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第3章:不機嫌な用心棒と、最初の奇跡
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カインと名乗った男との出会いの後も、私の畑仕事は続いた。村人たちの態度は相変わらずだったが、小さな変化も起き始めていた。
好奇心旺盛な村の子供たちが、私の作業を遠くからこっそり覗くようになったのだ。私は彼らに気づくと、にっこりと微笑みかけた。
「こんにちは。何をしているか、気になるのかしら?」
初めは怯えていた子供たちも、私が危害を加えないと分かると、少しずつ距離を縮めてきた。
私は彼らに、森で採れる木の実の見分け方や、簡単な保存食の作り方を教えた。干し肉と木の実を混ぜて作る栄養満点の携帯食は、子供たちに大人気だった。ほんの少しずつだが、村に笑顔が戻り始めている。そんな気がした。
そんなある日、私は薬草を探しに、少しだけ森の奥へと足を踏み入れてしまった。夢中で薬草を摘んでいると、背後でガサリと大きな物音がする。振り返ると、そこには先日カインが倒したものよりも、さらに一回り大きな猪型の魔物が立っていた。低い唸り声を上げ、血走った目でこちらを睨んでいる。
しまった、油断した。今度こそ、逃げられない。
魔物が地面を蹴り、私に向かって突進してくる。目を固く閉じた、その時。
「――そこをどけ!」
鋭い声と共に、私の体は力強く横に突き飛ばされた。尻もちをついた私の目の前で、閃光のような剣閃が走る。次の瞬間、突進してきた魔物は首から血飛沫を上げ、どうっと音を立てて倒れた。
そこに立っていたのは、やはりカインだった。彼は剣についた血を無造作に拭うと、忌々しげに私を睨みつけた。
「……あんた、死にたいのか。ここは魔の森のすぐ近くだと、忘れたわけじゃないだろう」
「ご、ごめんなさい。助けてくれて、ありがとう」
二度も命を救われてしまった。どうにかしてお礼をしなくては。私は立ち上がると、カインに言った。
「もしよかったら、私の家で何か食事でも。お礼をさせてください」
「いらん」
カインは即答し、背を向けた。しかし、私は食い下がった。
「お願いします! このままでは、私の気が済みません!」
私の必死の剣幕に、カインは深いため息をつくと、しぶしぶといった体で頷いた。
私の小さな家にカインを招き入れ、私は急いで食事の準備に取り掛かった。何がいいだろうか。派手な料理より、素朴で温かいものがいいかもしれない。
私は、前世の記憶を頼りに、あるものを作ることにした。持参していたわずかな米を鍋で炊き、塩を少しだけ混ぜて、掌で優しく握り固める。日本のソウルフード、「おにぎり」だ。これに、干し肉を炙ったものと、あり合わせの野菜で作った即席のスープを添えた。
「どうぞ。たいしたものではありませんが」
食卓に出された、白い米の塊を、カインは訝しげに見つめている。
「……なんだ、これは」
「おにぎり、と言います。まずは、食べてみてください」
カインは半信半疑で、その白い塊を手に取り、恐る恐る口に運んだ。
その瞬間、彼の時間が止まった。
もぐ、もぐ、と咀嚼する彼の目が見開かれていく。米のほのかな甘みと、塩の絶妙な塩梅。シンプルでありながら、奥深い味わい。カインは無我夢中で二口、三口と食べ進め、あっという間に一つ目を平らげてしまった。そして、無言で二つ目に手を伸ばす。
その食べっぷりを見ているだけで、私の心は温かくなった。美味しいものを食べると、人は幸せになれる。それを、今、目の前で証明してくれている。
結局、カインは用意したおにぎりをすべて平らげ、スープも飲み干すと、気まずそうに視線を彷徨わせた。
「……ごちそうさ、ま」
ぼそりと呟かれた感謝の言葉に、私は満面の笑みで応えた。
その日を境に、カインは私の家の周りをうろつくようになった。そして、私が畑仕事をしていると、何も言わずに石拾いや力仕事を手伝ってくれるようになったのだ。口では「あんたが魔物に襲われたら、また面倒だからな」なんてぶっきらぼうなことを言っているけれど、私は知っている。彼が、私の作る日々の食事を楽しみにしていることを。
こうして私は、不機嫌で無口だけど、最強の用心棒兼、農作業の助っ人を得たのだった。
そして、季節が巡り、最初の収穫の時が来た。
私が土壌改良を施し、丹精込めて育てた畑。そこに実ったのは、奇跡だった。
村人たちが今まで見たこともないほど、大きく、色鮮やかで、瑞々しい野菜たち。土から引き抜かれた人参は驚くほどに太く、葉を広げたキャベツは子供の頭ほどもある。トマトは宝石のように真っ赤に輝いていた。
「うそだろ……」
「あの石ころだらけの土地から、こんなものが……」
遠巻きに見ていた村人たちが、信じられないといった表情でどよめく。
私は泥だらけの手で真っ赤なトマトを一つもぎ取ると、服で軽く拭いて、かじりついた。
口の中に広がる、甘酸っぱくて濃厚な味。太陽の味がした。
「美味しい……!」
