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もう一人の男
もう一人の男3
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レスリーは腕組みをして、ソフィアの書いたものを見つめてから口を開く。
「私が結婚することを避けたからいけなかったんだな。わるかったね、ソフィア」
謝ってもらうことではないので、ソフィアはブンブンと首を横に振った。しかし、レスリーは囁くような声音で続けた。
「家督を継ぐのはヴィンセントの方がいいと思っていてね。私は少し甘いところがあるから。それで、結婚からも逃げていたんだ。結婚して一人前という気風があるだろ? それがなんだか癇に障るというかさ。だからさ、父の意向を無視して君との結婚をヴィンセントに押し付けたんだ。ヴィンセントは昔から厳しい父に逆らえない質でね。というのも、ヴィンセントを出産した時に母が命を落としたものだから、父はヴィンセントへの当たりが強いんだ」
ふぅと息を吐き出すと「さて」と仕切りなおす。
「ソフィアはどうしたいかな? 独り立ちしたいなら、私がサポートしよう。なんなら、その侍女夫婦を私の屋敷で雇ってもいい。というのも、首都の家が空いているから誰か住まなきゃならないんだ。で、根無し草を気取っていた私にお鉢が回ってきたのだよ」
昔会ったことがあるのは間違いないようだが、ほとんど初対面といっていいレスリーにキャサリン達を頼んでいいのかソフィアは羽根ペンを握りうつむいた。
『私はレスリー様とはほぼ面識がございません。侍女と申しても、家族同然の者です。お預かりしていただけるのは嬉しいのですが、少し考えさせてください』
書いている文字を追いながら「しっかりとした娘だな。私の人となりを知らないから迷っているのだな」と感心し、書き終えて顔を上げたソフィアに微笑んだ。
「では今度、君を遠乗りにでも連れて行こう。馬は乗れるかい?」
『一応、乗れます』
「あ、一応か。じゃあ馬車にしておこう。ヴィンセントには私から言っておくよ」
トントン拍子で話が進んで、ソフィアは何と答えたらいいのかわからなかった。こんなに簡単に誘いを受けていいのかもわからない。もし実家の父だったら無駄なことだと許さないだろう。
「ヴィンセントが怖いか?」
レスリーの一言に弾かれるように考え事から引き戻され、慌てて羽根ペンを走らせる。
『いいえ。怖くはありません。優しい方です』
なぜ不安を覚えていたことが伝わったのか分からないが、ここは即否定しておきたかった。
『でも、なぜ怖いかと聞かれたのですか?』
「ああ、君の表情が曇ったからね。ヴィンセントは誤解を受けやすいから怖がられているのかなと思ったんだ。さて、そろそろ出ていこうか。あまり二人で引きこもっているとあらぬ疑いをかけられてしまう」
思わず、ソフィアが顔を赤らめると、レスリーが可笑しそうに目を細めた。
「それでも構わないけど。本来は私の妻になるはずだったのだし……」
そこまで言うと、レスリーが何か閃いたように空を仰いだ。
「そうか。ま、それは案の一つだな」
一人で何やらブツブツと言いながら、ソフィアのためにインクのボトルや紙を持ってくれた。
二人はみんなの待つテラスへと歩いていった。
既にヴィンセントとシャーロットの夫妻は席につき、紅茶を飲んでいた。テーブルにはソフィアとキャサリン、それにシャーロットの焼いたクッキーが並べられている。ほんのちょっぴり不格好なのがシャーロットのクッキーだ。
「やぁ、待たせた。ソフィアは──」
レスリーはソフィアの為に椅子を引こうとした。しかし、ヴィンセントがいち早く立ち上がり、ヴィンセントに一番近い椅子をソフィアの為に引いた。レスリーはそんなヴィンセントを見てから、ソフィアに笑いかける。
「椅子はそちらだそうだ。掛けるといいよ」
ヴィンセントはソフィアに無言で椅子に座るように促した。
皆が席に着くと、早速シャーロットがどんなにクッキーを作るのが大変だったか身振り手振りを交えて語り、皆で談笑しながら楽しいひと時を過ごした。
ただ一人、ヴィンセントはやや浮かない顔をしていたが、ソフィア以外はそのことに気付かないのか興味を持つことがなかった。
(ヴィンセント様の口に合わなかったのかしら)
ヴィンセントはちゃんとソフィアが作ったクッキーを無言で口に運んでいた。ダニエルはシャーロットを褒めちぎりながらシャーロットのクッキーを摘む。
「美味しいよ、ソフィア」
そう褒めてくれたのはレスリーだった。ヴィンセントからも何か一言もらえるのではないかと思っていたソフィアは密かに肩を落としていた。
帰りの馬車の中でヴィンセントとソフィアは二人きりになった。キャサリンは一足先に違う馬車で送ってもらってあった。これはキャサリンの体調を気遣ったヴィンセントの配慮だった。
「随分焼いたのだな」
残ったクッキーは箱に入れてお土産に持たせてもらっていた。ソフィアの膝の上に置かれた箱にはぎっしりクッキーが詰まっている。
「帰り際──」
ヴィンセントはソフィアの持っている箱を開けながら言う。
「レスリーにソフィアと遠乗りに行きたいと言われた。ソフィアは行きたいのか?」
ヴィンセントはクッキーを一枚取ると箱を閉じた。
薄暗くなってきた車内でヴィンセントが答えを求めて、ソフィアの顔を窺った。ソフィアは迷いがあるものの、本当にキャサリン夫婦を託せるならばまずはレスリーを知っておかねばと思い、うなずいた。
