女神と共に、相談を!

沢谷 暖日

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相談部にお任せを!

復讐の時

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 昇る時に比べれば、降りる脚立は結構怖い。
 風が吹いて肌を撫でられるたびに、そういう恐怖が私を襲う。
 まぁ結局、何事もなく降りてこられて、私は脚立を両手で押さえて、美結ちゃんに「降りてきて」と指示をした。

 美結ちゃんは裸足で、脚立を降りながら。

「あ。靴ないや……」

 ハッとしたようにそう漏らす。

「私の靴、片方かしてあげよっか?」

 そんな訳のわからない問いかけをしてみる。

「なんでよ。けんけんしろってこと?」
「人っていうのは歩く時、ほぼ片足だけで重心を動かしているの。だから片足でも大丈夫。知らんけど」

「『知らんけど』が付くだけで、一気に信用が消えるんだけど。……あ、待って。外に確か、スリッパがあったはず」

 言いながら美結ちゃんは、脚立を降り終え。
 裸足のまま地面へと足をつける。
 テコテコと、痒くなりそうな芝の地面をちょっと歩いて。
 姿を消したと思えば、すぐにスリッパを履いて出てきた。
 色あせたピンクの、花柄のある、ちょっと古臭い感じのスリッパだ。

「えっと。そんなのでいいの?」
「いいや。伊奈ちゃんのその靴と変えてもらう」

「なぜに!」
「だってこのスリッパ。少しおばさん臭いし。伊奈ちゃんなら似合うはず」

「私のことをなんだと思ってるのかな。それに先輩を付けなさい。私は先輩なのです」
「いや。『伊奈ちゃん』の方がしっくりくるから。これで」

「なるほど……?」

 私は頼まれた通りに靴を脱ぎ。芝の上へ、自分の足を置く。
 思った通り、少し痒い。
 美結ちゃんも同様にスリッパを自身の足から取る。
 なぜ私がこのスリッパを……なんて思いつつも自分の足をスリッパへと滑り込ませた。

「これでよし」
「うわー。伊奈ちゃん、めっちゃおばさんや」

 横から飛んでくる煩い声。
 私は「はーい」とテキトーな返事をして、ポケットからスマホを取り出した。

 美結ちゃんに対してできること。
 それは、あの柄の悪い奴らへの復讐。
 これをすれば、美結ちゃんの心は少しでも軽くなるんじゃないかと、そう思ったのだ。
 というか、これくらいしか私に出来そうな事はない。
 絶対、あんな態度からして、美結ちゃんに対してやったことを、反省なんてしていないはずだ。
 朱里あかりちゃんが部室に来てくれたのは、勇気を持って、あいつらを恐れながらも、美結ちゃんのことを伝えに来てくれていたんだと思う。
 それを、口止めされてしまって。
 だから朱里ちゃんもあの時、『何もしらない』とそう答えていたのだ。
 Eクラスは、あいつらの支配下に置かれているんだと思う。
 うん。完璧な推理力。頭いいね。私。
 これが当たってるかは分かんないけど。

 それで。私が決行することと言うのは。
 校内放送での、事実暴露だ。
 全校生徒に、全先生にそれを届ける。
 ほとんどの生徒が部活のこの時間。
 最適な案じゃないかと、我ながら思った。
 けど。少しダサいやり方な気もする。
 
 こんなことをして、あいつらに恨まれたってしょうがない。
 先輩なんだから。私は堂々とすべきなんだ。

 私は。心音にラインを送った。

『心音。まだトイレ?』
『はい。そうですよ。どうでした? 美結さんは』

『無事だったよ。今から、ちょっと怖いことをしないといけなそうなの』
『本当ですか? すでに美結さんという、盗聴器を仕掛けた立派な犯罪者様がいるので、とっくに危険な気がしていたのですが……』

『そんな細かいことは今は気にしないで! あのね。心音には、職員室で放送室の鍵を借りて欲しいの』
『はい。ですが、放送室って放送を担当する人しか入っちゃいけないんでしたよね』

『そこは心音の人望で、なんとか言い訳をして鍵を借りて、んで。放送室の中にいて!』
『私にそんな期待をしないで欲しいですが。まぁ、伊奈さんのためなら。いいですよ』

『よし! よく言いました!』
『じゃあ。私、行きますから』

『了解! 私もすぐ向かう!』

 スマホの電源を切り、ポケットにしまう。
 と同時に見えたのは、こっちを訝しげに覗く美結ちゃんの顔。

「あの女?」
「……うん。放送室の鍵を空けてくれと頼んだの。今からそこに行くから。──てなわけでダッシュで行こう! みんなの部活が終わるその前までに!」

 私は、美結ちゃんの手を引いて、その場から駆け出した。
 スリッパがパコパコと変な音を鳴らして、しかも少し走りにくい。

「ちょ、伊奈ちゃん。手を引かれなくても、私、走ることくらいできるから!」

 声を荒げられ、せっかくの手が強引にも引き剥がされてしまう。
 私的にもそっちの方が走りやすいので別にいいけど。

「わかった。じゃあ、今度こそ行こう!」
「……うん」

 家の敷地外へと出る。
 さっきも走ったこの道を、走り返す。
 一応私は、元陸上部で結構足も早かった。
 ──という過去の栄光がある。
 今はすっかりそんなことも無くなったが。
 だって、こんな距離でも直ぐに疲れ果ててしまう。

 道の脇を一列に走る私たち。
 後ろを見れば、美結ちゃんはまだ結構余裕そうな表情だった。

 私は。
 美結ちゃんが、悪口を言われたということをどこか自分に重ねてしまっている。
 なぜって、思い出したくもないけど、それは私も、中学の頃、同年代の人達から陰口を言われていたから。
 今いる女子校を選んだのも、陰口を言っていた奴らが行かない高校だったから。
 結局あの時は何もできなくて、結構悲しい思いをしたものだ。
 今でも結構憎んではいる。

 こういう気持ちを抱くのは私だけなのかもしれない。けど、今私がこうしているのは、美結ちゃんにこのことを引きずって欲しくない。そういう気持ちも含まれているんだと思う。

 ここで決着をつけさせたい。
 このことを思い返しても、美結ちゃんが辛くならないように。

「もう少しだ。……もう少しで」

 少しペースを落として、中くらいのスピードで走り続ける。
 正門をくぐって、けれど靴箱には行かず。
 私は近い正面玄関の方へと向かう。
 こっちからの方が放送室には圧倒的に近いからだ。
 後ろを確認。美結ちゃんはちゃんといる。
 汗を額から結構出していた。

「さぁ。学校ついたー!」

 嬉々として声に出しながらも、正面玄関に入り、そこでスリッパを雑に脱ぎ捨てる。
 美結ちゃんも同様に私の靴を荒っぽく脱ぎ、悪びれもなく私の後ろにまた来る。

 廊下。
 本来は走るなと言われているこの場所を、罪悪感すら抱かずに真っ直ぐと走った。
 あまり人はいない。から大丈夫だろう。
 そして見える『放送室』と書かれた部屋。
 その部屋の前へと立ち、ドアノブを回せば、ちゃんと鍵は空いていた。

 中に入れば、待っていたかのように、椅子をこちら側に向けて座る心音。
 後ろから息の切れる音を耳にし、チラと振り返って、美結ちゃんがいることも確認。

「ぐっじょぶ。心音!」

 親指を立てて、それを心音に見せつける。
 そして振り返り、走って若干赤く染った美結ちゃんに対して、

「そして、復讐だ! 美結ちゃん!」
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