辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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第十七話 その絶望は砕けない

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 動き出したゴーレムのその無機質な瞳には、敵意も、感情も何も無かった。
 ただ侵入者を排除するという古代の命令だけが宿っているように。

 ──ドシン!

 ゴーレムは地響きを立てながらその巨大な岩の腕を俺に向かって振り下ろしてきた。
 俺は咄嗟に横へ転がりそれを避ける。直前まで俺がいた場所の床が轟音と共に砕け散った。
 速い。そして重い。あんなものに捕まれば、一撃で骨まで砕かれるだろう。
 俺は手に持った動く麻縄と残りの石ころを構える。
 ここからは、純粋な力の勝負だ。

「――【跳弾】!」

 俺、ゴブリン相手に使ったのと同じように、石ころをゴーレムの背後の壁に向かって投げつけた。
 石は壁や天井に当たって複雑な軌道を描きゴーレムの巨体を何度も撃つ。
 が。ガン。ガン。という鈍い音が響くだけで、その岩の体には傷一つついていない。
 ゴブリンとは頑丈さが違いすぎる。

「なら、これならどうだ!」

 ゴーレムが再び腕を振り上げた、その隙を狙って俺は奴の足元に麻縄を投げ込んだ。

「――【自動結束】!」

 縄は生きている蛇のように動き出し、ゴーレムの太い足に絡みつこうとする。
 だがゴーレムはそれを意にも介さず、ただ前進するだけで縄はブチブチと音を立てて千切れてしまった。
 まずい……。俺の知っている攻撃手段が、全く通用しない。
 しかしゴーレムは否応なしに俺との距離を確実に詰めてくる。
 その巨体から放たれる圧力が、俺の焦りを煽った。
 何より厄介なのは、その体から常に放出されている停滞の気配だ。
 空気が粘り気を帯びたように重く、俺の体の動きが少しずつ、確実に鈍くなっていくのを感じる。

 このままではジリ貧だ。
 アリアの教えを思い出す。
 『第二法則:親和性の原則』
 対象の性質と真逆の概念を付与した場合、コストは増大するが効果は絶大である。
 こいつの強さはあの圧倒的な「硬さ」と「重さ」。ならその理そのものを、書き換えてやればいい。

 俺は再び振り下ろされるゴーレムの腕を、今度は避けずにその懐へと飛び込んだ。
 巨大な岩の胴体に、渾身の力で手のひらを叩きつける。

 ――この岩は、岩じゃない。ただの、脆く崩れやすい『硝子』だ。

「――【脆弱化】ッ!」

 概念を付与しようとした、その瞬間。

「ぐっ……!?」

 ゴーレムの体から凄まじい力で俺の概念が拒絶された。
 付与に失敗した反動が、全て俺の体に跳ね返ってくる。
 まるで自分の骨が内側から砕け散るかのような。激痛。
 俺の体はくの字に折れ曲がり、後方へと吹き飛ばされた。

「がはっ……!」

 背中を壁に強く打ち付け肺から空気が押し出される。
 口の中に鉄の味が広がり、痰と共に血を吐き出した。
 くそっ。これじゃあダメだ。
 ゴーレム自身の持つ「停滞」と「岩」があまりに強すぎる。
 俺の力では、その理を上書きできない。

 ドシン……。ドシン……。

 ゴーレムが動けない俺に向かって、ゆっくりと、しかし確実に歩みを進めてくる。

 絶望。
 その二文字が、俺の心を支配した。
 約束したのに。アリアに。必ず、クローナを連れて帰るって。
 なのに俺は……ここで、終わるのか。

 霞む視界の中、俺は最後の望みを託すようにカバンに手を伸ばした。
 震える指で中から取り出したのは、アリアの知識が詰まったあの『概念辞書』
 答えなんてあるはずがない。
 それでも俺は、彼女が遺してくれた最後の希望のページを必死にめくり始めた。
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