辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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第二十七話 金麦祭、前夜祭

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 月光樹の森での一件から数日、ミストラルの街はいよいよ祭りの準備で最高の活気に満ちていた。
 図書館での俺の仕事も、最近は蔵書の整理より祭りの飾り付けの手伝いの方が多いくらいだ。

「ノア君、すまんがその麦のリースを一番高い窓に飾ってくれんかね」
「はい館長」

 俺が脚立に登って飾り付けをしていると、閲覧室の隅でクローナが槍を片手に素振りをしているのが見えた。
 彼女は祭りの奉納武術大会にエントリーしたのだ。
 奉納武術。
 つまり街一番の力自慢を決めるために神殿に技を奉納する、ってやつだけど……。

「ふんっ! やあっ!」

 普段の彼女からは想像もつかないほど、その槍筋は鋭く真剣だった。
 アリアはそんな彼女の様子を書架の影から心配そうに、しかしどこか誇らしげな目で見守っている。
 昼休み。俺は汗を拭いながら訓練を終えたクローナに声をかけた。

「すごいな、気合が入ってる」
「当たり前でしょ! 優勝して『金麦の勇者』になってアリアに捧げるんだから!」

 クローナはにかっと笑う。
 と思ったのも束の間、すぐに真顔になって声を潜めた。

「……それに、強くならないとね。この前の森みたいに、アリアや……あんたを、ちゃんと守れるように」

 ぶっきらぼうな口調だったが、その瞳にはまっすぐな意志が宿っていた。
 洞窟での一件が、彼女を冒険者として一回り大きくさせたのかもしれない。

◆◆◆

 その日の午後。
 今度は俺とアリアが、図書館の正面玄関に月光樹の枝を飾っていた。

「この枝は東向きに。古文書によれば、それが豊穣を呼び込むための古い習わしだそうです」

 アリアはまるで生き字引のように、祭りの伝統について俺に教えてくれる。
 その横顔は、夜の研究室で見せる賢者の顔ともクローナの前で見せる妹のような顔とも違う。
 この街の歴史を愛する、一人の少女の顔だった。

「一番高いところは、私では届きませんね……」

 アリアが困っていると、ちょうどそこに通りかかったクローナが「任せて!」と、アリアをひょいと肩に担ぎ上げようとする。

「きゃっ!? ク、クローナ! 何をするんですか!」
「こうすれば、届くでしょ!」
「こ、これでは、下から……! やめてください!」

 真っ赤になって暴れるアリアと、楽しそうなクローナ。
 俺はその光景に苦笑しながら、二人の間からそっと枝を受け取った。
 そして少しだけ背伸びをして、一番高い梁にそれを飾り付けた。

「……ああ、ありがとうございます」

 地面に降ろされたアリアが、潤んだ瞳で少しだけ悔しそうに俺を見上げていた。
 その日の夜。仕事が終わり、三人は祭りの前夜祭で賑わう広場へと繰り出した。
 色とりどりのランタンが夜を飾り、そこら中から陽気な音楽と美味そうな匂いが漂ってくる。

「見て、アリア! リンゴ飴だって!」
「わっ! クローナ、走らないでください!」

 はしゃぐクローナとそれを追いかけるアリア。
 俺は屋台で買ったばかりの、温かいミートパイを三つ持ってそんな二人の後を追った。
 広場が見渡せる噴水の縁に腰掛け、俺たちは三人でパイを頬張る。
 「おいしい!」とクローナが目を輝かせ、アリアも眼鏡を曇らせながらこくりと頷いた。
 他愛のない会話。くだらないことで笑い合う時間。
 俺はパーティーにいた頃、こんな風にただ食事を「美味い」と感じたことがあっただろうか。

 追放されて、全てを失ったと思っていた。
 だが今、俺の手の中にはこの温かいパイと、目の前で笑っているかけがえのない二人の仲間がいる。
 俺が本当に欲しかったのはSランクの称号でも誰かからの賞賛でもなく、こういう何でもない温かい時間だったのかもしれない。

 明日から祭りが始まる。
 この温かい時間がずっと続けばいい。
 俺は心の底から、そう願っていた。
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