『総理になった男』

KAORUwithAI

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第3部:旋風 - 国民支持のうねり

第126話 与党の警戒が深まる

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 国会の長い廊下には、昼下がりの柔らかな光が差し込んでいた。磨き込まれた床がわずかに反射し、白い蛍光灯と混じって独特の無機質な空気をつくり出している。その廊下の奥で、数人のスーツ姿の影が固まっていた。

 その耳に、自分の名前が届いたのは偶然だった。

「……坂本って、あの無所属の?」

「そう。最近ずいぶん調子に乗ってるらしい」

「国民投票? 若者受けはするが、国が壊れるってのに」

 健人は歩みを止めそうになった。だが立ち止まれば聞いてしまう。だから、気づかないふりで前を向いた。

 ――聞こえなかったことにしよう。
 だが心臓は、確かにその言葉に反応していた。


 午後、国民革新党本部では、ある資料が幹事長の机に置かれていた。分厚いクリアファイルには、健人に関するデータがぎっしり詰まっている。

「これが……最近の“動向”です」

 幹事長秘書が淡々と読み上げる。

「SNSフォロワー、10万人突破。
 演説動画再生50万。
 若年層支持、急伸。
 署名数は3万2千を超えています」

 幹事長は短く舌打ちした。

「無所属がこれほど支持を得るのは不都合だ。
 調子に乗られたら困る」

 幹事長の机に置かれた資料の端には、赤字でこう書かれていた。

――“警戒すべき急成長議員”


 その頃、厚労委員会の理事会では、別の空気が漂っていた。

「次の議題、坂本議員の……」

 担当の職員が読み上げようとした瞬間、与党理事が手を挙げた。

「待ってくれ。彼の法案はまだ議論の準備が整っていない」

「しかし資料は揃っていますし……」

「いや、財源の検討が足りない。議題に載せるのは再来週以降でいいだろう」

 短い沈黙。

 そして、他の理事たちが無言でうなずく。

 こうして“議題に載せない”という結論は、あまりにもあっさりと決まった。


 その日の夕方、健人はテレビ局で取材の準備をしていた。
 控室で資料を確認していると、ディレクターが申し訳なさそうな顔で入ってきた。

「あの……坂本さん。今日の収録ですが、急な事情で……」

「え?」

「放送内容の都合で、出演は見送らせてください」

 どこか歯切れが悪い。目が泳いでいる。

 健人は察した。

 ――圧力か。

 そんな言葉は、口に出す必要もない。

 控室を出ると、田島がスマホ片手に駆け寄ってきた。

「なあ健人、これ絶対なんかあっただろ。急すぎる」

 田島の顔には露骨な怒りが浮かんでいた。

 健人は小さく首を振り、笑った。

「いいよ。こういうこともある」

 だが胸の奥では、静かな怒りがくすぶっていた。


 議員会館の廊下を歩いていると、与党中堅議員がすれ違いざまに言った。

「若いからって、あんまり調子に乗るなよ。国民投票なんて、国が混乱するだけだ」

 その声は小さかったが、刺すように冷たかった。

 思わず立ち止まりそうになる。
 だが足を止めれば、負けだと思った。

 健人は無言で歩き続けた。

 背中に刺さる視線は、これまでの国会生活では味わったことのない類のものだった。


 記者クラブでも雰囲気は変わっていた。

「坂本議員、ちょっといいですか」

 近寄ってきた記者たちの目は鋭い。

「あなたの国民投票の提案は、ポピュリズムでは?」

「専門家も“一過性”と指摘していますが?」

「ただ若者受けを狙っているだけでは?」

 痛い質問が次々と飛んでくる。

 以前は好意的だった“追っかけ”の記者も、今日はどこか距離を置いていた。

 ――変わったな。

 健人は記者たちを前に微笑んだ。

「若者に受けようとしているわけではありません。
 僕は……市民の声を届けようとしているだけです」

 その声は静かだが、芯があった。


 夜、議員会館。
 健人が部屋に戻ると、真田が分厚い資料を抱えて立っていた。

「おかえりなさい……ああ、見ましたか。今日の委員会、あなたの法案はまた議題に載りませんでした」

 疲れた声。しかし感情ではなく、事実だけを告げる声だった。

「理由は?」

「“議事の優先順位”という建前です。他にも議題がある、と」

 真田は机に資料を置き、続けた。

「与党は、あなたを本気で警戒し始めています。
 露骨に攻撃するのではなく、距離を置き、動きを封じる――冷たい形で圧力をかけています」

 健人は窓の外を見た。
 闇の中に浮かぶ国会議事堂のライトが、どこか遠く感じる。

「……届き始めたってことだな」

 静かに、だが力強く呟いた。

 真田は一瞬驚いたあと、微笑んだ。

「そうかもしれません」


 深夜。
 健人はノートを開き、一行だけ書き込んだ。

――怖れられても、揺さぶられても、市民の声を貫く。

 ペン先が強く紙を押し込む。

 胸に広がったのは不安ではなく、決意だった。

 与党の警戒は脅威だ。
 だが、それは同時に“市民の声が国会の空気を動かし始めた証拠”でもある。

 窓の外に光る議事堂を見つめながら、健人は胸のバッジをそっと握り締めた。

――どれだけ壁が厚くても、叩き続ければ軋む。

 理由はただ一つ。

 市民の声は、止まらない。


”権力に警戒されるとき、
初めて届いたと分かる。
怖れられても揺さぶられても、
市民の声を背負う限り、俺は止まらない“
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