れてしまう。
盗聴器を仕掛けた理由も正直まだ謎の部分だし、柄の悪い奴らが嘘をついたのも、先生が言っていたことも謎だ。
けど。何回も言うけど、それはまだ後回し。
やがて四階までの長い長い階段を上りきった私は、部室の前へと足を運ぶ。
けど、その中からは何か、話し声が聞こえた。
相談相手とも思えず、ドアを開く。
「生麦生米生牛乳!」
すぐ閉める。
伊奈が奇声を? どういうことだ?
と、思った時、着信音がポケットから聞こえた。
あー。ポケットに入れっぱなしだった。
職員室にいる時に鳴らないでよかった。と、届いた通知を見た。
『違うから! 一応、怪しまれないための演技だから!』
『そうですか。面白いですね』
そうだったなと思い出して。
くすくす笑って、ドアを開き。
伊奈と顔が合う頃には、普通の顔へと戻す。
また。ラインを見て、我ながら超高速スピードで入力。送信をした。
『伊奈さん。今から、超全速力で美結さんの家に行ってください』
『うん分かった。して、心音の作戦というのは?』
『えっとですね。もう少しして合図を出すので、その時に「あートイレ行こー」と呟いてください。その時に、胸ポケにある盗聴器を私に手渡してください。私はそれを自分の胸ポケにしまって、私はそのままお手洗いに行きます。伊奈さんはそのまま全速力ダッシュ。美結さんを助けてあげてください』
『分かった。でも「トイレ行こー」は抵抗あるかな。せめて「お手洗い」に修正させてくれない?』
『ダメです』
『ちぇー』
『では。私が軽く手をポンと叩きます。そしたらそのセリフを発して、盗聴器を私に』
『了解した!』
元気のいい文面だ。
それにうんうんと軽く頷きながら。
私は伊奈の顔を見つめた。
相変わらずいい顔をしている。
その顔は、なぜか緊張している私の、いい精神安定剤だった。
見るだけでも満たされるのに、今はこんなに近くにいる。
それが驚きで、なおかつとても幸せだった。
話せないこの距離感がもどかしいけれど、同時に愛おしい。
私は深く深呼吸をして、互いに頷き合った。
──パン。
私が叩いたその音が、静かにこの部屋に木霊する。
「あー。トイレ行こ~」
気だるげなその言い方、百点満点だ。
そして伊奈の胸ポケから出された小箱を、私は素早く自分の胸ポケにしまう。
顔を見つめあって微笑み合う。そんなことしてる暇なんてないのに。
私は親指を立てる。『ぐっどらっく』という風に。
伊奈も私に親指を立ててくれた。『行ってくるぜ』という風に。
次第に遠ざかる伊奈の足音。
階段を一段か二段、飛ばしているような音だった。
その時気づく。
伊奈の前で、私は初めて表情を崩していた。
0
あなたにおすすめの小説
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~
root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。
そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。
すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。
それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。
やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」
美人生徒会長の頼み、断れるわけがない!
でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。
※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。
※他のサイトにも投稿しています。
イラスト:siroma様
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる