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第1部:序章 - 無名の挑戦
第31話 開票速報
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投票日が終わった夜。
事務所には健人、真田、田島、そして数人のボランティアたちが集まっていた。昼間は人の出入りで慌ただしかった室内も、今はひっそりとした静けさに包まれている。壁際には支援者から届いた差し入れの菓子やお茶が並べられていたが、誰ひとりとして手をつけようとしない。机の上に置かれた紙コップの湯気すら、緊張で凍りついているように感じられた。
テレビから流れるアナウンサーの声が、事務所の空気を張りつめさせる。
「まもなく開票作業が始まります」
画面には候補者名の一覧が映し出され、次々と票数が加算されていくスペースが用意されていた。
現職議員や与党候補の名前には、開始早々から勢いよく票が積み上がっていく。数字が一瞬ごとに跳ね上がり、画面の桁が変わっていくたびに、まるで別の世界の話を見せつけられているようだった。
一方で「坂本健人」という文字は、動かない。
ゼロのまま、静止画のように表示されている。
事務所に重苦しい沈黙が流れた。椅子のきしみすら響きすぎるほどの沈黙。
その中で、ボランティアの一人が小さく呟いた。
「大丈夫、これからです。開票所が違うだけですから……」
それは自分を励ますような声だった。
やがて画面に「無所属・坂本健人 10票」と表示された。
小さな数字。それでも事務所の空気は一瞬だけ明るくなった。
「出た!」「名前が動いた!」と小さな声が上がる。
健人はその数字を見つめ、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「10人も……俺に投票してくれたんだ」
数字はわずか10。しかし、その裏には確かに10人の顔と人生がある。駅前で握手を交わした青年かもしれない。演説を立ち止まって聞いてくれた母親かもしれない。政見放送を見たあの高校生かもしれない。誰だか分からない。だが確かに、自分の名前を紙に書いた人間がいるのだ。
開票が進むにつれ、票はじわじわと増えていった。
「50票」「100票」「200票」。数字が画面に浮かび上がるたびに、ボランティアたちが拍手を送った。
だが現職議員の票は桁が違った。数千、数万と一気に加算されていく。画面の差は、どうあがいても埋まらない壁のようにそびえていた。
それでも健人の胸に込み上げてくるのは敗北感ではなかった。
「100票」「200票」と積み重なるたびに感じたのは、むしろ感謝だった。
「こんな俺に、これだけの人が名前を書いてくれたのか……」
彼の目には数字が票ではなく、人の姿に見えていた。
SNSではすでに「無所属候補、意外に健闘」「俺も入れた」「泡沫じゃなかった」といった声が飛び交っていた。開票の様子をスマホで見守る人々が、リアルタイムでその結果をシェアしている。
深夜。健人の得票は「2000票」を突破した。
落選はほぼ確実。だが、最初は誰からも泡沫扱いされた候補が2000人以上の支持を得たことは、事務所にいた誰にとっても驚きと誇りだった。ボランティアの一人はハンカチで目を拭いながら、「ここまで来たんですね」と声を震わせた。
田島が健人の肩を力強く叩いた。
「お前の声はここまで届いたんだ。ゼロじゃなかった。それが何よりだろ?」
健人は静かに頷き、深く息を吐いた。
「これは終わりじゃない。始まりなんだ」
テレビは次々と「当選確実」のテロップを流し、画面の名前が一つまた一つと光っていった。だが、健人の名が読み上げられることはない。それでも画面の片隅には「無所属健闘」という小さな字幕が表示された。全国放送の中で、彼の名がそう表現されたのは初めてだった。
夜が更け、事務所の明かりを落とす前に、健人はノートを開いた。ページの端に震える手で、一行だけ書き記した。
「票は数じゃない。一つ一つが、人の声だった」
その言葉を見つめながら、彼は静かにペンを置いた。
