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農夫ゴーダと羊飼いマリオ
農夫ゴーダと羊飼いマリオ①
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パン種の入った長細い土瓶に布を被せ、さらに布がずれないように紐で固定するとそれを棚に戻した。
そもそも、パンを作る時にパン種が必要だということすら知らなかった。そんなアデリーでもとうとうパンを作る技術を習得することができた。これはカリーナが根気強く教えてくれたお陰なのだが、カリーナほど美味しいパンはまだ焼けていない。それでもパンが焼けると、アデリーは誇らしく感じるものだった。
布巾を被せたパン生地を撫でてから、振り返った。上水道は完成し、紐を引くだけで水が流れを変えて石の水槽へと流れ落ちてくれる。水槽から柄杓で水を汲み、手を洗うと掛けてある手拭いで拭いた。
(着々と廃城は生まれ変わっていくし、私もなんとか成長できてるわ)
大きな喜びと、元の生活がどんどん過去のものになる寂しさに複雑な気持ちになりながら、厨房を出た。
「なんだ、まだやってたのか」
貯蔵庫から出てきたダグマがぬっと現れて、アデリーは思わず目を見開いていた。きっと今夜は雲の多い半月だから、ダグマには見えなかっただろう。
「ダグマさんこそまだお仕事ですか?」
「ああ、どうやら俺は『便利屋』らしいからな。忙殺されて目眩がしそうだ」
顔を上げ、大丈夫なのかダグマの表情を確認しようとしたら、ダグマの目が可笑しそうに細められていた。
「冗談だぞ? 直ぐに真に受けるな」
そうは言われても、実際ダグマは休んでいる暇などなく仕事に忙殺されていた。狩りに行けば、獲物を捌いて肉を小分けにし運び、皮を剥いで吊るし乾かす。それ以外にも畑仕事をし、浴場の手伝いをし、鍛冶師ベニートの世話をもするという、一人で何役こなしているのか数え切れないほどだった。
「私にできることがあればなんでもやります。無理なさらないでください」
なんでもないとばかりに肩を上げたダグマだが、その後自分の頬を撫でながら口を開いた。
「無理はしてないが、畑が荒れてて気にはなるところだ。とはいえ、俺を含め、ここには畑仕事がわかる者はおらんし参ったよ」
「この前、お話しされていた方はどうなりましたか?」
先日、食事を取りながらミード酒を片手にニコラスとダグマはこんな話をしていた。
「狩りに行く途中でよく会う男が居て、どうやら農夫らしいんだ」
ニコラスは笑顔のまま、眉根を寄せる。
「おいおい、山に農夫か? おかしいだろ」
「だろ。だから、山に何しに来てるのか聞いたんだ。そしたら、痩せた土地しか貰えてないから畑だけじゃ生きていけないと元気なくてな」
「ああ、領主が悪くてもダメだが、領主が評判良いとそれはそれで人が集まって、結果的に土地不足で苦労するらしいな」
基本的には農夫たちも領主の財産とみなされるので、無許可で転居出来ないことになっている。しかし、土地を捨ててでも逃げ出したいような領主も居て、決まりはあってないようなものになっていた。
「だから、ここなら土地はあるって言ったんだが──」
そこでミード酒を煽ったダグマが木のマグカップをテーブルを置いた。
「岩場にある畑で何ができるんだって全然聞く耳持たずだ。ま、説明しても理解してもらえないし、常識から考えりゃ岩場で畑なんてな」
「確かに。俺だってこんなよく出来た畑を見たのは初めてだし、見てなきゃ信じなかったさ」
ニコラスはその後、ここの手伝いを終えたらまた暫くは行商をするから、農夫にそれとなく声をかけてみると請け負っていた。
ダグマはアデリーと並んで階段を上がりながら「彼がここに居ないってのが答えだろ。ま、短期間にこんなに人が増えたのが奇跡だからな。早々、住人が増えるわけがないんだよ」と、農夫のことは諦めているようだった。
ふと、前の暮らしで良くしてもらっていた農夫ザリオの事を思い出していた。評判の良くないゴートンが管理するようになっていたら、辛い思いをしているのではないだろうか。
「私、前の暮らしでお世話になっていた農夫のおじさんが居るんです。会いに行って勧誘したら来てくるるかも──」
「おい、命からがら逃げてきたんだろ? 戻るなんてもってのほかだ。それとも、あの話は嘘だったのか?」
顔を左右に振り「嘘じゃありません。でも、もしかしたらザリオさんが辛い思いをしているかもしれないし、それならなおさらここに来てもらえたら一石二鳥です。ダグマさんの助けになれるなら、こっそり会いに行って──」話していると本当にそれがとても良い案に思えてきた。しかし、最後まで言わせてもらえなかった。
「駄目だ。絶対に駄目だ。危険を犯すのは俺が許さない」
強い否定に、怯みながらもどうしてもアデリーはこの案を捨てきることができずに眉間にシワを寄せた。
「考えるな。駄目だと言ったら駄目だぞ。もしアデリーがその隣の領主とやらに捕まったら、俺達が命を張って取り戻しにいかなきゃならない。そうなったら怪我人どころか死人が出る」
ピタリと足を止めたアデリーに、ダグマも止まってアデリーを見下ろしていた。
「死人……。それは絶対にあってはならないことです。あの、もし私が何かの理由で捕らわれても放っておいてください」
ダグマはアデリーの肩に乗っている赤毛を指で掬って言う。
