悪役令嬢の烙印を押され追放されましたが、辺境でたこ焼き屋を開業したら、氷血公爵様が常連になりました

緋村ルナ

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第六章:王都に届く噂と、黒い嫉妬

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 私が辺境で大成功を収めているという噂は、ヴァルテンベルクと王都を往来する商人たちの口の端に乗り、やがて王都の社交界にも届き始めた。
 もちろん、噂というものは尾ひれがつくのが常だ。
「追放されたあのクライネルト家の女、辺境で怪しげな食べ物を作って、民衆を扇動しているらしいわよ」
「なんでも『モリダコ』とかいう魔物を食べさせているとか。下品ですこと!」
 特に、その噂を不快な思いで聞いていたのが、聖女リリアナだった。
 彼女は今や、王太子妃の座に内定し、王宮で我が世の春を謳歌している。オリヴィアのことなど、とうに過去の存在であり、北の辺境で惨めに、誰にも知られずに朽ち果てていくものだと信じきっていた。
 それなのに、どうだ。成功している? 民衆に慕われている? 冗談ではない。
「リリアナ、また不機嫌そうだな。どうしたんだ?」
 クラウス王太子が、甘い声で彼女の肩を抱く。しかし、最近のリリアナは、以前のように素直に彼に甘えることができなくなっていた。
 聖女としての彼女の神通力は、なぜか徐々に薄れてきていたのだ。民衆を癒す「奇跡」の頻度が落ち、かつてのような熱狂的な支持も翳りを見せ始めている。その焦りが、彼女を苛立たせていた。
 オリヴィアの成功譚は、そんな彼女の心の闇を、より一層黒く塗りつぶす燃料でしかなかった。
「いいえ、なんでもございませんわ、クラウス様。ただ……オリヴィア様が、辺境で元気にされていると聞いて、少し安心しただけですの」
 殊勝なことを言いながらも、その瞳には嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっている。
 クラウスもまた、オリヴィアの噂を耳にしていた。
 彼が最初にそれを聞いた時、思ったのは侮蔑だった。
「フン、モリダコだと? そんな下賤な食べ物で小銭を稼いでいるとは、公爵令嬢も落ちたものだ」
 彼は、自分が捨てた女が、見苦しくあがいている様を想像して、優越感に浸っていた。
 だが、後から入ってくる情報は、彼の想像とは全く違うものだった。オリヴィアはただ小銭を稼いでいるのではない。一つの事業を興し、多くの人間を雇い、領地に活気をもたらしている。そして何より、あの「氷血公爵」レオニール・ヴァルテンベルクの絶大な庇護を受けている、と。
 特に最後の情報が、クラウスの胸に小さな棘のように刺さった。レオニール公爵。王家の人間でさえ一目置く、北の絶対君主。彼が、なぜオリヴィアのような女を?
 クラウスは、ふと、王太子妃だった頃のオリヴィアを思い出す。いつも控えめで、物静かで、しかし、国の政策や歴史について尋ねれば、的確で知的な答えを返してきた。彼女の淹れる紅茶は、いつも完璧な温度と濃さだった。隣にいて、心地よい静寂を与えてくれる存在。
 自分が、リリアナの可憐な涙と甘い言葉に目が眩み、どれほど価値のあるものを手放してしまったのか。その事実に、彼は今更ながら気づき始めていた。微かな、しかし確かな後悔の念が、彼の心に芽生え始めていた。
 一方、リリアナは焦っていた。オリヴィアの存在が、このまま大きくなることを見過ごすわけにはいかない。あの女の成功は、自分を陥れたリリアナの嘘を暴き、自分の地位を脅かす危険な芽だ。
「……オリヴィアさんには、いつまでも幸せでいてほしい。でも、そのためには、余計な苦労はさせたくないわ」
 リリアナは、クラウスの前で天使のような微笑みを浮かべながら、その頭の中では、オリヴィアを再び絶望の淵に叩き落とすための、黒く、姑息な策略を巡らせ始めていた。彼女の独善的な嫉妬が、遠い北の地に、新たな嵐を呼ぼうとしていた。
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