”票はただの数字じゃない。
一票一票に、誰かの人生と願いが刻まれている。“
事務所には健人、真田、田島、そして数人のボランティアたちが集まっていた。昼間は人の出入りで慌ただしかった室内も、今はひっそりとした静けさに包まれている。壁際には支援者から届いた差し入れの菓子やお茶が並べられていたが、誰ひとりとして手をつけようとしない。机の上に置かれた紙コップの湯気すら、緊張で凍りついているように感じられた。
テレビから流れるアナウンサーの声が、事務所の空気を張りつめさせる。
「まもなく開票作業が始まります」
画面には候補者名の一覧が映し出され、次々と票数が加算されていくスペースが用意されていた。
現職議員や与党候補の名前には、開始早々から勢いよく票が積み上がっていく。数字が一瞬ごとに跳ね上がり、画面の桁が変わっていくたびに、まるで別の世界の話を見せつけられているようだった。
一方で「坂本健人」という文字は、動かない。
ゼロのまま、静止画のように表示されている。
事務所に重苦しい沈黙が流れた。椅子のきしみすら響きすぎるほどの沈黙。
その中で、ボランティアの一人が小さく呟いた。
「大丈夫、これからです。開票所が違うだけですから……」
それは自分を励ますような声だった。
やがて画面に「無所属・坂本健人 10票」と表示された。
小さな数字。それでも事務所の空気は一瞬だけ明るくなった。
「出た!」「名前が動いた!」と小さな声が上がる。
健人はその数字を見つめ、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「10人も……俺に投票してくれたんだ」
数字はわずか10。しかし、その裏には確かに10人の顔と人生がある。駅前で握手を交わした青年かもしれない。演説を立ち止まって聞いてくれた母親かもしれない。政見放送を見たあの高校生かもしれない。誰だか分からない。だが確かに、自分の名前を紙に書いた人間がいるのだ。
開票が進むにつれ、票はじわじわと増えていった。
「50票」「100票」「200票」。数字が画面に浮かび上がるたびに、ボランティアたちが拍手を送った。
だが現職議員の票は桁が違った。数千、数万と一気に加算されていく。画面の差は、どうあがいても埋まらない壁のようにそびえていた。
それでも健人の胸に込み上げてくるのは敗北感ではなかった。
「100票」「200票」と積み重なるたびに感じたのは、むしろ感謝だった。
「こんな俺に、これだけの人が名前を書いてくれたのか……」
彼の目には数字が票ではなく、人の姿に見えていた。
SNSではすでに「無所属候補、意外に健闘」「俺も入れた」「泡沫じゃなかった」といった声が飛び交っていた。開票の様子をスマホで見守る人々が、リアルタイムでその結果をシェアしている。
深夜。健人の得票は「2000票」を突破した。
落選はほぼ確実。だが、最初は誰からも泡沫扱いされた候補が2000人以上の支持を得たことは、事務所にいた誰にとっても驚きと誇りだった。ボランティアの一人はハンカチで目を拭いながら、「ここまで来たんですね」と声を震わせた。
田島が健人の肩を力強く叩いた。
「お前の声はここまで届いたんだ。ゼロじゃなかった。それが何よりだろ?」
健人は静かに頷き、深く息を吐いた。
「これは終わりじゃない。始まりなんだ」
テレビは次々と「当選確実」のテロップを流し、画面の名前が一つまた一つと光っていった。だが、健人の名が読み上げられることはない。それでも画面の片隅には「無所属健闘」という小さな字幕が表示された。全国放送の中で、彼の名がそう表現されたのは初めてだった。
夜が更け、事務所の明かりを落とす前に、健人はノートを開いた。ページの端に震える手で、一行だけ書き記した。
「票は数じゃない。一つ一つが、人の声だった」
その言葉を見つめながら、彼は静かにペンを置いた。
”票はただの数字じゃない。
一票一票に、誰かの人生と願いが刻まれている。“
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