ソフィアの答えにヴィンセントはため息をついた。
「そうか。ソフィア、口を開けろ」
「私が結婚することを避けたからいけなかったんだな。わるかったね、ソフィア」
謝ってもらうことではないので、ソフィアはブンブンと首を横に振った。しかし、レスリーは囁くような声音で続けた。
「家督を継ぐのはヴィンセントの方がいいと思っていてね。私は少し甘いところがあるから。それで、結婚からも逃げていたんだ。結婚して一人前という気風があるだろ? それがなんだか癇に障るというかさ。だからさ、父の意向を無視して君との結婚をヴィンセントに押し付けたんだ。ヴィンセントは昔から厳しい父に逆らえない質でね。というのも、ヴィンセントを出産した時に母が命を落としたものだから、父はヴィンセントへの当たりが強いんだ」
ふぅと息を吐き出すと「さて」と仕切りなおす。
「ソフィアはどうしたいかな? 独り立ちしたいなら、私がサポートしよう。なんなら、その侍女夫婦を私の屋敷で雇ってもいい。というのも、首都の家が空いているから誰か住まなきゃならないんだ。で、根無し草を気取っていた私にお鉢が回ってきたのだよ」
昔会ったことがあるのは間違いないようだが、ほとんど初対面といっていいレスリーにキャサリン達を頼んでいいのかソフィアは羽根ペンを握りうつむいた。
『私はレスリー様とはほぼ面識がございません。侍女と申しても、家族同然の者です。お預かりしていただけるのは嬉しいのですが、少し考えさせてください』
書いている文字を追いながら「しっかりとした娘だな。私の人となりを知らないから迷っているのだな」と感心し、書き終えて顔を上げたソフィアに微笑んだ。
「では今度、君を遠乗りにでも連れて行こう。馬は乗れるかい?」
『一応、乗れます』
「あ、一応か。じゃあ馬車にしておこう。ヴィンセントには私から言っておくよ」
トントン拍子で話が進んで、ソフィアは何と答えたらいいのかわからなかった。こんなに簡単に誘いを受けていいのかもわからない。もし実家の父だったら無駄なことだと許さないだろう。
「ヴィンセントが怖いか?」
レスリーの一言に弾かれるように考え事から引き戻され、慌てて羽根ペンを走らせる。
『いいえ。怖くはありません。優しい方です』
なぜ不安を覚えていたことが伝わったのか分からないが、ここは即否定しておきたかった。
『でも、なぜ怖いかと聞かれたのですか?』
「ああ、君の表情が曇ったからね。ヴィンセントは誤解を受けやすいから怖がられているのかなと思ったんだ。さて、そろそろ出ていこうか。あまり二人で引きこもっているとあらぬ疑いをかけられてしまう」
思わず、ソフィアが顔を赤らめると、レスリーが可笑しそうに目を細めた。
「それでも構わないけど。本来は私の妻になるはずだったのだし……」
そこまで言うと、レスリーが何か閃いたように空を仰いだ。
「そうか。ま、それは案の一つだな」
一人で何やらブツブツと言いながら、ソフィアのためにインクのボトルや紙を持ってくれた。
二人はみんなの待つテラスへと歩いていった。
既にヴィンセントとシャーロットの夫妻は席につき、紅茶を飲んでいた。テーブルにはソフィアとキャサリン、それにシャーロットの焼いたクッキーが並べられている。ほんのちょっぴり不格好なのがシャーロットのクッキーだ。
「やぁ、待たせた。ソフィアは──」
レスリーはソフィアの為に椅子を引こうとした。しかし、ヴィンセントがいち早く立ち上がり、ヴィンセントに一番近い椅子をソフィアの為に引いた。レスリーはそんなヴィンセントを見てから、ソフィアに笑いかける。
「椅子はそちらだそうだ。掛けるといいよ」
ヴィンセントはソフィアに無言で椅子に座るように促した。
皆が席に着くと、早速シャーロットがどんなにクッキーを作るのが大変だったか身振り手振りを交えて語り、皆で談笑しながら楽しいひと時を過ごした。
ただ一人、ヴィンセントはやや浮かない顔をしていたが、ソフィア以外はそのことに気付かないのか興味を持つことがなかった。
(ヴィンセント様の口に合わなかったのかしら)
ヴィンセントはちゃんとソフィアが作ったクッキーを無言で口に運んでいた。ダニエルはシャーロットを褒めちぎりながらシャーロットのクッキーを摘む。
「美味しいよ、ソフィア」
そう褒めてくれたのはレスリーだった。ヴィンセントからも何か一言もらえるのではないかと思っていたソフィアは密かに肩を落としていた。
帰りの馬車の中でヴィンセントとソフィアは二人きりになった。キャサリンは一足先に違う馬車で送ってもらってあった。これはキャサリンの体調を気遣ったヴィンセントの配慮だった。
「随分焼いたのだな」
残ったクッキーは箱に入れてお土産に持たせてもらっていた。ソフィアの膝の上に置かれた箱にはぎっしりクッキーが詰まっている。
「帰り際──」
ヴィンセントはソフィアの持っている箱を開けながら言う。
「レスリーにソフィアと遠乗りに行きたいと言われた。ソフィアは行きたいのか?」
ヴィンセントはクッキーを一枚取ると箱を閉じた。
薄暗くなってきた車内でヴィンセントが答えを求めて、ソフィアの顔を窺った。ソフィアは迷いがあるものの、本当にキャサリン夫婦を託せるならばまずはレスリーを知っておかねばと思い、うなずいた。
ソフィアの答えにヴィンセントはため息をついた。
「そうか。ソフィア、口を開けろ」
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