『総理になった男』

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第4部:政権奪取 - 総理就任

第176話 歴代最年少、総理指名へ

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 その日の朝、永田町はいつもより早く目を覚ましていた。

 夜明け前から、国会正門の前にはテレビ局の中継車が並び、報道陣が忙しなく機材を運び込んでいる。各局の速報テロップには、同じ言葉が躍っていた。

 ――本日、首班指名選挙。

 官邸の控室で、坂本健人は静かにネクタイを締め直していた。
 鏡の中の自分は、少しやつれて見える。連日の会見、取材、党内調整。眠りが浅い日が続いていた。

 だが、目だけは澄んでいた。

「いよいよですね」

 隣でスケジュール表を確認していた真田が、いつもの抑えた声で言う。
 感情を表に出さない男だが、その声にはわずかな緊張が滲んでいた。

「午前中が衆議院、午後に参議院です。形式は同じですが、空気は違います。どちらも、気を抜かないでください」

「分かってる」

 健人は短く答えた。

 ソファに腰を下ろしていた田島が、腕を組んだまま言う。

「なあ、健人。
 まさか、ここまで来るとは思ってなかったよな」

 その口調は、昔と変わらない。
 高校時代、教室の隅でどうでもいい話をしていた頃のままだ。

「本当だな」

 健人は苦笑しながら言った。

「就活に失敗して、バイトを転々として、政治なんて縁もなかった俺がさ……」

「国会議員になって、無所属で暴れて、与党入って、総裁になって」

 田島は指を折りながら数え、最後に言った。

「で、今日は“総理指名”だ。
 人生、分かんねえもんだな」

 健人は立ち上がり、窓の外を見た。
 遠くに、国会議事堂の屋根が見える。

「ああ。でもな……」

 静かに言葉を続ける。

「ここはゴールじゃない。
 たぶん、いちばんしんどいスタートだ」

 真田がわずかに口角を上げた。

「その覚悟があるなら、大丈夫でしょう」

 その頃、党本部では電話が鳴りやまなかった。
 若手議員たちは興奮気味に言葉を交わし、地方組織からは祝福と期待の連絡が相次ぐ。

 一方で、重鎮たちの部屋は静まり返っていた。
 新聞を読み、テレビを眺め、沈黙の中で状況を測っている。

 テレビでは、キャスターが言う。

「坂本健人氏が総理に指名されれば、歴代最年少での就任となります」

 その言葉を聞くたび、健人の胸には小さな違和感が広がった。

 ――最年少。

 確かに事実だ。
 だが、それが強調されるたびに、何か大切なものが抜け落ちている気がした。

(若いから選ばれたんじゃない)
(派手だから担がれたわけでもない)

 街頭で、罵声を浴びた日。
 誰にも相手にされなかった委員会。
 法案を握り潰された夜。
 父を亡くしても、演説を止めなかった日。

 それらの積み重ねが、今日に繋がっている。

 午前。衆議院本会議場。

 廊下を歩く健人の周囲には、自然と人の輪ができていた。
 与党議員、野党議員、官僚、記者。
 視線が集まり、空気が張り詰める。

 議場に足を踏み入れた瞬間、あの重厚な空気が全身を包む。
 初めて本会議に出た日のことが、ふと脳裏をよぎった。

(あの時は、何も分からなかったな)

 議席に着き、深く息を吸う。
 議長が入場し、首班指名選挙が始まる。

 淡々と、形式通りに進む手続き。
 名前を書き、投票用紙を提出し、開票が始まる。

「坂本健人」

 自分の名前が読み上げられるたび、場内がざわつく。
 票は次々と積み上がり、やがて結果は明らかになった。

 議長の声が、議場に響く。

「よって、内閣総理大臣に、坂本健人君を指名します」

 一瞬、時間が止まったように感じた。

 次の瞬間、拍手が広がる。
 与党席から大きな拍手。
 野党席からも、控えめだが確かな音。

 健人は立ち上がり、深く一礼した。

 拍手の中で、胸に去来するのは高揚ではなかった。
 むしろ、重さだった。

(これが……総理になるということか)

 午後、参議院でも同じ手続きが行われ、結果は変わらなかった。
 正式に、坂本健人は次期内閣総理大臣に指名された。

 控室に戻ると、田島が勢いよく肩を叩いた。

「やったな、健人!」

「まだだよ」

 健人は首を振る。

「これからだ」

 真田が静かに言った。

「歴代最年少、という言葉が独り歩きするでしょう。
 軽んじる者も、試す者も、必ず出てきます」

「分かってる」

 健人はうなずいた。

「だからこそ、やることは一つだ。
 結果で黙らせる」

 窓の外には、夕暮れの国会議事堂があった。
 長い歴史の中で、幾人もの総理がこの場所を通ってきた。

 その列に、今日、自分の名が加わった。

 健人は胸元の議員バッジにそっと触れ、静かに思った。

(若いから、任されたんじゃない)
(新しい時代を、任されたんだ)


”最年少という言葉は、誇りじゃない。
それは「これからを任された」という、重たい宿題だ。
年齢で選ばれたんじゃない。
この国の“次”を託された――ただそれだけだ“
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