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第1部:序章 - 無名の挑戦
第3話 家族も夢も金もない
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電車の座席に腰を沈め、坂本健人は窓の外をぼんやり眺めていた。
反対側の窓に映る自分の姿に、どこか他人のような距離を感じる。
くたびれたスーツ。つま先が擦り切れた革靴。何年も前に買ったボロボロの鞄。
履歴書を握る手には、じっとりと汗が滲んでいた。
「……また今日も、落ちるかもな」
自嘲気味に口元が歪む。
最寄り駅の改札を出ると、他の就活生らしきスーツ姿の若者が足早に歩いていく。
その背中が、やけにまぶしく見えた。
面接の部屋は冷たい蛍光灯の光に包まれていた。
担当者が履歴書に目を通しながら尋ねる。
「空白期間は、何をされていたんですか?」
「……自己分析です」
言った瞬間、自分でもその言葉の薄っぺらさに気づく。
実際は、ただ時間が過ぎていっただけだった。
努力もしてない。挑戦もしてない。怖くて逃げて、目を背け続けただけだ。
帰宅すると、玄関先に段ボール箱が置かれていた。
母からの仕送りだ。開けると、レトルトカレー、インスタント味噌汁、実家で漬けた漬物。
その上に小さく折りたたまれた手紙が載っていた。
『最近どう?食べるものくらいはちゃんとしなさい。母より』
健人は箱の中身を見つめたまま、その場にしゃがみこんだ。
胸の奥が痛くて、何も言葉が出なかった。
いつまで親に甘えてるんだ。……そんな自分に、情けなさがこみ上げてきた。
冷蔵庫を開けると、中にあるのは缶ビールが一本と、母の漬物だけ。
「……これが今の俺の生活か」
ポツリとつぶやいたその声は、空っぽの部屋にすら響かなかった。
部屋の片隅には、段ボールに入ったままの引っ越し荷物。
いつか必要になると思って取っておいた教科書や資格本。……結局、どれも開かれていない。
スマホを開くと、同級生たちの結婚式、子どもの写真、マイホーム購入の報告が次々と目に飛び込んでくる。
いいね数は数百、祝福のコメントもずらりと並んでいた。
画面をスクロールする手を止め、静かにスマホを伏せた。
羨ましいとも思わなかった。ただ、遠い世界だと感じた。
「何もないな……俺には」
数日後、偶然、昔のバイト仲間と駅前で再会した。
彼はベンチャーを立ち上げていた。
名刺を渡され、「今度オフィスにも遊びに来いよ」と笑う彼に、健人は曖昧にうなずく。
「お前は何やってんの?」と聞かれ、「うん……まあ、色々と」とごまかした。
嘘じゃない。何もやってないけど、言える言葉がなかった。
その夜、深夜の帰り道。
人通りの絶えたシャッター街。
何気なく見上げた壁に、一枚の選挙ポスターが貼られていた。
“次世代の政治を支える若き力!”
写真の人物は、父も祖父も議員だったあの男。
爽やかに笑い、立派なスーツを着こなすその姿は、「勝ち組」の象徴だった。
「……なんだよ、これ」
小さく吐き捨てて歩き出す。だけど心の奥に、黒いもやのような感情が沈殿していく。
帰宅して通帳を開く。
残高は「13,672円」。
ため息が漏れる。
「立候補なんて……笑わせんな」
口にした自分の声が、空虚に響いて苦しくなった。
でも、そこで画面を閉じられなかった。
心のどこかで、まだ何かを捨てきれずにいる。
失ったものばかりだけど、まだ……ほんの少しだけ、諦めたくない自分がいる。
翌朝、スマホが震えた。
着信は父親だった。久しぶりの電話。
ぎこちなく近況を話したあと、唐突に父は言った。
「……母さんと話した。お前が本気なら、金は出す」
しばらく、何も言えなかった。
涙は出ない。でも、心が確かに熱くなっていた。
拳をぎゅっと握りしめた。
「何もないからこそ、全部かけられる。今の俺には、それしかない。」
反対側の窓に映る自分の姿に、どこか他人のような距離を感じる。
くたびれたスーツ。つま先が擦り切れた革靴。何年も前に買ったボロボロの鞄。
履歴書を握る手には、じっとりと汗が滲んでいた。
「……また今日も、落ちるかもな」
自嘲気味に口元が歪む。
最寄り駅の改札を出ると、他の就活生らしきスーツ姿の若者が足早に歩いていく。
その背中が、やけにまぶしく見えた。
面接の部屋は冷たい蛍光灯の光に包まれていた。
担当者が履歴書に目を通しながら尋ねる。
「空白期間は、何をされていたんですか?」
「……自己分析です」
言った瞬間、自分でもその言葉の薄っぺらさに気づく。
実際は、ただ時間が過ぎていっただけだった。
努力もしてない。挑戦もしてない。怖くて逃げて、目を背け続けただけだ。
帰宅すると、玄関先に段ボール箱が置かれていた。
母からの仕送りだ。開けると、レトルトカレー、インスタント味噌汁、実家で漬けた漬物。
その上に小さく折りたたまれた手紙が載っていた。
『最近どう?食べるものくらいはちゃんとしなさい。母より』
健人は箱の中身を見つめたまま、その場にしゃがみこんだ。
胸の奥が痛くて、何も言葉が出なかった。
いつまで親に甘えてるんだ。……そんな自分に、情けなさがこみ上げてきた。
冷蔵庫を開けると、中にあるのは缶ビールが一本と、母の漬物だけ。
「……これが今の俺の生活か」
ポツリとつぶやいたその声は、空っぽの部屋にすら響かなかった。
部屋の片隅には、段ボールに入ったままの引っ越し荷物。
いつか必要になると思って取っておいた教科書や資格本。……結局、どれも開かれていない。
スマホを開くと、同級生たちの結婚式、子どもの写真、マイホーム購入の報告が次々と目に飛び込んでくる。
いいね数は数百、祝福のコメントもずらりと並んでいた。
画面をスクロールする手を止め、静かにスマホを伏せた。
羨ましいとも思わなかった。ただ、遠い世界だと感じた。
「何もないな……俺には」
数日後、偶然、昔のバイト仲間と駅前で再会した。
彼はベンチャーを立ち上げていた。
名刺を渡され、「今度オフィスにも遊びに来いよ」と笑う彼に、健人は曖昧にうなずく。
「お前は何やってんの?」と聞かれ、「うん……まあ、色々と」とごまかした。
嘘じゃない。何もやってないけど、言える言葉がなかった。
その夜、深夜の帰り道。
人通りの絶えたシャッター街。
何気なく見上げた壁に、一枚の選挙ポスターが貼られていた。
“次世代の政治を支える若き力!”
写真の人物は、父も祖父も議員だったあの男。
爽やかに笑い、立派なスーツを着こなすその姿は、「勝ち組」の象徴だった。
「……なんだよ、これ」
小さく吐き捨てて歩き出す。だけど心の奥に、黒いもやのような感情が沈殿していく。
帰宅して通帳を開く。
残高は「13,672円」。
ため息が漏れる。
「立候補なんて……笑わせんな」
口にした自分の声が、空虚に響いて苦しくなった。
でも、そこで画面を閉じられなかった。
心のどこかで、まだ何かを捨てきれずにいる。
失ったものばかりだけど、まだ……ほんの少しだけ、諦めたくない自分がいる。
翌朝、スマホが震えた。
着信は父親だった。久しぶりの電話。
ぎこちなく近況を話したあと、唐突に父は言った。
「……母さんと話した。お前が本気なら、金は出す」
しばらく、何も言えなかった。
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