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冬到来
冬到来⑤
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食料庫の端に石臼の台があり、アデリーはそこでひとり残されたことを良いことに、思いっきり声を上げて泣いた。一度気が緩むと涙は堰を切ったように溢れて流れていく。
希望は持たないほうがいいと言われたけれど、ここまで生活することに没頭できたのはその希望に支えられていたからこそだ。明日からどうやって生きていけばいいのか見当もつかない。どんなに頑張って生きても、もう優しかった家族には会えないのだ。
「なんだ? なぜ泣いてる」
低くて心地好い声にアデリーは必死で涙を拭うが、制御不能な涙腺を意思でなんとかするのは無理だった。
「ダグマさん……すいません」
「謝る必要はないが、なんで泣いているのか答えてくれるか?」
アデリーは理由を口にしたくなかった。家族の死を認めることになる気がして、言いたくないのだ。首を振って拒むと、ダグマがアデリーのことを抱き締めて「まぁ、いいさ。ニコラスがここに俺を仕向けたんだから、なんとなく理由はわかる」と、背中を撫でてくれた。
「俺から伝えるべきだと言ったのに、ニコラスって男はいつも嫌な役を引き受けるんだ。ニコラスを恨まないでくれ。調査を依頼したのは俺だ。アデリーはいつか家族に会うために故郷に戻ると言い出すと思っていたからな、調べさせたんだ」
既にこの前そう主張したところだ。家族のことも故郷の状況も気がかりだったことは確かだ。ただ、今となっては急いで戻る必要はないということになってしまった。
「いつか必ず故郷を見せてやる。それは悪いが今じゃない。ニコラスの言うことには、そのイリーヤ領主ゴートンがアデリーを探してるらしい。お前を手に入れ、正式に領地を得ようとしている。見つかれば無理矢理婚姻関係を結ばされるか、脅されて署名させられ用済みになったらアデリーも殺されるかもしれん」
そこでダグマはアデリーから身を引いて涙の止まらないアデリーの顔を険しい表情で見つめた。
「イリーヤ領主ゴートンと結婚したいか?」
アデリーは思わず首を激しく横に振った。
「じゃあ、ここに居るんだ。俺達がアデリーを守ると約束しよう」
息を吸うとそれは同時にしゃくりあげることになって、一度そうなるとヒックヒックと止まらなくなった。
「ご迷惑……ヒック、ご迷惑かかってヒック」
ダグマは優しい表情になり、半分笑いながら「もう関わってるし、見捨てるわけにはいかないんだよ。やると決めたらやるんだ。これはアデリーのためと言うより俺達の信念だ。アンナを守れなかった俺達のな」と、言った。
アデリーはとにかく酷い顔をしているだろうと思い、服の袖で顔を拭った。しゃくりあげているのがなんだか滑稽で、段々と気持ちが落ち着いてきていた。もちろん、大きなショックが消え去るわけではないが、心の何処かで真実を知りたいと願っていたのだから、少しだけ前進したことになる。
「アンナ……ヒック、アンナさんの話を聞きまヒック」
一生懸命話そうと試みるが、しゃっくりが邪魔をして進めない。でもダグマは理解をしたようでうなずいた。
「アイツを守れなかったのは一生背負わなければならない俺の業だ。俺と関わり合いがなければあんなことにはならなかったのにな。唯一、心を許した家族だったからな……」
「か、かぞく?」
「そうだ。父の妾が産んだ子供がアンナなんだ。俺とは腹違いの兄妹だった。アンナとその母親は家を出て、もらった手切金で居酒屋を始めたんだ。始めは俺が店に客として行き、金を落とせば少なからず二人の生活に役立つと思って通っていたんだが、いつしか団員も通うようになってな」
ダグマはそこで深いため息をついた。
「皆、アンナが好きだったよ。明るくてなぁ、笑い方が全然上品じゃなくて、大口を開けて豪快に笑うんだよ」
ダグマは遠い目をしてから目を細めた。
「アンナが笑うと笑いの連鎖が起きて、皆、意味もなく笑うんだよ。店中、笑い声で満たされて……良い時間だった」
遠い記憶を呼び起こし、その中にいるように微笑んでいた。その笑みのままアデリーを見下ろして「アデリーとはタイプが違うが、皆を団結させるという点では似通っているか」と言い、アデリーの頭に手を乗せた。
「さて、お前の番犬──いや、姉貴分のロセが待ってるぞ。部屋へ送ろう、アデリー」
アデリーはチラリと石臼を見たので、ダグマもそれに目をやった。
「小麦粉は腐らないし逃げやしない。今夜は休め」
