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第二十六話 巨大カマキリ
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森の奥深くへと進むにつれて周囲の雰囲気が変わってきた。
木々の間隔が広がり、まるでドーム状の聖堂にでも入ったかのように空気が澄んでいく。
やがて、俺たちの目の前にその光景は広がった。
「うわぁ……」
クローナが思わず感嘆の声を漏らす。
そこは陽の光が届かないはずの森の窪地だった。
だがそこに生えている数十本の木々が、その幹自体から青白い柔らかな光を放っている。
月光樹の森。空気中には、光る胞子が雪のように静かに舞っていた。
「すごい……。本当に、光ってる……」
俺もその幻想的な光景に、ただただ見惚れていた。
「……静か、ですね」
アリアがぽつりと呟いた。
言われてみれば、あれほど賑やかだった鳥や虫の声がこの森に入った途端ぴたりと止んでいた。
聞こえるのは、俺たちの息遣いと衣擦れの音だけ。
「これだけ魔力が豊かなのに、小動物一匹いないなんて……。少し、不自然です」
彼女の言葉に俺とクローナは少しだけ身構える。
俺は中でもひときわ巨大な月光樹に手を触れてみた。
温かい。まるで大いなる何かに、優しく受け入れられているような不思議な感覚がした。
「よし! それじゃあ館長さんに頼まれた枝を採っちゃおう! 一番きれいで一番光ってるやつがいいよね!」
クローナは張り切って一番立派な月光樹を見上げると、その中でひときわ強く輝く枝に手を伸ばした。
その、瞬間だった。
「――キシャアアッ!」
甲高い鳴き声と共に、クローナが手を伸ばした「枝」が生き物のようにしなった。
それは枝ではない。木の枝そっくりに擬態していたカマキリのような魔物だった。
館長が言っていた妙な噂って、もしかしてこいつか!?
「くそ──っ」
その体は月光樹と同じように青白く輝き、巨大な鎌をクローナめがけて振り下ろす。
「危ない!」
俺が叫ぶより早く、クローナは身を翻してそれを避ける。
なるほど。さすがは冒険者だ。
「へへん、びっくりさせないでよね! こいつ月光樹の魔力を食べてるんだ! 任せて!」
クローナは腰に携えた短剣を構え、魔物と対峙する。
だが相手の動きは俊敏で、森の木々を巧みに利用するためなかなか捉えることができない。
「くそっ、ちょこまかと!」
「クローナ、ダメです! あの魔物は月光樹と同じ気配をしています! 森の中にいる限り魔力は尽きません!」
アリアが叫ぶのは書物から得た知識だろう。
なるほど。このままでクローナが消耗するだけ、ということか。
どうする? 俺にできることは?
「……これなら」
俺は、地面に落ちていたただの木の棒を拾い上げた。
そして頭の中で、アリアに教わった通り明確なイメージを定義する。
――この棒は、ただの棒じゃない。あの魔物が仲間だと誤認する、月光樹の枝。
「――【誤認】」
俺はその棒を、魔物の死角に向かって力いっぱい投げつけた。
棒はヒュンと音を立てて飛び、魔物の背後にある木の幹にコンと当たって落ちる。
その何でもないはずの音に、魔物はピタリと動きを止めた。そしてゆっくりと、音のした方へと振り返る。
その隙を、クローナは見逃さなかった。
「――そこだっ!」
彼女の短剣が、一閃。
魔物は断末魔を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
「……やった!」
クローナは最初は自分の手柄だと喜んでいた。
が、やがて俺が投げたただの木の棒を見て首を傾げた。
「……あれ? でもなんであいつ、急にそっぽ向いたんだろ?」
俺は何も答えずに、ただ微笑んだ。
アリアだけが俺の仕業だと気づいて、こっそりと、しかし誇らしげな目で俺を見ていた。
◆◆◆
図書館に戻った俺たちは、館長に頼まれた月光樹の枝を渡した。
「おお、見事な枝じゃな。ありがとう、助かったぞい」
館長は心底嬉しそうに目を細めた。
「あの、館長さん」
そこにクローナが申し訳なさそうそうに口を開く。
「月光樹の森に、魔物がいました。カマキリみたいな、でっかいのが」
その言葉に館長の顔からすっと笑みが消えた。
「……そうか。やはり、噂は本当だったか」
彼は深く。深いため息をつくと、俺たち三人に頭を下げた。
「すまんかった。わしがもっとちゃんと調べておくべきじゃった。お前たちを危険な目に遭わせてしもうた」
「い、いや、そんな!」
俺たちが慌てて首を振ると、館長は何かを憂うように、窓の外に広がる夕暮れの街並みを見つめた。
「……この街も、昔とは少しずつ変わってきておるのかもしれんのう」
