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第二十五話 月光樹の森へ
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アリアと『豊穣の種火』についての仮説を語り合ってから数日が過ぎた。
ミストラルの街は一週間後に迫った「金麦祭」の準備で日に日に活気を増していく。
その陽気な雰囲気に当てられたのか、俺の心も追放された日以来最も軽やかになっていた。
そして。今日はといえば、館長であるアリアの祖父が困った顔で俺を呼びつけていた。
「おおノア、すまんのう。実は祭りの準備で少し人手が足りなくてな。西の森にある『月光樹』の枝を少し採ってきてはくれんかのう?」
館長の話によれば「月光樹」とは、夜になると自ら淡い光を放つこの地方特有の木らしい。
金麦祭のクライマックスで行われる神事『天への種蒔き』の際、祭壇を飾る神聖な木なのだという。
「若い者にとってはちょっとした遠足のようなものじゃろう。息抜きにもなるかと思ってな。アリアと、それからクローナ君も誘って、三人で行ってきてはどうかな? 昔はあの森に危ない魔物などおらんかったからのう。……まあ最近は少し妙な噂も聞くがの」
館長はそう言って少しだけ遠い目をした。
その一瞬の曇りが俺の心に小さな棘のように引っかかったが、館長の優しい提案に断る理由はなかった。
「それじゃあ……行ってきます」
まあアリアはついてきてくれるだろうが。
クローナはどうだろうな。俺のこと少し避けてるようだし。
ともかく二人に声をかけてみるか……。
◆◆◆
そしてどうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
クローナを森へ誘ったところ最初こそは苦戦した。
しかし──。
「はあ!? どうしてあなたと森へ行かないといけないわけ!? 第一あなたのこと私まだ信用して──」
「アリアも一緒らしいけど」
「さ! 行きましょう! ぼーっとしてるとおいてくわよ!」
と、いうわけだ。
これから彼女に何かを頼むときは、アリアのことをチラつかせよう。
「それじゃあ、出発しようか」
そういうわけで、三人での初めてのおつかいが始まった。
ミストラルの西門を抜けると、そこには深くそして美しい森が広がっていた。
王都の周辺とは違う人の手がほとんど入っていない、ありのままの自然。
肺を満たす空気が澄み切っていて、ほんのりと甘い木の香りがした。
木漏れ日がまるで金色の粉を振りまいたかのように、地面の苔をキラキラと照らしている。
鳥のさえずり、葉の擦れる音、遠くで聞こえる小川のせせらぎ。
その全てが心地よい音楽のようだった。
パーティーにいた頃は、常に魔物の気配を探りこんな風に森の音に耳を澄ませる余裕などなかった。
穏やかだ。こんな時間がずっと続けばいい。
「見て見て、アリア! きれいな花!」
先頭を駆け回っていたクローナが、青い小さな花を片手に俺たちの元へ戻ってきた。
相変わらず俺単体と話すときと態度が全く違うな、このひと。
「アリアの髪に飾ってあげる! 絶対似合うよ!」
「こ、こらクローナ! 子供じゃあるまいし、恥ずかしいです!」
嫌がるアリアの言葉を無視して、クローナは彼女の蜂蜜色の三つ編みにそっと青い花を挿した。
そして満足そうに、アリアの顔を両手で包み込む。
「うん、やっぱり世界一可愛い! アリアは、私がちゃんと綺麗にしてあげないとダメなんだから!」
「ち、近いです……! もう、やめてください……!」
真っ赤になって身じろぎするアリアと、そんな彼女を心底愛おしそうに見つめるクローナ。
その光景はなんだか微笑ましく、俺は邪魔しないように少しだけ離れた場所で空を見上げていた。
その時、アリアがハッと息を呑む気配がした。
「……っ!」
彼女は俺がすぐそばにいたことを今、思い出したらしかった。
その顔は、先ほどよりもさらに赤く染まっている。
「……な、なな、何も見てませんよね!?」
