廃城の泣き虫アデリー

今野綾

文字の大きさ
47 / 99
浴場

浴場②

しおりを挟む
 種を蒔く手伝いを終え、川で手を洗ってから厨房へと向った。途中、石工部屋の前を通りがかると石工のリルが石を削る作業を止め、アデリーに声を掛けた。

「アデリー。どこへ向かっているんだい?」
「厨房よ。何かご用だった?」

 ピョンと跳ねるように立ち上がると、服に付いた石の粉を払いながらリルは近づいてきた。

「ニコラスが戻ってきたのは知ってたか?」
「ええ、手を振ってくれたから返しただけで言葉は交わせてないけれど」

 服の間に入り込んだ粉を指で摘み取りながら「ニコラスが帰ってきたら浴場に湯を張りたいと思っていたんだ。そこで、君にやって欲しいことがある」と、歩き出した。ずっとパラパラと砂が落ちていて、まるで道標のようだ。

「浴場に小さなカマドがあるんだよ。水を温めて湯にする仕組みだ。それをアデリーに管理してもらいたい」
「私が火の番をするってことかしら?」
「そうそう。火の番だけで暇ならシーツを縫うとか、他のこともしたらいいよ。カゴを編めたっけ?」

 先日、ダグマに簡単なカゴの編み方を教わったばかりだった。リンゴなどをいれるしっかりしたものではなく、例えば粉を樽から掬いだしたり、バジルやオレガノを一時的に入れておいたりする用途のものだ。

「ええ、簡単なものを習ったわ」
「そういうのを作ったらいいよ」

 確かに火の番なら、屋内にいても明るさが保たれるので座って行う細かな作業にもってこいだった。

「この前、一応水を入れて漏れてないのは確認したけど、万が一水漏れがあったら教えて。塞ぎに行くから」
「わかったわ」

 一緒に浴場に着くとリルは水を引き入れる紐を引っ張った。すると待っていたかのように水が浴槽へと流れ落ちていく。

「いい具合になったら水の流れを止めて。あと、ここがカマド」

 一段下がったところにカマドがある。とはいえ、アデリーには不安があった。

「この浴槽のサイズでしょ? このサイズでお湯を沸かせるのかしら」
「ああ、問題ないよ。それにずっと沸騰してたら入れたもんじゃないしな。ここは両隣が大きなカマドだろ? 一旦部屋が温かくなると冷めにくいんだよ。高すぎない温度の湯でじっくり体の中までポカポカにするといいらしい」

 リルが言う通り、厨房と鍛冶用の炉に挟まれた部屋なのだ。それから、冬場に体を急いで拭いて清めるよりも、大きなタライに湯を張って芯から温まるとよく眠れるのも知っていた。ただ、これは自分一人では出来ない行水でかなり贅沢なことであった。

「そうね。とにかく沸かしてみるわ」
「時々手を入れて温度を確かめるのを忘れずに。後から温度をみようとして火傷でもしたら大変だ」
「わかってるわ」

 じゃあ、よろしくと言ってリルは出ていった。
 アデリーは一旦水を引き入れるのを止め、隣の厨房へと向った。そこではベッラが夕飯の支度をしていた。もちろん金の腕輪をはめたまま。

「あ、アデリー。お手伝いに来てくれたの?」

 ベッラがご機嫌なのはいつものことだ。決して腕輪を貰ったからではないだろう。

「リルに浴槽に水を貯めて沸かすように言われたのでお手伝いは出来ないんです」

 ベッラは手伝いを断られたより、浴場を使えるようになることへの喜びで手を叩いてはしゃいでいた。

「とうとう使えるのね! あれを見てからいつ使えるのかずっと心待ちにしていたのよ。冬って手足が冷えて眠れないじゃない? でもあれがあればそんな心配必要ないのよ」

 手を擦り併せるジェスチャーをするベッラ。悪気はないのはわかっていても、どうにも腕輪を見せびらかしているみたいで顔を背けたくなった。

「楽しみですよね。私もずっと待っていたのであっちの準備をしてきます」

 アデリーは厨房の片隅に積んである小枝の山を抱えて、急ぎ足で出ていこうとした。

「火種を持っていってあげましょうか?」

 ベッラがアデリーのせに向けて言うがアデリーは前を見たまま「まだ薪も運んでいないので、自分で取りに行きます」と宣言し頼まなかった。

「アデリーったら、元気ないわね。体調崩しているのかしら」

 ベッラが心配そうに呟いたことは知らないまま、おかしな想像を振り払うためにがむしゃらに動き回っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

処理中です...