彼はそれ以上は何も言わなかった。
だがその横顔には俺たちがまだ知らない、この街に忍び寄る何かの影を感じさせる深い憂いが刻まれていた。
木々の間隔が広がり、まるでドーム状の聖堂にでも入ったかのように空気が澄んでいく。
やがて、俺たちの目の前にその光景は広がった。
「うわぁ……」
クローナが思わず感嘆の声を漏らす。
そこは陽の光が届かないはずの森の窪地だった。
だがそこに生えている数十本の木々が、その幹自体から青白い柔らかな光を放っている。
月光樹の森。空気中には、光る胞子が雪のように静かに舞っていた。
「すごい……。本当に、光ってる……」
俺もその幻想的な光景に、ただただ見惚れていた。
「……静か、ですね」
アリアがぽつりと呟いた。
言われてみれば、あれほど賑やかだった鳥や虫の声がこの森に入った途端ぴたりと止んでいた。
聞こえるのは、俺たちの息遣いと衣擦れの音だけ。
「これだけ魔力が豊かなのに、小動物一匹いないなんて……。少し、不自然です」
彼女の言葉に俺とクローナは少しだけ身構える。
俺は中でもひときわ巨大な月光樹に手を触れてみた。
温かい。まるで大いなる何かに、優しく受け入れられているような不思議な感覚がした。
「よし! それじゃあ館長さんに頼まれた枝を採っちゃおう! 一番きれいで一番光ってるやつがいいよね!」
クローナは張り切って一番立派な月光樹を見上げると、その中でひときわ強く輝く枝に手を伸ばした。
その、瞬間だった。
「――キシャアアッ!」
甲高い鳴き声と共に、クローナが手を伸ばした「枝」が生き物のようにしなった。
それは枝ではない。木の枝そっくりに擬態していたカマキリのような魔物だった。
館長が言っていた妙な噂って、もしかしてこいつか!?
「くそ──っ」
その体は月光樹と同じように青白く輝き、巨大な鎌をクローナめがけて振り下ろす。
「危ない!」
俺が叫ぶより早く、クローナは身を翻してそれを避ける。
なるほど。さすがは冒険者だ。
「へへん、びっくりさせないでよね! こいつ月光樹の魔力を食べてるんだ! 任せて!」
クローナは腰に携えた短剣を構え、魔物と対峙する。
だが相手の動きは俊敏で、森の木々を巧みに利用するためなかなか捉えることができない。
「くそっ、ちょこまかと!」
「クローナ、ダメです! あの魔物は月光樹と同じ気配をしています! 森の中にいる限り魔力は尽きません!」
アリアが叫ぶのは書物から得た知識だろう。
なるほど。このままでクローナが消耗するだけ、ということか。
どうする? 俺にできることは?
「……これなら」
俺は、地面に落ちていたただの木の棒を拾い上げた。
そして頭の中で、アリアに教わった通り明確なイメージを定義する。
――この棒は、ただの棒じゃない。あの魔物が仲間だと誤認する、月光樹の枝。
「――【誤認】」
俺はその棒を、魔物の死角に向かって力いっぱい投げつけた。
棒はヒュンと音を立てて飛び、魔物の背後にある木の幹にコンと当たって落ちる。
その何でもないはずの音に、魔物はピタリと動きを止めた。そしてゆっくりと、音のした方へと振り返る。
その隙を、クローナは見逃さなかった。
「――そこだっ!」
彼女の短剣が、一閃。
魔物は断末魔を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
「……やった!」
クローナは最初は自分の手柄だと喜んでいた。
が、やがて俺が投げたただの木の棒を見て首を傾げた。
「……あれ? でもなんであいつ、急にそっぽ向いたんだろ?」
俺は何も答えずに、ただ微笑んだ。
アリアだけが俺の仕業だと気づいて、こっそりと、しかし誇らしげな目で俺を見ていた。
◆◆◆
図書館に戻った俺たちは、館長に頼まれた月光樹の枝を渡した。
「おお、見事な枝じゃな。ありがとう、助かったぞい」
館長は心底嬉しそうに目を細めた。
「あの、館長さん」
そこにクローナが申し訳なさそうそうに口を開く。
「月光樹の森に、魔物がいました。カマキリみたいな、でっかいのが」
その言葉に館長の顔からすっと笑みが消えた。
「……そうか。やはり、噂は本当だったか」
彼は深く。深いため息をつくと、俺たち三人に頭を下げた。
「すまんかった。わしがもっとちゃんと調べておくべきじゃった。お前たちを危険な目に遭わせてしもうた」
「い、いや、そんな!」
俺たちが慌てて首を振ると、館長は何かを憂うように、窓の外に広がる夕暮れの街並みを見つめた。
「……この街も、昔とは少しずつ変わってきておるのかもしれんのう」
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