『総理になった男』

KAORUwithAI

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第3部:旋風 - 国民支持のうねり

第115話 政策本がベストセラーに

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 出版の話が来たのは、テレビ特集の放送から二週間後のことだった。
 ある午後、議員会館の小さな執務室に、出版社の編集長と担当編集者がやって来た。
 「坂本先生、ぜひ一冊の本にまとめさせていただけませんか?」
 突然の申し出に、健人は一瞬言葉を失った。

 編集長は続ける。
 「番組をご覧になった方々が、あなたの言葉を“もっと聞きたい”とSNSで書かれています。いま、世の中が求めているのは“専門用語じゃなく、心に届く政治の言葉”なんです」
 健人はしばらく沈黙した。
 「でも、僕の話なんてまだ浅い。結果も出していないのに本なんて……」
 真田が静かに口を開いた。
 「坂本さん、これは宣伝ではなく記録です。活動の理念を残しておくことは、これから政治を学ぶ人たちへの責任でもあります」
 田島が缶コーヒーを開けながら笑う。
 「お前の演説、毎回紙にまとめてんだろ? あれを本にするだけでいいじゃん」

 こうして、出版が決まった。
 タイトル案は何度も話し合われ、最終的に健人の提案で『無所属という選択』に決まった。
 副題は「派閥の外から見た政治の現場」。
 「ちょっと硬いよな」と田島が笑うと、健人は照れくさそうに答えた。
 「でも、嘘は書けない。綺麗ごとじゃなくて、現実をそのまま伝えたい」

 原稿の執筆は、国会の合間を縫って進められた。
 昼は委員会、夜は陳情の対応。すべてが終わってからパソコンに向かう日々。
 深夜の議員会館、灯りが点いている部屋はほとんどなかった。
 真田が書類を整理し、田島が机の端で資料を読み込む。
 健人はコーヒーを啜りながら、言葉を一つひとつ丁寧に打ち込んだ。

 ――政治とは、誰かが諦めた問題を拾い上げること。
 ――“無所属”とは、孤独ではなく自由であること。
 ――理想を掲げるのは、現実を変えたいと本気で願うからだ。

 文章の端々に、彼の苦闘と信念がにじんでいた。

 翌週、真田が原稿をプリントして読み上げた。
 「このままでも十分です。ただ、“理想論”ではなく“人間の記録”として並べるのがいいでしょう」
 健人は頷いた。「人が生きる政治を書きたい。誰かの物語として読まれてほしい」

 出版社の編集会議では、営業担当が渋い顔をしていた。
 「正直、政治本は売れません。数字的には厳しいです」
 だが編集長は毅然と言い切った。
 「いいんです。売れるかどうかより、残す価値がある。この人の言葉には嘘がない」
 会議室に静かな空気が流れ、最終的に出版が正式決定した。

 発売日は翌月初旬。
 宣伝用のポスターには、編集長の提案したキャッチコピーが印字された。

 ――理想は、現実に挑むための武器だ。

 発売初日、書店の政治コーナーの一角に、小さく平積みされた本が並んだ。
 派手な帯もなく、表紙は白地に黒いタイトル。シンプルすぎるほどの装丁だった。

 だが、その静けさが逆に目を引いた。
 SNSではすぐに話題となり、〈#無所属という選択〉がトレンド入りする。
 「政治に興味ない自分でも読めた」「この人の言葉、真っ直ぐで好き」「共感しかない」――そんなコメントが相次いだ。

 出版社も驚いた。
 発売からわずか一週間で初版が完売。
 編集部の会議室では、「政治本で増刷なんて十年ぶりだ」と興奮が広がった。
 営業担当が笑いながら言う。
 「本屋が“若者が政治書を買っていく”って言ってますよ。これは異例です」

 健人のもとにも、新聞やテレビ局から再び取材依頼が殺到した。
 「無所属議員の著書が異例のヒット」とニュースで紹介されると、彼の存在は全国区になっていった。

 週末、地元の書店でサイン会が開かれた。
 店の外まで長蛇の列。老夫婦、学生、子ども連れの母親……
 「握手してもらえますか?」
 「テレビで見て応援してます!」
 「うちの息子、政治に興味を持ちました」
 健人は一人ひとりの目を見て、「ありがとうございます」と頭を下げ続けた。

 その日の夜、SNSに一通のDMが届いた。
 “あなたの本を読んで、初めて政治を自分のこととして考えました。
 難しいけど、もう他人事じゃないと思えたんです”
 健人はその文面を何度も読み返した。
 そしてゆっくりと返信を打つ。
 ――読んでくれてありがとう。一緒に考えていこう。

 やがて全国の書店で『無所属という選択』はランキングに入り、
 政治・社会ジャンル1位、総合ランキングでもトップ10入りを果たした。

 事務所の机の上には、一冊の見本が置かれている。
 田島がそれを手に取り、笑った。
 「お前、本の中でも熱いな。文字から汗出そうだぞ」
 健人は苦笑いする。
 「演説と違って、書くと冷静になれる。でも、言葉の重みは変わらない」
 真田が穏やかな声で言う。
 「この一冊が、あなたの“もう一つの演説”です」

 窓の外では、雨が静かに降っていた。
 健人はその音を聞きながら、ページをめくる。
 どの行にも、夜中に打ち込んだ思考の跡が残っていた。
 ――孤独な時間も、報われない努力も、このページに刻まれている。

 翌朝、書店の前を通ると、ポスターに自分の名前があった。
 “理想は、現実に挑むための武器だ。”
 その言葉を見て、健人は胸の奥で何かが確かに変わったのを感じた。



“言葉は、国会で叫ぶだけのものじゃない。
 ページの中でも、人の心を動かせる。
 信じた言葉が届くなら、それが政治の本当の力だ”
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