辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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第二十八話 金麦祭の朝

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 金麦祭の初日の朝が来た。
 全三日開催の祭の朝。今日は良い日になりそうな予感がする。
 屋根裏部屋の窓を開けるとまだ少しだけひんやりとした秋の空気と共に、街のざわめきとどこかの屋台から漂ってくる甘いパンの焼ける匂いが流れ込んできた。
 遠くからは練習だろうか、軽快な笛の音色も聞こえてくる。

 今日はアリアたちと行動を共にする予定だった。
 図書館での仕事も、今日ばかりはおやすみのようだ。
 俺はアリアたちと合流する約束の時間まで、少しだけ一人で街を歩いてみることにした。

 大通りは既に祭りの熱気に包まれ始めていた。
 家々の軒先には黄金色の麦のリースが飾られ、子供たちが色とりどりのリボンを持って駆け回っている。
 商人たちの威勢のいい声、香ばしい肉の焼ける匂い、そして行き交う人々の誰もが浮かべている楽しそうな笑顔。

 パーティーにいた頃、俺にとって「街」とは依頼を受けるためのギルドと、体を休めるためだけの宿屋がある場所に過ぎなかった。
 こんな風に、街の喧騒をただ温かいものとして感じられたのは初めてかもしれない。
 俺は自分の力で稼いだ銅貨で、串焼きを一本買った。
 熱々で、少しだけ焦げた肉を頬張る。
 ただそれだけのことが、信じられないほど幸福だった。

◆◆◆

 約束の場所である広場の時計台に着くとアリアとクローナはもう来ていた。

「あ、ノア! おっそーい!」

 クローナが、俺の姿を見つけるなりぶんぶんと手を振ってくる。
 彼女は、この日のために新調したという動きやすい軽装鎧を身につけそわそわと準備運動をしていた。
 その隣でアリアは少し困ったように微笑んでいる。
 普段の司書見習いの服ではなく、簡素だが綺麗な刺繍の入ったワンピースを着ていた。
 先日クローナが髪に飾っていたのと同じ青い小さな花を、今日は自分でそっと髪に挿している。

「二人とも、今日はどうするんだ?」

 俺が尋ねると、クローナは得意げに胸を張った。

「決まってるでしょ! 私が武術大会で優勝して、『金麦の勇者』の称号をアリアに捧げるの!」
「私は称号より、あなたが怪我をしない方が嬉しいです」

 アリアはそう言ってため息をつくが、その横顔はどこか誇らしげだった。

「アリアは?」
「私は……神殿にもう一度だけ行きたいと思っています。古文書によれば、祭りの日は『豊穣の種火』の共鳴が最も強くなると。何か、新しいことが分かるかもしれません」
「そうか。俺は……」

 俺は、口にする。
 賑やかな街並みと、目の前で楽しそうにしている二人を見ながら。

「俺は、美味いものをたくさん食べて、二人が楽しんでるのを見てる。それがいいな」

◆◆◆

 まだ祭が始まって間もない頃。
 俺とアリアは今、奉納武術大会の観客席にいた。
 クローナの初戦の相手は、俺の倍はあろうかという熊のような体つきの大男だった。

「がんばれ。クローナ!」

 俺が思わず声を出すと、隣のアリアが「声が大きいです」と顔を赤くして俺の袖を引っ張った。
 いかんいかん。少し浮足立ってしまっているな。
 落ち着いて観戦しよう。

「────」

 大会が始まる。
 クローナは強かった。
 大男の剛腕を紙一重でかわしその俊敏さを活かして懐に潜り込むと、槍の柄で的確に相手の急所を打ち据える。
 力ではなく、技で相手をいなし見事な一本勝ちを収めた。
 言っちゃ悪いけど、あの性格でこんな戦い方をするんだな。

「すごいな、クローナさん……」
「……ええ。あの子は昔から、ああやって私の前を走ってくれるんです」

 アリアが、少しだけ、寂しそうに微笑んだ。
 クローナの勝利を祝して、俺たちは三人で屋台が並ぶ大通りを練り歩いた。
 串焼きの肉を頬張り、甘いリンゴ飴に舌鼓を打つ。
 クローナが射的で巨大なぬいぐるみを欲しがるアリアのために挑戦し、俺がこっそり矢に【必中】を付与して手伝ってやるとアリアは子供のようにはしゃいでいた。
 楽しい。素直にそう思えていた。

 だが──その時だった。

 人混みの中、俺はふと異質な気配を感じた。
 黒いマントを深く被り、祭りの熱狂から切り離されたように静かに佇む男たちが何人かいる。
 彼らは祭りを楽しむ様子もなく、何かを探るように周囲に鋭い視線を巡らせていた。
 そのうちの一人が、薬草を売る露店で何かを買い求めているのが見えた。
 俺がそれとなく近づくと、店主のぼやき声が聞こえてくる。

「へっ、珍しいもんを欲しがる客もいたもんだ。あんなただの『眠り茸の胞子』なんざ、何に使うんだか」

 眠り茸。
 強力な睡眠作用を持つ、冒険者が罠などに使う素材だ。
 なぜ、祭りの最中にそんなものを?
 俺の心に小さな、しかし消えない染みのような不安が広がるのを感じた。
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