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あばら屋
あばら屋1
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馬車の中でソフィアは猛烈な眠気に抗えず、何度も寝てはハッとして起きることを繰り返していた。
今年は雪があまり降らないせいで、例年と違い雪景色は広がっていない。それでも寒いものは寒かった。
「こんなに寒いのに寝てしまうなんて……」
時間が経つにつれ、身体中の打ち身が主張するように痛みだしていた。一刻も早く家のベッドで横になりたいという気持ちがどんどんと大きくなっていく。何度か休憩を取った馬車の御者には出来るだけ早く帰りたいと伝えてあった。
「しかし、ソフィア様。朝から何も口にされてないですよね。何か食べたほうがいい。なんならどこかの街で宿をとってもいいんじゃないでしょうか」
御者は思いやりがあり、とてもゆっくり話す中年の男性だった。御者が若い男性でないことは貴族の家では滅多にないことだ。けれど、ソフィアにとってはこの人が御者で良かった。話し方がゆっくりなので気怠い今の状況で話を理解するのに助かっていた。
「ありがとうございます。でも、帰りたいのです。あなたの休憩はもちろんとってもらいたいけれど私のためにゆっくり馬を歩かせるようなことはしないでください」
懇願するソフィアに御者は途中の街で買い求めた平パンを手渡した。
「では、もう休まず家を目指します。少しでもお腹が空いたらパンを食べてください。白パンでなくて申し訳ないですが」
ソフィアは渡された大きな平パンを見下ろして「白パンよりこのライ麦パンが好きだわ。ありがとう」と、伝えた。本当のところは、白パンなどほとんど食べたことがない。貴族ならば白パンしか食べないのが普通だろうが、ソフィアは小さい頃からライ麦パンを食べていた。
「じゃあ、行きましょう」
持っていた革製の水筒もソフィアの為に置いておいてくれた御者に、ソフィアはせめて礼だけはしなければと頭を下げた。
結局、夜に差し掛かる頃、あばら屋へと戻ってこられた。しかし、その時点でソフィアは自分自身をも偽ることが出来ないほど体調が悪化していた。どうやらかなり高い熱が出ているようだった。
「ああ……フィフィ。凄い熱だわ」
迎えに出て来たキャサリンの距離が近い事をソフィアが感じ取って重いまぶたを持ち上げた。
「だ、駄目よ、キャッシー近づいたら。おなかの子に何かあったら大変……おね…お願い、ベンを呼んで……」
「私が家までお連れしましょう」
御者の声を耳にし、ぼやける視界を追い払うように目を一度しっかり閉じてから開いた。
「お疲れなの……に、ごめんなさい。立ち上がれないのでお願いします」
最後の方は声が出ていなかったかもしれない。もう、何も考えられなくなってベッドに連れて行ってもらった途端に意識が途切れていた。
「何があったのかしら。ただの風邪?」
キャサリンは桶に水を張ってタオルを夫のベンジャミンに手渡した。
「ソフィア様は王宮で階段から落ちてしまったのですよ」
様子を見ていた御者の言葉にキャサリンがギョッとして振り返る。
「階段から? パーティーは昨日ですよね? それなのにソフィアはここに帰されたってことですか?」
御者は顔をしかめて「ご本人が帰りたいと主張されたみたいですが……私にはなんとも」と、チラリとキャサリン越しにソフィアの様子をうかがった。今まさにベンジャミンが絞った布をソフィアの額に乗せてやっているところだった。ソフィアは意識はないのだろうが、その布から逃れようとイヤイヤと頭を振ろうとしていた。
「今日一日何も召し上がっていませんから、目が覚めたら少しでも食べた方がいいかもしれません。体も細いし体力が落ちているんじゃないですかね」
御者の言葉にキャサリンは大きなため息を漏らした。
「ソフィア様は、私に食事を多めに取らせようと思っていて……ここのところ食べる量が極端に少なかったんですよ。本当に、どうしてバトラー家はこんなひどい仕打ちをするんでしょう。そちらの旦那様はいつもこんな非情なのですか?」
御者は大きくせり出したキャサリンの腹を見てから、今いるソフィアの寝室を見渡した。調度品が一つもない貴族の家など初めて見た。窓の近くに飾られたドライフラワーがかえって寂しさを強調している。
「いえ……私どもにはきちんと賃金も支払ってくれますし、年末には一人一人にプレゼントも配ってくださいますが──」
そこで一息置いて「ここは確かに酷い」と、眉をひそめた。
「生活費すら一シルカ(お金の単位)ももらってないのです。まるで飢え死にするのを待っているようだと思いませんか? 誰にこれを訴えたらいいのかしら」
御者が二回うなずいて「シャーロット様に私が話してみましょう。ヴィンセント様のお姉さまで、今回ソフィア様と仲睦まじくされていましたから」と、請負った。キャサリンは深々と頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございます。飢え死にするのを待たれるくらいなら、爵位でもなんでもお渡しするように言いますからこんな酷い事はやめて貰いたいとヴィンセント様にもお伝えください。いえ……言えませんよね。もし言えるような方が居たら伝えてください」