私の満面の笑みを見て、村人たち、そしてカインも、ようやくこれが現実なのだと理解したようだった。
これが、辺境の地で起きた、最初の奇跡。私の、小さな勝利の瞬間だった。
好奇心旺盛な村の子供たちが、私の作業を遠くからこっそり覗くようになったのだ。私は彼らに気づくと、にっこりと微笑みかけた。
「こんにちは。何をしているか、気になるのかしら?」
初めは怯えていた子供たちも、私が危害を加えないと分かると、少しずつ距離を縮めてきた。
私は彼らに、森で採れる木の実の見分け方や、簡単な保存食の作り方を教えた。干し肉と木の実を混ぜて作る栄養満点の携帯食は、子供たちに大人気だった。ほんの少しずつだが、村に笑顔が戻り始めている。そんな気がした。
そんなある日、私は薬草を探しに、少しだけ森の奥へと足を踏み入れてしまった。夢中で薬草を摘んでいると、背後でガサリと大きな物音がする。振り返ると、そこには先日カインが倒したものよりも、さらに一回り大きな猪型の魔物が立っていた。低い唸り声を上げ、血走った目でこちらを睨んでいる。
しまった、油断した。今度こそ、逃げられない。
魔物が地面を蹴り、私に向かって突進してくる。目を固く閉じた、その時。
「――そこをどけ!」
鋭い声と共に、私の体は力強く横に突き飛ばされた。尻もちをついた私の目の前で、閃光のような剣閃が走る。次の瞬間、突進してきた魔物は首から血飛沫を上げ、どうっと音を立てて倒れた。
そこに立っていたのは、やはりカインだった。彼は剣についた血を無造作に拭うと、忌々しげに私を睨みつけた。
「……あんた、死にたいのか。ここは魔の森のすぐ近くだと、忘れたわけじゃないだろう」
「ご、ごめんなさい。助けてくれて、ありがとう」
二度も命を救われてしまった。どうにかしてお礼をしなくては。私は立ち上がると、カインに言った。
「もしよかったら、私の家で何か食事でも。お礼をさせてください」
「いらん」
カインは即答し、背を向けた。しかし、私は食い下がった。
「お願いします! このままでは、私の気が済みません!」
私の必死の剣幕に、カインは深いため息をつくと、しぶしぶといった体で頷いた。
私の小さな家にカインを招き入れ、私は急いで食事の準備に取り掛かった。何がいいだろうか。派手な料理より、素朴で温かいものがいいかもしれない。
私は、前世の記憶を頼りに、あるものを作ることにした。持参していたわずかな米を鍋で炊き、塩を少しだけ混ぜて、掌で優しく握り固める。日本のソウルフード、「おにぎり」だ。これに、干し肉を炙ったものと、あり合わせの野菜で作った即席のスープを添えた。
「どうぞ。たいしたものではありませんが」
食卓に出された、白い米の塊を、カインは訝しげに見つめている。
「……なんだ、これは」
「おにぎり、と言います。まずは、食べてみてください」
カインは半信半疑で、その白い塊を手に取り、恐る恐る口に運んだ。
その瞬間、彼の時間が止まった。
もぐ、もぐ、と咀嚼する彼の目が見開かれていく。米のほのかな甘みと、塩の絶妙な塩梅。シンプルでありながら、奥深い味わい。カインは無我夢中で二口、三口と食べ進め、あっという間に一つ目を平らげてしまった。そして、無言で二つ目に手を伸ばす。
その食べっぷりを見ているだけで、私の心は温かくなった。美味しいものを食べると、人は幸せになれる。それを、今、目の前で証明してくれている。
結局、カインは用意したおにぎりをすべて平らげ、スープも飲み干すと、気まずそうに視線を彷徨わせた。
「……ごちそうさ、ま」
ぼそりと呟かれた感謝の言葉に、私は満面の笑みで応えた。
その日を境に、カインは私の家の周りをうろつくようになった。そして、私が畑仕事をしていると、何も言わずに石拾いや力仕事を手伝ってくれるようになったのだ。口では「あんたが魔物に襲われたら、また面倒だからな」なんてぶっきらぼうなことを言っているけれど、私は知っている。彼が、私の作る日々の食事を楽しみにしていることを。
こうして私は、不機嫌で無口だけど、最強の用心棒兼、農作業の助っ人を得たのだった。
そして、季節が巡り、最初の収穫の時が来た。
私が土壌改良を施し、丹精込めて育てた畑。そこに実ったのは、奇跡だった。
村人たちが今まで見たこともないほど、大きく、色鮮やかで、瑞々しい野菜たち。土から引き抜かれた人参は驚くほどに太く、葉を広げたキャベツは子供の頭ほどもある。トマトは宝石のように真っ赤に輝いていた。
「うそだろ……」
「あの石ころだらけの土地から、こんなものが……」
遠巻きに見ていた村人たちが、信じられないといった表情でどよめく。
私は泥だらけの手で真っ赤なトマトを一つもぎ取ると、服で軽く拭いて、かじりついた。
口の中に広がる、甘酸っぱくて濃厚な味。太陽の味がした。
「美味しい……!」
私の満面の笑みを見て、村人たち、そしてカインも、ようやくこれが現実なのだと理解したようだった。
これが、辺境の地で起きた、最初の奇跡。私の、小さな勝利の瞬間だった。
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