『総理になった男』

KAORUwithAI

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第3部:旋風 - 国民支持のうねり

第116話 「俺たちの総理」という声

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 朝のニュース番組で、自分の顔が映っていた。
 『無所属議員・坂本健人の著書が異例のベストセラーに』
 アナウンサーが淡々と紹介する横で、画面下のテロップには見慣れない言葉が踊っていた。

 ――〈#俺たちの総理〉。

 その瞬間、健人は思わずコーヒーを吹き出した。
 「……総理?」
 田島が笑いながらスマホを見せる。
 「お前、今SNSで“俺たちの総理”って呼ばれてるぞ。タグまでできてる」
 「冗談だろ?」
 「最初はネタだったらしいけど、今じゃ若者の合言葉になってる。『政治に興味を持ったきっかけがこの人』ってツイートも山ほどある」

 半信半疑で健人がスマホを覗き込むと、そこには数え切れないほどの投稿が並んでいた。
 〈政治って難しいと思ってたけど、この人の話なら聞ける〉
 〈坂本健人=俺たちの総理。これマジで名言〉
 〈無所属のまま総理になってくれ〉

 “総理”という言葉に、健人の心はむず痒かった。
 けれど同時に、胸の奥で何かが温かく灯るのを感じた。
 かつて孤立していた議場で、誰も耳を傾けなかったあの演説。
 今、画面の向こうで何万人もの若者が、その言葉を受け取っている。

 「……変なもんだな」
 「何が?」と田島が聞く。
 「前はあんなに笑われてたのに、今は“総理”なんて言われてる。人気って怖いな」
 真田が静かに紅茶を置いた。
 「人気は風のようなものです。吹く時もあれば、止む時もある。大事なのは、吹いている間に何を掴むかです」
 健人は頷いた。「掴むのは、“信頼”だな」



 その日、街頭演説の現場にはこれまでにないほどの人が集まっていた。
 会社員、学生、親子連れ――年齢も職業もバラバラ。
 「今日は、政治を難しく話すつもりはありません。みんなが生きやすくなる国を、どうしたら作れるかを一緒に考えたい」
 健人の声がスピーカーから響くと、群衆の中から若い男性の声が上がった。

 「健人さーん! 俺たちの総理ーっ!!」

 その瞬間、会場がどっと笑いに包まれた。
 健人も苦笑して手を振る。
 「俺は総理じゃありません。ただの、みんなの代表です」
 しかし拍手は止まらなかった。

 演説が終わると、見知らぬ学生たちが近づいてきた。
 「握手してもらえますか?」「友達に自慢します!」
 健人は一人ひとりに丁寧に応じながら、心の奥で小さく呟いた。
 ――これが、政治への“入り口”でいい。
 誰かが笑って興味を持ってくれるなら、それが最初の一歩だ。



 数日後、ニュースサイトにこんな記事が掲載された。
 《若者の間で“俺たちの総理”現象広がる》
 評論家は「カリスマ的支持」と分析する一方、匿名の政治学者は「危ういポピュリズムだ」と批判。
 健人は記事を読んで肩をすくめた。
 「どうして“共感”を恐れるんだろうな」
 真田は眼鏡を直しながら答える。
 「共感が力になると、古い権力者たちは怖いんです。彼らは、“熱”より“計算”を好みますから」

 事務所には毎日のように手紙が届いた。
 白い封筒、手書きの文字。
 「この国を変えてください」
 「あなたを信じたいです」
 田島が山のような封筒を抱えて唸る。
 「すげぇな。前は陳情ゼロだったのに」
 健人は笑った。「政治家って、こうやって少しずつ信頼をもらうんだな」



 やがてテレビの情報番組にも取り上げられた。
 キャスターが画面に映る健人の写真を指差しながら言う。
 「ネットでは“俺たちの総理”と呼ばれている無所属議員・坂本健人さん。若者を中心に人気が高まっています」
 コメンテーターが口を挟む。
 「でもこういう熱狂って危険ですよね。カリスマ化は政治を歪めることもあります」
 健人は楽屋でその映像を見て、苦笑した。
 「危険なのは、カリスマじゃなくて、無関心だと思うけどな」

 会館に戻ると、真田が言った。
 「あなたを“総理”と呼ぶ声が増えています。けれど、あの言葉に飲まれてはいけません」
 「分かってる。呼ばれるのは自由だ。でも俺は、その名に追いつく努力をするだけだ」



 そんなある夜。
 健人はひとり、議員会館の部屋で机に向かっていた。
 ノートの片隅に、ペンで書かれた文字。

 “俺たちの総理”。

 その文字を見つめながら、彼は小さく息を吐いた。
 「俺は、その言葉にふさわしいことをしているだろうか」

 窓の外には、国会議事堂のライトアップが輝いていた。
 赤く染まった夜空の下で、白いドームがぼんやり浮かんでいる。
 何度見ても、あの建物には圧力と夢が同居していた。
 “総理”という言葉が、単なる称号ではなく“責任”として重くのしかかる。



 翌週、健人は再び街頭へ立った。
 冷たい風が吹く冬の夜。
 マイクを握り、ゆっくりと群衆に語りかける。

 「俺は総理じゃありません。でも、誰もが“主役”になれる国を作りたい」

 ざわめいていた群衆が、静かに耳を傾ける。
 健人の声が凍てつく空気を切り裂いた。

 「この国を動かすのは、総理じゃない。皆さん一人ひとりです。
  もし“俺たちの総理”と呼ぶなら、俺じゃなくて――“俺たち”全員が、そうなんです」

 一瞬の沈黙のあと、拍手が起きた。
 それはまるで冬の空に灯がともるように、じわじわと広がっていった。

 演説が終わると、学生たちが声を張り上げた。
 「坂本さん! 次もついていきます!」
 「俺らの政治、始まってるっすよ!」
 健人は笑顔で手を振りながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。



 夜、帰りの車の中で、田島がぽつりと言った。
 「“俺たちの総理”か……悪くない響きだな」
 健人は笑う。
 「肩書きなんてどうでもいい。ただ、あの拍手を嘘にしたくないんだ」
 真田が静かに頷いた。
 「それで十分です。呼ばれる名より、残す言葉を信じましょう」

 健人は窓の外を見た。
 街の灯が流れていく。その一つひとつが、声を持っている気がした。
 “俺たちの総理”――それは、誰かに崇められる言葉じゃない。
 みんなでこの国を動かそうという合言葉だ。



 “肩書きはいらない。
 呼ばれる名より、残す言葉を信じる。
 「俺たちの総理」なんて呼ばれても、俺は    
 ただの一人の市民代表。
 権力ではなく、共感で国を動かす。
 それが、俺の政治だ”
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