侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾

文字の大きさ
22 / 73
あばら屋

あばら屋2

しおりを挟む
 次の日の夕方頃、大きな幌馬車と箱馬車があばら家の前に到着した。寝室の窓から馬車が見えたキャサリンが夫のベンジャミンを呼びにお腹をかばいながら大急ぎでキッチンへと向かった。

「ベン、誰か来たわ。出られる?」

 ベンジャミンは大鍋で湯を沸かしているところだった。

「ああ、行くよ。ソフィア様は?」

「まだ熱がかなり高いわ」

 二人は言葉にならない空気を共有し、先にベンジャミンが庭へと出ていった。ベンジャミンは馬車から降りてきた男女二人が言い争っているのを見て、つい耳を澄ませる。

「ひどいじゃない、どうしてソフィアをこんな家に追い出したりしたのよ!」

「いや、これは何かの手違いだって言っているじゃないか。マスタスの家に住むように手配したはずなのに……」

 男は遠目にもかなりの美青年であることがわかる。この人がソフィアを苦しめているヴィンセントだと判断した。それに第二の都市マスタスの邸宅の話をしているなら一言言わなければならないことがあった。

「マスタスのお屋敷には行きましたよ。ただ、そちらでマスタスの家ではなくルードリアの方に行けと言われたんです」

 ベンジャミンは心の中で、しかも素っ気なくと付け加えた。

 整った顔立ちの男女がほぼ同時にベンジャミンへと顔を向けた。先にヴィンセントと思しき男がベンジャミンに「君は?」と聞いてきたが。

「ソフィア様のお供として妻のキャサリンと共にシューマン家よりついてまいりました」

 ヴィンセントは理解を示してうなずいた。そこへ幌馬車から一人の男が荷物を抱えて歩いてきた。

「言い争うのは終わったかい? 寒いしとにかく中に入ろうじゃないか。ソフィアの容態も気になるし」

 木箱を抱えて寒そうに肩をすくめている男はベンジャミンの元にやって来て「まだ幌馬車に食べ物を積んできているから、悪いが手を貸してくれ」と、声を掛けた。

「ああ……そうね。自己紹介なしで戸惑うわよね。私はここにいる愚かなヴィンセントの姉シャーロットよ。その人は夫のダニエル」

 ひとまずベンジャミンは被っていた帽子を軽く持ち上げ、挨拶をした。

「ダニエル。ソフィアの様子を見てから手伝うわね」

 また馬車の方から男が木箱を抱えて歩いてくる。これは説明を受けなくとも服装で御者だとわかった。ベンジャミンは自分も箱を運ぶために小走りで幌馬車へと向かっていった。

「それにしても」とシャーロットが怒りながら家を目指す。

「こんなのってないわ。鹿狩りの時に使うレストハウスだった所じゃない」

 ヴィンセントだってまさかここにソフィアが暮らしているなんて思いもしなかった。この建物は放置されてから長い時を経ているはずだし、それじゃなくとも手狭だ。

「マスタスの家に住むという話だったのだが……」

 少なくとも執事のトンプソンからはそう説明を受けていた。

『あまり顔を合わせたくないということですのでマスタスの邸宅を整えてございます。あそこなら文句も出ませんでしょうし』

 トンプソンの言葉を今でもハッキリと思い出せるのには理由がある。厄介払いができたと思ったし、マスタスの家は本家である首都の家と引けを取らないから強欲なシューマン家の令嬢とて文句はつけてこないだろうと考えたからだった。

「それで、妻の様子を見にはこなかったのね。大した旦那様だこと」

 一度を強調する姉のシャーロットはとにかくおかんむりだ。馬車の中では喉が渇くまでお小言を言い続けた。休憩した宿屋で喉の渇きを癒すとまたヴィンセントを非難し続けた。ヴィンセントは反論せずにいたが、言いたいことは山程あった。姉はあのしおらしい態度に騙されているが、ソフィアはあのシューマン家の人間だ。口を開けば金の事ばかりなのに、なぜそこまで擁護するのかと苛立ちながら話を聞いていた。

 二人で家の中へと入ると、ずっとしゃべり通しだったシャーロットが思わず口を閉じた。

「え……外と温度が変わらないじゃない」

 屋内に入ったはずだったのに、部屋の中は温かさを感じられなかった。いや、一応暖炉には火が入っているが、薪の量が少ないのかお情け程度の火が点っているといったほうが正しい。

 一歩遅れて入ってきたダニエルが重い荷物を部屋の隅に置くと一息ついて話し出す。

「これは寒いな。なあ、君。えっとベンジャミンだったね」

 追いついて部屋に入ろうとしていた従者のベンジャミンが、もう部屋が人数超過で入れずドアの外で立っていた。

「はい」

 箱を抱えたまま返事をしたベンジャミンにとにかく箱を置くようにとジェスチャーでダニエルが伝える。

「薪はどこにある? もう少しくべないと寒いだろ?」

 ベンジャミンは帽子をとって頭を掻いた。

「薪の余裕がないので、ずっとその大きさを保っているんですよ」

 ヴィンセントは横に居たシャーロットがキッと睨みつけたのを感じた。なぜシャーロットが睨むのかヴィンセントには解せなかった。金は十分送っていると執事から聞いているのだから。

(部屋が寒いのも、金がないのも、全部俺のせいってことか。幾ら払えば満足するのやら)

 まさか、このような寒い思いまでして実家に金を横流ししているなら献身的過ぎて恐れ入るとヴィンセントは呆れかえっていた。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...