侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾

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別れ

別れ2

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「それと……話は変わるが、ここの住心地はどうだ?」

 ヴィンセントはソフィアの隣の椅子に腰を掛けて聞いてきた。

 部屋には暖炉があり、常に火が焚かれ、テーブルと椅子もある。食事も申し分なく、しかも執事のトンプソンはかなりソフィアたちに気を配ってくれていた。

『贅沢な日々で、なんと御礼を言えばいいのか。トンプソンさんもとても良くしてくださります』

 ヴィンセントはそのソフィアの返しに満足していた。首都の邸宅よりトンプソン共々移動してきたのはソフィアたちが快適に過ごせるようにと考えてのことだった。初めは難色を示したトンプソンも今は移ってきて良かったと言うようになっていた。昨日もこんな会話をしていた。

「仕事をするには首都に留まるべきとお伝えしましたが──」

 ここでゴホンとトンプソンは咳払いをし、ヴィンセントの顔をチラリと盗み見た。

「ヴィンセント様の心健やかなご様子をみると、移ってきたのは正解だと思うようになりました」

 書斎で届けられた書類に目を通していたヴィンセントが、横に立つトンプソンを見上げた。

「なんだ、心健やかな様子とは」

「そのままの意味でございます。ソフィア様と食事を共にしたり、天気が良いからと庭をお二人で散策したり、とてもいい顔をなさるようになりました。ヴィンセントのお母さんがご存命の頃のご主人様を思い出します。あの頃は良うございました」

 思わず口に手を当てて「前とそんなに違うか?」と聞き返していた。

「ええ。ご自身でもおわかりなのでは」

 口に手をあてたまま、少しジッと考え込んでいた。

 心の変化はもちろんヴィンセントも気がついていた。ソフィアと一緒に居ることでソフィアを独占したいという気持ちが満たされ、しかももっともっとソフィアを自分のものにしたいという要求が生まれてくるのだった。

「ソフィアを正式に妻として迎えたいのだが……どう思う?」

 結婚の時に交わした契約書には、制度上の夫婦になったに過ぎず、夫もしくは妻としての義務はないと記されていた。衣食住は保証するが、ソフィアには妻としての義務──要するに体の関係は求めない──ことがしっかり記載されている。

 これは子どもが出来るとややこしくなることもあり、ヴィンセントのたっての希望で書かれたものだった。なんと言っても守銭奴の娘だという印象しかなかったので、子どもが出来たら際限なく金を要求されると危惧したことからきていた。

「私はソフィア様が好きでございますので、奥様になるというなら歓迎いたします」

 いや、すでに奥様ではありますが。などと、トンプソンは自らの言葉を直しながら歓迎することを伝えてきた。しかし、僅かに表情を暗くする。

「懸念すべきは、カール・シューマン様のことではなく──」

 そう、ソフィアの父親のことは要求されても突っぱねればいいだけのこと。言われた額を払い、結婚したのだから、既にとやかく言われる義理はない。子どもが出来て、カール・シューマンがソフィアとその子どもを取り返そうとしたりしたら、徹底的に戦ってもいいとすら考えていた。

「ああ、それよりも我が身内に居る膿だな。ソフィアにまた悪さをする可能性がある。しかし、なぜソフィアを狙う? 私に恨みがあるなら私を狙えばいい。これまでだったらソフィアを狙うのは全くのお門違いだろう。私はソフィアに興味がなかったのだから、ソフィアを虐める輩が居ても痛くも痒くもなかったのだから」

 まだソフィアへの送金を横取りしたり、あばら家に追いやった人物がわかっていなかった。執事のトンプソンに調べて貰っているが、なかなか尻尾が掴めないという。

「その通りです。ヴィンセント様をターゲットにせず、ソフィア様を狙ったことに何がヒントが隠されているように思います。今、慎重に調べておりますのでお待ちくださいませ」

 商い用の従業員も居るし、それ以外に屋敷でもかなりの人数を雇っている。ソフィアを標的にしているあたり、仕事関連の人間は関係なさそうだが、トンプソンはどちらも調べてみていると話していた。

「そこが解決されないとまずいか。もうしばらくソフィアを正式に妻として迎えるのは控えたほうがいいのだろうな」

 トンプソンは同意の意味で頷いていた。そして慎重に口を開く。

「それにクリスティン・アントワープ様としっかり話し合いをされて関係を終わらせたほうがよろしいかと。別れ方が良くなければ、いくら恋人関係とはいえクライブ・アントワープ侯爵様が黙ってないと思います」

 クリスティンの父親は軍人で気性の荒い人物だ。怒らせると厄介なのは間違いなかった。

「ああ……まぁ、私達が付き合っていることには反対だったから、別れることには異を唱えんだろう」

 クリスティンもその父も、爵位を気にする人々だ。男爵のヴィンセントとクリスティンが付き合うことを許しているのは、ただ単に金に目が眩んでいるだけのことだ。

 格違いのヴィンセントを気に入ってくれた、クリスティンの心の広さに感動を覚えて始まった恋愛だったが、次第にそれは真剣ではなく単なる遊びだからなのだと気がついたが、恋人になった手前ヴィンセントはクリスティンに誠意をもって尽くしていた。

(クリスティンには端々に見下したようなニュアンスを感じていたが目を瞑っていた……たが、もう解放されてもいい頃だろう)

 ヴィンセントが侯爵になると知っても、クリスティンは喜ぶこともなければ相変わらずの態度だった。

「クリスティンのことは、なるべく早くに話をつけてくる」

 決意を口にすると、気持ちがはっきりするのを感じていた。ヴィンセントはクリスティンから完全に心が離れていたのだった。

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