「それは無理というものだ、アデリー。お前を迎え入れた瞬間から、俺の保護下にいるんだぞ。お前は他の住人とは違う」
そもそも、パンを作る時にパン種が必要だということすら知らなかった。そんなアデリーでもとうとうパンを作る技術を習得することができた。これはカリーナが根気強く教えてくれたお陰なのだが、カリーナほど美味しいパンはまだ焼けていない。それでもパンが焼けると、アデリーは誇らしく感じるものだった。
布巾を被せたパン生地を撫でてから、振り返った。上水道は完成し、紐を引くだけで水が流れを変えて石の水槽へと流れ落ちてくれる。水槽から柄杓で水を汲み、手を洗うと掛けてある手拭いで拭いた。
(着々と廃城は生まれ変わっていくし、私もなんとか成長できてるわ)
大きな喜びと、元の生活がどんどん過去のものになる寂しさに複雑な気持ちになりながら、厨房を出た。
「なんだ、まだやってたのか」
貯蔵庫から出てきたダグマがぬっと現れて、アデリーは思わず目を見開いていた。きっと今夜は雲の多い半月だから、ダグマには見えなかっただろう。
「ダグマさんこそまだお仕事ですか?」
「ああ、どうやら俺は『便利屋』らしいからな。忙殺されて目眩がしそうだ」
顔を上げ、大丈夫なのかダグマの表情を確認しようとしたら、ダグマの目が可笑しそうに細められていた。
「冗談だぞ? 直ぐに真に受けるな」
そうは言われても、実際ダグマは休んでいる暇などなく仕事に忙殺されていた。狩りに行けば、獲物を捌いて肉を小分けにし運び、皮を剥いで吊るし乾かす。それ以外にも畑仕事をし、浴場の手伝いをし、鍛冶師ベニートの世話をもするという、一人で何役こなしているのか数え切れないほどだった。
「私にできることがあればなんでもやります。無理なさらないでください」
なんでもないとばかりに肩を上げたダグマだが、その後自分の頬を撫でながら口を開いた。
「無理はしてないが、畑が荒れてて気にはなるところだ。とはいえ、俺を含め、ここには畑仕事がわかる者はおらんし参ったよ」
「この前、お話しされていた方はどうなりましたか?」
先日、食事を取りながらミード酒を片手にニコラスとダグマはこんな話をしていた。
「狩りに行く途中でよく会う男が居て、どうやら農夫らしいんだ」
ニコラスは笑顔のまま、眉根を寄せる。
「おいおい、山に農夫か? おかしいだろ」
「だろ。だから、山に何しに来てるのか聞いたんだ。そしたら、痩せた土地しか貰えてないから畑だけじゃ生きていけないと元気なくてな」
「ああ、領主が悪くてもダメだが、領主が評判良いとそれはそれで人が集まって、結果的に土地不足で苦労するらしいな」
基本的には農夫たちも領主の財産とみなされるので、無許可で転居出来ないことになっている。しかし、土地を捨ててでも逃げ出したいような領主も居て、決まりはあってないようなものになっていた。
「だから、ここなら土地はあるって言ったんだが──」
そこでミード酒を煽ったダグマが木のマグカップをテーブルを置いた。
「岩場にある畑で何ができるんだって全然聞く耳持たずだ。ま、説明しても理解してもらえないし、常識から考えりゃ岩場で畑なんてな」
「確かに。俺だってこんなよく出来た畑を見たのは初めてだし、見てなきゃ信じなかったさ」
ニコラスはその後、ここの手伝いを終えたらまた暫くは行商をするから、農夫にそれとなく声をかけてみると請け負っていた。
ダグマはアデリーと並んで階段を上がりながら「彼がここに居ないってのが答えだろ。ま、短期間にこんなに人が増えたのが奇跡だからな。早々、住人が増えるわけがないんだよ」と、農夫のことは諦めているようだった。
ふと、前の暮らしで良くしてもらっていた農夫ザリオの事を思い出していた。評判の良くないゴートンが管理するようになっていたら、辛い思いをしているのではないだろうか。
「私、前の暮らしでお世話になっていた農夫のおじさんが居るんです。会いに行って勧誘したら来てくるるかも──」
「おい、命からがら逃げてきたんだろ? 戻るなんてもってのほかだ。それとも、あの話は嘘だったのか?」
顔を左右に振り「嘘じゃありません。でも、もしかしたらザリオさんが辛い思いをしているかもしれないし、それならなおさらここに来てもらえたら一石二鳥です。ダグマさんの助けになれるなら、こっそり会いに行って──」話していると本当にそれがとても良い案に思えてきた。しかし、最後まで言わせてもらえなかった。
「駄目だ。絶対に駄目だ。危険を犯すのは俺が許さない」
強い否定に、怯みながらもどうしてもアデリーはこの案を捨てきることができずに眉間にシワを寄せた。
「考えるな。駄目だと言ったら駄目だぞ。もしアデリーがその隣の領主とやらに捕まったら、俺達が命を張って取り戻しにいかなきゃならない。そうなったら怪我人どころか死人が出る」
ピタリと足を止めたアデリーに、ダグマも止まってアデリーを見下ろしていた。
「死人……。それは絶対にあってはならないことです。あの、もし私が何かの理由で捕らわれても放っておいてください」
ダグマはアデリーの肩に乗っている赤毛を指で掬って言う。
「それは無理というものだ、アデリー。お前を迎え入れた瞬間から、俺の保護下にいるんだぞ。お前は他の住人とは違う」
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