キャサリンもそうだが、御者だって一介の使用人に過ぎない。旦那様に直談判するのはかなり難しい事は理解していてもキャサリンは言わずにはいられなかった。御者も、機会があったら必ず伝えてみると言ってくれて帰って行った。
今年は雪があまり降らないせいで、例年と違い雪景色は広がっていない。それでも寒いものは寒かった。
「こんなに寒いのに寝てしまうなんて……」
時間が経つにつれ、身体中の打ち身が主張するように痛みだしていた。一刻も早く家のベッドで横になりたいという気持ちがどんどんと大きくなっていく。何度か休憩を取った馬車の御者には出来るだけ早く帰りたいと伝えてあった。
「しかし、ソフィア様。朝から何も口にされてないですよね。何か食べたほうがいい。なんならどこかの街で宿をとってもいいんじゃないでしょうか」
御者は思いやりがあり、とてもゆっくり話す中年の男性だった。御者が若い男性でないことは貴族の家では滅多にないことだ。けれど、ソフィアにとってはこの人が御者で良かった。話し方がゆっくりなので気怠い今の状況で話を理解するのに助かっていた。
「ありがとうございます。でも、帰りたいのです。あなたの休憩はもちろんとってもらいたいけれど私のためにゆっくり馬を歩かせるようなことはしないでください」
懇願するソフィアに御者は途中の街で買い求めた平パンを手渡した。
「では、もう休まず家を目指します。少しでもお腹が空いたらパンを食べてください。白パンでなくて申し訳ないですが」
ソフィアは渡された大きな平パンを見下ろして「白パンよりこのライ麦パンが好きだわ。ありがとう」と、伝えた。本当のところは、白パンなどほとんど食べたことがない。貴族ならば白パンしか食べないのが普通だろうが、ソフィアは小さい頃からライ麦パンを食べていた。
「じゃあ、行きましょう」
持っていた革製の水筒もソフィアの為に置いておいてくれた御者に、ソフィアはせめて礼だけはしなければと頭を下げた。
結局、夜に差し掛かる頃、あばら屋へと戻ってこられた。しかし、その時点でソフィアは自分自身をも偽ることが出来ないほど体調が悪化していた。どうやらかなり高い熱が出ているようだった。
「ああ……フィフィ。凄い熱だわ」
迎えに出て来たキャサリンの距離が近い事をソフィアが感じ取って重いまぶたを持ち上げた。
「だ、駄目よ、キャッシー近づいたら。おなかの子に何かあったら大変……おね…お願い、ベンを呼んで……」
「私が家までお連れしましょう」
御者の声を耳にし、ぼやける視界を追い払うように目を一度しっかり閉じてから開いた。
「お疲れなの……に、ごめんなさい。立ち上がれないのでお願いします」
最後の方は声が出ていなかったかもしれない。もう、何も考えられなくなってベッドに連れて行ってもらった途端に意識が途切れていた。
「何があったのかしら。ただの風邪?」
キャサリンは桶に水を張ってタオルを夫のベンジャミンに手渡した。
「ソフィア様は王宮で階段から落ちてしまったのですよ」
様子を見ていた御者の言葉にキャサリンがギョッとして振り返る。
「階段から? パーティーは昨日ですよね? それなのにソフィアはここに帰されたってことですか?」
御者は顔をしかめて「ご本人が帰りたいと主張されたみたいですが……私にはなんとも」と、チラリとキャサリン越しにソフィアの様子をうかがった。今まさにベンジャミンが絞った布をソフィアの額に乗せてやっているところだった。ソフィアは意識はないのだろうが、その布から逃れようとイヤイヤと頭を振ろうとしていた。
「今日一日何も召し上がっていませんから、目が覚めたら少しでも食べた方がいいかもしれません。体も細いし体力が落ちているんじゃないですかね」
御者の言葉にキャサリンは大きなため息を漏らした。
「ソフィア様は、私に食事を多めに取らせようと思っていて……ここのところ食べる量が極端に少なかったんですよ。本当に、どうしてバトラー家はこんなひどい仕打ちをするんでしょう。そちらの旦那様はいつもこんな非情なのですか?」
御者は大きくせり出したキャサリンの腹を見てから、今いるソフィアの寝室を見渡した。調度品が一つもない貴族の家など初めて見た。窓の近くに飾られたドライフラワーがかえって寂しさを強調している。
「いえ……私どもにはきちんと賃金も支払ってくれますし、年末には一人一人にプレゼントも配ってくださいますが──」
そこで一息置いて「ここは確かに酷い」と、眉をひそめた。
「生活費すら一シルカ(お金の単位)ももらってないのです。まるで飢え死にするのを待っているようだと思いませんか? 誰にこれを訴えたらいいのかしら」
御者が二回うなずいて「シャーロット様に私が話してみましょう。ヴィンセント様のお姉さまで、今回ソフィア様と仲睦まじくされていましたから」と、請負った。キャサリンは深々と頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございます。飢え死にするのを待たれるくらいなら、爵位でもなんでもお渡しするように言いますからこんな酷い事はやめて貰いたいとヴィンセント様にもお伝えください。いえ……言えませんよね。もし言えるような方が居たら伝えてください」
キャサリンもそうだが、御者だって一介の使用人に過ぎない。旦那様に直談判するのはかなり難しい事は理解していてもキャサリンは言わずにはいられなかった。御者も、機会があったら必ず伝えてみると言ってくれて帰って行った。
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