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第1部:序章 - 無名の挑戦
第50話 無所属議員、誕生
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夜の静けさが、宿舎の小さな一室を満たしていた。
窓の外には都心の灯りが遠くに滲んでいる。昼間の喧騒はどこへやら、今はただ時計の針が淡々と刻む音だけが響く。
健人はスーツの上着を脱ぎ、机に腰を下ろした。胸ポケットから外した議員バッジが、机の上で小さく光っている。
金色の小さな徽章。手のひらに収まるほどの重さなのに、そこに込められた意味は計り知れなかった。
机の隅には、投開票の夜から持ち帰ってきたものが雑然と並んでいた。
支援者からの寄付封筒、新聞記事の切り抜き、母の字で書かれた「がんばれ」の付箋。
ひとつひとつに触れるたび、あの夜の記憶が鮮やかに蘇る。
――事務所に響いた歓声。
「当選確実」のテロップに抱き合って泣いた仲間たちの顔。
あれから数日。いや、もう数週間が経ったのかもしれない。時間の流れが早すぎて、自分でもよく分からない。
ただ一つ分かるのは――あの夜の熱狂が、もう夢物語ではなくなったということだ。
健人はノートを開いた。そこには毎日、忘れたくない出来事を書き留めている。
ページをめくると、「議員会館の迷子」「誰?と笑われる」「陳情の山に埋もれる」と、自分の拙さや不甲斐なさを残した言葉が並んでいた。
読めば苦笑しか出てこない。けれど、それが現実だった。
初めて委員会に出席した日。
名前を呼ばれても拍手ひとつなく、存在感のないまま時間が過ぎていった。机の上の発言欄は、最後まで空白のまま。
「俺なんて、いないも同然だった」と田島に苦笑して話したあの日の胸の痛みは、まだ生々しい。
議員会館の迷路のような廊下を彷徨った日もあった。
地図を見ても専門用語ばかりで分からず、受付で職員に「もう時間ギリギリですよ」と叱られた。会議室に駆け込むとすでに始まっていて、周囲の冷たい視線に身を縮めた。
新人議員としての無力さを痛感する場面は、数え切れないほどあった。
政治のリアルも思い知らされた。
同僚議員との会話の中心は「次の選挙」「どの団体が支援に回るか」といった話ばかり。
市民の生活や未来をどうするか――そんな話題は、ほとんど出てこない。
健人が抱いていた「政治は国民のためにある」という理想と、現実の「次を勝つための戦略」との乖離に、何度も胃が重くなった。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
街から寄せられる陳情やメール、FAXは山のように届く。とてもすべてに目を通すことはできない。だが、健人はせめて「一枚ずつ読む」ことだけは続けようと決めた。
効率が悪くても、不器用でも――自分の原点を忘れないために。
健人は机の上の議員バッジを指でそっと撫でた。
あの日、無所属の新人が奇跡のように当選した。その事実だけは消えない。
だが、ここからは奇跡では通じない。政治の世界は「国会」という名の巨大な怪物。
理想を掲げただけでは飲み込まれ、踏み潰される場所だ。
健人は静かに呟いた。
「無所属でも、国は変えられる……そう言った以上、もう後には引けない」
窓の外には夜明け前の薄青い光が差し始めていた。
彼はノートを開き、震える手で一行だけ書き込む。
――ここからが本当の戦いだ。理想を、現実に変えるために。
ペンを置いた瞬間、胸の奥で再びあの夜の歓声がよみがえった。
未来はまだ遠い。だが、必ず届く。
健人はそう信じて、机の上のバッジを胸に付け直した。
“すべての一票は、市民の声だった。
だから俺は忘れない。
無所属でも無名でも、必ずあなたたちの声を国会に届ける。”
第一部:序章 - 無名の挑戦 完
窓の外には都心の灯りが遠くに滲んでいる。昼間の喧騒はどこへやら、今はただ時計の針が淡々と刻む音だけが響く。
健人はスーツの上着を脱ぎ、机に腰を下ろした。胸ポケットから外した議員バッジが、机の上で小さく光っている。
金色の小さな徽章。手のひらに収まるほどの重さなのに、そこに込められた意味は計り知れなかった。
机の隅には、投開票の夜から持ち帰ってきたものが雑然と並んでいた。
支援者からの寄付封筒、新聞記事の切り抜き、母の字で書かれた「がんばれ」の付箋。
ひとつひとつに触れるたび、あの夜の記憶が鮮やかに蘇る。
――事務所に響いた歓声。
「当選確実」のテロップに抱き合って泣いた仲間たちの顔。
あれから数日。いや、もう数週間が経ったのかもしれない。時間の流れが早すぎて、自分でもよく分からない。
ただ一つ分かるのは――あの夜の熱狂が、もう夢物語ではなくなったということだ。
健人はノートを開いた。そこには毎日、忘れたくない出来事を書き留めている。
ページをめくると、「議員会館の迷子」「誰?と笑われる」「陳情の山に埋もれる」と、自分の拙さや不甲斐なさを残した言葉が並んでいた。
読めば苦笑しか出てこない。けれど、それが現実だった。
初めて委員会に出席した日。
名前を呼ばれても拍手ひとつなく、存在感のないまま時間が過ぎていった。机の上の発言欄は、最後まで空白のまま。
「俺なんて、いないも同然だった」と田島に苦笑して話したあの日の胸の痛みは、まだ生々しい。
議員会館の迷路のような廊下を彷徨った日もあった。
地図を見ても専門用語ばかりで分からず、受付で職員に「もう時間ギリギリですよ」と叱られた。会議室に駆け込むとすでに始まっていて、周囲の冷たい視線に身を縮めた。
新人議員としての無力さを痛感する場面は、数え切れないほどあった。
政治のリアルも思い知らされた。
同僚議員との会話の中心は「次の選挙」「どの団体が支援に回るか」といった話ばかり。
市民の生活や未来をどうするか――そんな話題は、ほとんど出てこない。
健人が抱いていた「政治は国民のためにある」という理想と、現実の「次を勝つための戦略」との乖離に、何度も胃が重くなった。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
街から寄せられる陳情やメール、FAXは山のように届く。とてもすべてに目を通すことはできない。だが、健人はせめて「一枚ずつ読む」ことだけは続けようと決めた。
効率が悪くても、不器用でも――自分の原点を忘れないために。
健人は机の上の議員バッジを指でそっと撫でた。
あの日、無所属の新人が奇跡のように当選した。その事実だけは消えない。
だが、ここからは奇跡では通じない。政治の世界は「国会」という名の巨大な怪物。
理想を掲げただけでは飲み込まれ、踏み潰される場所だ。
健人は静かに呟いた。
「無所属でも、国は変えられる……そう言った以上、もう後には引けない」
窓の外には夜明け前の薄青い光が差し始めていた。
彼はノートを開き、震える手で一行だけ書き込む。
――ここからが本当の戦いだ。理想を、現実に変えるために。
ペンを置いた瞬間、胸の奥で再びあの夜の歓声がよみがえった。
未来はまだ遠い。だが、必ず届く。
健人はそう信じて、机の上のバッジを胸に付け直した。
“すべての一票は、市民の声だった。
だから俺は忘れない。
無所属でも無名でも、必ずあなたたちの声を国会に届ける。”
第一部:序章 - 無名の挑戦 完
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