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第二十一話 黒い宝玉と少女の仮説
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洞窟から帰還して三日が過ぎた。
俺の体は、館長夫妻の献身的な看病のおかげですっかり回復していた。
午後になり、俺は同じく館長の家で療養しているクローナの様子を見に行くことにした。
部屋のドアをノックすると「……どうぞ」という、少しだけ不機嫌そうな声が聞こえる。
中に入ると、クローナはベッドの上で体を起こし窓の外を眺めていた。
顔色はまだ少し悪いがその瞳にはいつもの快活な光が戻っている。
「体の具合は、どうだ?」
「……別に。もう平気よ」
彼女はぷいとそっぽを向いて答える。
「そっか。よかった」
俺がそう言って部屋を出ようとすると、彼女はぼそりと呟いた。
「……あのさ」
「ん?」
彼女は、俺の方を見ないまま言葉を続ける。
「……べ、別に、あんたに助けられたなんて思ってないから。ちょっと、油断してただけ! あのゴーレムだって、私一人で本当は……」
「ああ、分かってる。クローナさんは、強いもんな」
俺が先にそう言うと、彼女は少しだけ驚いたようにこちらを見た。
「……と、とにかく!」
彼女は、何かを誤魔化すように少しだけ声を大きくした。
「あんたが私を助けなかったら、アリアがどうなってたか分かったもんじゃないわ! あの子は私のせいで昔ひどい目に遭ったんだから……。これ以上、あいつを悲しませなかったことだけは褒めてあげる! どうもありがとう!」
それが、彼女なりの最大限の感謝の言葉なのだろう。
俺はその不器用な優しさがなんだか微笑ましくて、小さく笑みをこぼした。
◆◆◆
その夜、俺はアリアと二人屋根裏部屋の研究室で向かい合っていた。
机の真ん中には、布の上に置かれたあの黒い宝玉が鎮座している。
俺の【沈黙】の概念によって、今はただの石ころのように静かだがその存在感は未だに不気味だった。
「体は、もう大丈夫なのですか?」
アリアが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ああもう平気だ。それより……話そう。洞窟で、何が起きたのか」
俺の言葉に、アリアはこくりと頷くと『概念辞書』の新しいページを開いた。
「まずノアさん。あなたもこの宝玉に幻を見せられたのですよね? あなたが見たものを、詳しく教えてください」
俺は頷き、あの忌まわしい記憶を一つ一つ言葉にしていった。
追放された日の酒場。俺を嘲笑うアルドレットたち。
そして、冷たい瞳で俺を拒絶した偽のアリア……。
最後に、俺がどうやって幻覚を破ったのかを話した。
「……偽物の君は俺たちのことを何も知らなかった。俺たちが一緒にパンを食べたことも、君が俺の力を『すごい』って言ってくれたことも。だから、偽物だって分かったんだ」
「なるほど……」
アリアは俺の話を聞き終えると、ペンを走らせながら呟いた。
「宝玉は対象者の記憶や精神を読み取り、最も効果的な幻覚を構築する。ですがその材料は、あくまで対象者の『負の感情』に限定される。だから、あなたが抱いていた私への信頼や、温かい記憶は再現できなかった……。それが、幻覚のシステムの限界。つまり攻略法だったのですね」
彼女は俺の体験した恐怖を、冷静な分析によって一つの法則へと昇華させていく。
その姿はとても頼もしく、見事と言わざるを得なかった。
「では、本題です」
アリアは、姿勢を正した。
「私が、十年前に受けた呪いについて」
彼女は、自分の胸のあたりを、ぎゅっと握りしめた。
「幻覚はあくまで第一段階……魂の守りをこじ開けるための鍵に過ぎません。心が折れ、抵抗する意志を失ったと宝玉が判断した瞬間、第二段階……この遺物の本当の力が発動します」
「第二、段階……?」
「はい。対象の魂に直接『負の概念』を上書きする力です。十年前、幻覚に心を砕かれた当時四歳だった私の魂にこの宝玉は【断絶】という概念を付与しました。私の魂と、世界に満ちる魔力とを繋ぐ見えない糸を概念的に断ち切ったんです」
俺は息を呑んだ。
「私が聞いた『プツリと切れる音』は魂の悲鳴でした。そして私の魔力不全症は、今も魂に残り続ける概念の傷跡……つまり。呪いなんです」
アリアは淡々と、しかしどこか吹っ切れたような表情で自らの絶望の正体を語った。
俺の体験という最後のピースを得て、彼女の中で十年越しの謎がついに解き明かされたのだろう。
「…………」
重い沈黙が部屋を支配する。
概念の呪い。そんなものが本当に存在するのか。
いや、存在する。
俺の力が、その証明だ。
待てよ。それなら──。
「……なあ、アリア」
俺は、一つの可能性に思い至り口を開いた。
「もしその呪いが『概念』でできているなら……。俺の力でどうにかできないか?」
その言葉に、アリアの肩がピクリと震えた。
彼女はゆっくりと顔を上げる。
その瞳には恐怖と、そして今まで俺が見たこともないような、か細い希望の光が浮かんでいた。
「……理論上は、可能です」
彼女はかすかに震える声で言った。
「呪いの枷となっている【断絶】の概念を打ち消す、あるいは上書きする。対抗概念……例えば【接続】や【解放】といった概念を魂に直接付与することができれば……」
彼女はそこで言葉を切った。
人の魂に直接干渉するなどあまりにも危険な賭けだ。
俺は一体、どうするべきなんだ?