「あ、ああ。うん。なにも。何も見てない、ぞ」
俺がそう言ってとぼけると、彼女は「う……」と唸りながら顔を本で隠してしまった。
ミストラルの街は一週間後に迫った「金麦祭」の準備で日に日に活気を増していく。
その陽気な雰囲気に当てられたのか、俺の心も追放された日以来最も軽やかになっていた。
そして。今日はといえば、館長であるアリアの祖父が困った顔で俺を呼びつけていた。
「おおノア、すまんのう。実は祭りの準備で少し人手が足りなくてな。西の森にある『月光樹』の枝を少し採ってきてはくれんかのう?」
館長の話によれば「月光樹」とは、夜になると自ら淡い光を放つこの地方特有の木らしい。
金麦祭のクライマックスで行われる神事『天への種蒔き』の際、祭壇を飾る神聖な木なのだという。
「若い者にとってはちょっとした遠足のようなものじゃろう。息抜きにもなるかと思ってな。アリアと、それからクローナ君も誘って、三人で行ってきてはどうかな? 昔はあの森に危ない魔物などおらんかったからのう。……まあ最近は少し妙な噂も聞くがの」
館長はそう言って少しだけ遠い目をした。
その一瞬の曇りが俺の心に小さな棘のように引っかかったが、館長の優しい提案に断る理由はなかった。
「それじゃあ……行ってきます」
まあアリアはついてきてくれるだろうが。
クローナはどうだろうな。俺のこと少し避けてるようだし。
ともかく二人に声をかけてみるか……。
◆◆◆
そしてどうやら俺の心配は杞憂だったらしい。
クローナを森へ誘ったところ最初こそは苦戦した。
しかし──。
「はあ!? どうしてあなたと森へ行かないといけないわけ!? 第一あなたのこと私まだ信用して──」
「アリアも一緒らしいけど」
「さ! 行きましょう! ぼーっとしてるとおいてくわよ!」
と、いうわけだ。
これから彼女に何かを頼むときは、アリアのことをチラつかせよう。
「それじゃあ、出発しようか」
そういうわけで、三人での初めてのおつかいが始まった。
ミストラルの西門を抜けると、そこには深くそして美しい森が広がっていた。
王都の周辺とは違う人の手がほとんど入っていない、ありのままの自然。
肺を満たす空気が澄み切っていて、ほんのりと甘い木の香りがした。
木漏れ日がまるで金色の粉を振りまいたかのように、地面の苔をキラキラと照らしている。
鳥のさえずり、葉の擦れる音、遠くで聞こえる小川のせせらぎ。
その全てが心地よい音楽のようだった。
パーティーにいた頃は、常に魔物の気配を探りこんな風に森の音に耳を澄ませる余裕などなかった。
穏やかだ。こんな時間がずっと続けばいい。
「見て見て、アリア! きれいな花!」
先頭を駆け回っていたクローナが、青い小さな花を片手に俺たちの元へ戻ってきた。
相変わらず俺単体と話すときと態度が全く違うな、このひと。
「アリアの髪に飾ってあげる! 絶対似合うよ!」
「こ、こらクローナ! 子供じゃあるまいし、恥ずかしいです!」
嫌がるアリアの言葉を無視して、クローナは彼女の蜂蜜色の三つ編みにそっと青い花を挿した。
そして満足そうに、アリアの顔を両手で包み込む。
「うん、やっぱり世界一可愛い! アリアは、私がちゃんと綺麗にしてあげないとダメなんだから!」
「ち、近いです……! もう、やめてください……!」
真っ赤になって身じろぎするアリアと、そんな彼女を心底愛おしそうに見つめるクローナ。
その光景はなんだか微笑ましく、俺は邪魔しないように少しだけ離れた場所で空を見上げていた。
その時、アリアがハッと息を呑む気配がした。
「……っ!」
彼女は俺がすぐそばにいたことを今、思い出したらしかった。
その顔は、先ほどよりもさらに赤く染まっている。
「……な、なな、何も見てませんよね!?」
「あ、ああ。うん。なにも。何も見てない、ぞ」
俺がそう言ってとぼけると、彼女は「う……」と唸りながら顔を本で隠してしまった。
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