背中を押されたアデリーはその大きさを感じながら足を踏み出した。悲しみも苦しみもすぐには消えないが、前を向こうと思っていた。心配してくれるロセや慰めてくれるダグマがいるし、皆もアデリーを気遣ってくれているのだから。
希望は持たないほうがいいと言われたけれど、ここまで生活することに没頭できたのはその希望に支えられていたからこそだ。明日からどうやって生きていけばいいのか見当もつかない。どんなに頑張って生きても、もう優しかった家族には会えないのだ。
「なんだ? なぜ泣いてる」
低くて心地好い声にアデリーは必死で涙を拭うが、制御不能な涙腺を意思でなんとかするのは無理だった。
「ダグマさん……すいません」
「謝る必要はないが、なんで泣いているのか答えてくれるか?」
アデリーは理由を口にしたくなかった。家族の死を認めることになる気がして、言いたくないのだ。首を振って拒むと、ダグマがアデリーのことを抱き締めて「まぁ、いいさ。ニコラスがここに俺を仕向けたんだから、なんとなく理由はわかる」と、背中を撫でてくれた。
「俺から伝えるべきだと言ったのに、ニコラスって男はいつも嫌な役を引き受けるんだ。ニコラスを恨まないでくれ。調査を依頼したのは俺だ。アデリーはいつか家族に会うために故郷に戻ると言い出すと思っていたからな、調べさせたんだ」
既にこの前そう主張したところだ。家族のことも故郷の状況も気がかりだったことは確かだ。ただ、今となっては急いで戻る必要はないということになってしまった。
「いつか必ず故郷を見せてやる。それは悪いが今じゃない。ニコラスの言うことには、そのイリーヤ領主ゴートンがアデリーを探してるらしい。お前を手に入れ、正式に領地を得ようとしている。見つかれば無理矢理婚姻関係を結ばされるか、脅されて署名させられ用済みになったらアデリーも殺されるかもしれん」
そこでダグマはアデリーから身を引いて涙の止まらないアデリーの顔を険しい表情で見つめた。
「イリーヤ領主ゴートンと結婚したいか?」
アデリーは思わず首を激しく横に振った。
「じゃあ、ここに居るんだ。俺達がアデリーを守ると約束しよう」
息を吸うとそれは同時にしゃくりあげることになって、一度そうなるとヒックヒックと止まらなくなった。
「ご迷惑……ヒック、ご迷惑かかってヒック」
ダグマは優しい表情になり、半分笑いながら「もう関わってるし、見捨てるわけにはいかないんだよ。やると決めたらやるんだ。これはアデリーのためと言うより俺達の信念だ。アンナを守れなかった俺達のな」と、言った。
アデリーはとにかく酷い顔をしているだろうと思い、服の袖で顔を拭った。しゃくりあげているのがなんだか滑稽で、段々と気持ちが落ち着いてきていた。もちろん、大きなショックが消え去るわけではないが、心の何処かで真実を知りたいと願っていたのだから、少しだけ前進したことになる。
「アンナ……ヒック、アンナさんの話を聞きまヒック」
一生懸命話そうと試みるが、しゃっくりが邪魔をして進めない。でもダグマは理解をしたようでうなずいた。
「アイツを守れなかったのは一生背負わなければならない俺の業だ。俺と関わり合いがなければあんなことにはならなかったのにな。唯一、心を許した家族だったからな……」
「か、かぞく?」
「そうだ。父の妾が産んだ子供がアンナなんだ。俺とは腹違いの兄妹だった。アンナとその母親は家を出て、もらった手切金で居酒屋を始めたんだ。始めは俺が店に客として行き、金を落とせば少なからず二人の生活に役立つと思って通っていたんだが、いつしか団員も通うようになってな」
ダグマはそこで深いため息をついた。
「皆、アンナが好きだったよ。明るくてなぁ、笑い方が全然上品じゃなくて、大口を開けて豪快に笑うんだよ」
ダグマは遠い目をしてから目を細めた。
「アンナが笑うと笑いの連鎖が起きて、皆、意味もなく笑うんだよ。店中、笑い声で満たされて……良い時間だった」
遠い記憶を呼び起こし、その中にいるように微笑んでいた。その笑みのままアデリーを見下ろして「アデリーとはタイプが違うが、皆を団結させるという点では似通っているか」と言い、アデリーの頭に手を乗せた。
「さて、お前の番犬──いや、姉貴分のロセが待ってるぞ。部屋へ送ろう、アデリー」
アデリーはチラリと石臼を見たので、ダグマもそれに目をやった。
「小麦粉は腐らないし逃げやしない。今夜は休め」
背中を押されたアデリーはその大きさを感じながら足を踏み出した。悲しみも苦しみもすぐには消えないが、前を向こうと思っていた。心配してくれるロセや慰めてくれるダグマがいるし、皆もアデリーを気遣ってくれているのだから。
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