俺の体は、館長夫妻の献身的な看病のおかげですっかり回復していた。
午後になり、俺は同じく館長の家で療養しているクローナの様子を見に行くことにした。
部屋のドアをノックすると「……どうぞ」という、少しだけ不機嫌そうな声が聞こえる。
中に入ると、クローナはベッドの上で体を起こし窓の外を眺めていた。
顔色はまだ少し悪いがその瞳にはいつもの快活な光が戻っている。
「体の具合は、どうだ?」
「……別に。もう平気よ」
彼女はぷいとそっぽを向いて答える。
「そっか。よかった」
俺がそう言って部屋を出ようとすると、彼女はぼそりと呟いた。
「……あのさ」
「ん?」
彼女は、俺の方を見ないまま言葉を続ける。
「……べ、別に、あんたに助けられたなんて思ってないから。ちょっと、油断してただけ! あのゴーレムだって、私一人で本当は……」
「ああ、分かってる。クローナさんは、強いもんな」
俺が先にそう言うと、彼女は少しだけ驚いたようにこちらを見た。
「……と、とにかく!」
彼女は、何かを誤魔化すように少しだけ声を大きくした。
「あんたが私を助けなかったら、アリアがどうなってたか分かったもんじゃないわ! あの子は私のせいで昔ひどい目に遭ったんだから……。これ以上、あいつを悲しませなかったことだけは褒めてあげる! どうもありがとう!」
それが、彼女なりの最大限の感謝の言葉なのだろう。
俺はその不器用な優しさがなんだか微笑ましくて、小さく笑みをこぼした。
◆◆◆
その夜、俺はアリアと二人屋根裏部屋の研究室で向かい合っていた。
机の真ん中には、布の上に置かれたあの黒い宝玉が鎮座している。
俺の【沈黙】の概念によって、今はただの石ころのように静かだがその存在感は未だに不気味だった。
「体は、もう大丈夫なのですか?」
アリアが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ああもう平気だ。それより……話そう。洞窟で、何が起きたのか」
俺の言葉に、アリアはこくりと頷くと『概念辞書』の新しいページを開いた。
「まずノアさん。あなたもこの宝玉に幻を見せられたのですよね? あなたが見たものを、詳しく教えてください」
俺は頷き、あの忌まわしい記憶を一つ一つ言葉にしていった。
追放された日の酒場。俺を嘲笑うアルドレットたち。
そして、冷たい瞳で俺を拒絶した偽のアリア……。
最後に、俺がどうやって幻覚を破ったのかを話した。
「……偽物の君は俺たちのことを何も知らなかった。俺たちが一緒にパンを食べたことも、君が俺の力を『すごい』って言ってくれたことも。だから、偽物だって分かったんだ」
「なるほど……」
アリアは俺の話を聞き終えると、ペンを走らせながら呟いた。
「宝玉は対象者の記憶や精神を読み取り、最も効果的な幻覚を構築する。ですがその材料は、あくまで対象者の『負の感情』に限定される。だから、あなたが抱いていた私への信頼や、温かい記憶は再現できなかった……。それが、幻覚のシステムの限界。つまり攻略法だったのですね」
彼女は俺の体験した恐怖を、冷静な分析によって一つの法則へと昇華させていく。
その姿はとても頼もしく、見事と言わざるを得なかった。
「では、本題です」
アリアは、姿勢を正した。
「私が、十年前に受けた呪いについて」
彼女は、自分の胸のあたりを、ぎゅっと握りしめた。
「幻覚はあくまで第一段階……魂の守りをこじ開けるための鍵に過ぎません。心が折れ、抵抗する意志を失ったと宝玉が判断した瞬間、第二段階……この遺物の本当の力が発動します」
「第二、段階……?」
「はい。対象の魂に直接『負の概念』を上書きする力です。十年前、幻覚に心を砕かれた当時四歳だった私の魂にこの宝玉は【断絶】という概念を付与しました。私の魂と、世界に満ちる魔力とを繋ぐ見えない糸を概念的に断ち切ったんです」
俺は息を呑んだ。
「私が聞いた『プツリと切れる音』は魂の悲鳴でした。そして私の魔力不全症は、今も魂に残り続ける概念の傷跡……つまり。呪いなんです」
アリアは淡々と、しかしどこか吹っ切れたような表情で自らの絶望の正体を語った。
俺の体験という最後のピースを得て、彼女の中で十年越しの謎がついに解き明かされたのだろう。
「…………」
重い沈黙が部屋を支配する。
概念の呪い。そんなものが本当に存在するのか。
いや、存在する。
俺の力が、その証明だ。
待てよ。それなら──。
「……なあ、アリア」
俺は、一つの可能性に思い至り口を開いた。
「もしその呪いが『概念』でできているなら……。俺の力でどうにかできないか?」
その言葉に、アリアの肩がピクリと震えた。
彼女はゆっくりと顔を上げる。
その瞳には恐怖と、そして今まで俺が見たこともないような、か細い希望の光が浮かんでいた。
「……理論上は、可能です」
彼女はかすかに震える声で言った。
「呪いの枷となっている【断絶】の概念を打ち消す、あるいは上書きする。対抗概念……例えば【接続】や【解放】といった概念を魂に直接付与することができれば……」
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俺は一体、どうするべきなんだ?
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