廃城の泣き虫アデリー

今野綾

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新しい生活

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 斬りつけられ傷を負った傭兵に肩を貸しながら、元々両親が使っていた寝室へと向かっていた。その部屋なら広いし、絨毯が敷かれているはずだ。

「あんた、ここの領主になるのか」

 その男は胸に深い傷を負っていたが、ロセの話では安静にしていれば命に別状はないことだった。

「ええ。両親を殺されてしまった今、私しか領主になる者がいないんです」
「そうか。良いことを教えてやろう。この屋敷の牢にここで働いている者たちが捕らえられている。あんたがやって来ると聞いて騒ぎ出したから閉じ込められただけで元気なはずだ」

 アデリーは廊下を歩きながら、この話に気持ちが浮足立つ思いだった。誰が残っているのかわからないが、知っている人が居るなら今すぐに会いたい。けれど、この傭兵をこの場に置いていくわけにもいかないので、とにかく両親の寝室を目指す。

「あなたを部屋に連れて行ったら行ってきます。でも、なぜ教えてくれるのですか?」

 こちらも手を貸しているとはいえ元は敵だ。

「俺達の世話をしてくれるってことなら、もっと人が必要だろ? 雇い主は逃げたし、少なくとも俺はあんたらには恨みはないからな」

 そこまで言うと自分の傷を手で押さえて「悔しいがまるで歯が立たなかった。近衛騎士団とやりあったなら当たり前だが、完敗だ」と、負けを認めていた。むしろ口の端を上げて「だが、俺は近衛騎士団と剣を交えたとずっと自慢できるな」と誇らしげですらあった。

 両親の寝室から出てきたトニが、アデリーに代わろうと言ってくれたので素直に男を託した。

「トニさん。その方が牢にここの使用人が閉じ込められていると教えてくれたので行ってきます」

 トニは自分の肩を借りる男を見て「本当か?」と、確認した。男はこの期に及んで嘘など吐く価値があるかと問い返した。

「なら、ダグマと行くといい。一人はダメだ」
「わかったわ。じゃあ、その方をお願いします」

 傭兵はアデリーよりトニに興味があるらしく、アデリーとトニの会話が終わるとトニに色々と質問をしていた。痛そうに時々顔を歪めさえするが、その表情は憧れの騎士に会った少年のように輝いていた。

 執務室にダグマを探しに行くと、どこからか持ってきたシーツでリルを包んていた。そこにはロセもいて、包むのを手伝っている。

「ダグマさん。ここの使用人が牢に閉じ込められているようなんです。一人で行かずにダグマさんと行けとトニさんに助言されました。行けますか?」

 しゃがんでいた二人はアデリーを見上げほぼ同時に行けると返事をした。ダグマは直ぐにロセを見て「なんでお前も行くんだよ」と返す。

「あら、だってそこにも怪我人がいるかもしれないじゃない。傭兵たちの治療は騎士団たちに任せたもの、私の出番は暫くないわ。それなら私も牢に行くべきでしょ?」
「止血とかしなくていいのか?」
「まずは傷口を洗って、その後布で止血するように言ったわよ。あなたの優秀な部下たちは止血くらいお手のものだって言ってたわ」
「まぁ、確かにな。じゃ、ここで死んでるリルは逃げ出さないし、皆で牢へと行くとするか」

 同情の余地はないとはいえ、裏切り者のリルに対して皆とても辛辣だ。チラリと盗み見たリルはやはりどこにでもいそうな普通の青年だった。

 三人で地下の牢へと赴いた。アデリーはここが昔から大嫌いだった。暗くて辛気臭くて、なんとなく怖いとすら思っていた。しかし、中にいる人たちを見て駆け寄った。

「みんな! 良かった、生きていたのね。ああ、ミーナ」

 料理番や馬番、それに下働きのミーナ。それ以外にも見知った顔があってアデリーは感激し、牢の柵を掴んでいた。

「アデリー様! 生きていると思ってましたよ」

 皆の表情が晴れ渡り、アデリーを柵越しに抱きしめようと寄ってきた。

「おいおい、焦るな。鍵は掛かってない。外からなら開くからちょっと場所を空けてくれ」

 ダグマに肩を持たれてアデリーは渋々皆と離れた。

「アデリー様、ゴードンが探しているわ。無事がわかって嬉しかったけど、直ぐに逃げて」

 鍵を開けてもらう間、ミーナが涙目でそう訴えた。それには首を振って、笑顔でアデリーが答える。

「こちらはダグマさんと言って、元近衛騎士団なの。ダグマさんたちがゴードンを追い払ってくれたからもう何の問題もないわ。それより、傷付いた傭兵の看護をお願いしたいのよ」

 ミーナは驚いて、一緒に捕まっている面々と顔を見合わせた。

「傭兵の? それってゴードンが雇っていた男たちですよね?」
「ええ。でも、ここにあなた達が居ることを教えてくれた人もいるのよ。出来れば改心してもらって領地を整えるのを手伝って貰いたいと思っているの」

 ここでダグマが扉を開けたので皆がどっと中から出てきて、交代でアデリーと再会を祝って抱き合った。

「私ね、ここの領地を継ぐことにしたの。だから、皆さんの力を貸して欲しい。まずは傭兵の看護をし、その中で働ける人から領内にある農地を世話してもらうって言うのはどうかしら」

 アデリーの説明にミーナは上目遣いでダグマを見て「元近衛騎士団なのですか?」と確認する。

「ああ、そうだ」
「何人いるのか存じませんが元近衛騎士団の方々も力をかしてくれるのでしょうか。傭兵の人がもしも暴れたりしたら……私共ではどうにもできませんから」
「ああ、半分位はここに残ってもらうつもりだ。だからそのあたりは心配ない」

 それを聞いて、アデリーも安心した。なんていったって、傭兵のあのあこがれの眼差しを見れば、元近衛騎士団の人が残ってさえくれればなんの問題もないだろう。

 そういう事ならと、取り急ぎ用事のない者たちは傭兵の看護のために両親の寝室へと向かっていった。ミーナはその場に留まり、アデリーに他の用事はないかと聞いてきた。

「紙と書くものを用意してもらいたいわ。これから領地をまわって、どれくらいの人手が必要か確認したいのよ。備蓄してある小麦粉はあるかしら? 飢えている人がいたら渡したいのだけど」

 そこまで言ったところでダグマが話しているところ悪いがと口を挟んできた。

「俺は王都に行く。その時、冬用の食糧を王に直談判してこよう」

 ダグマはここにずっと居てくれるものだと思っていたので、内心アデリーは動揺していた。

「王都に……行くのですか」
「ああ、実家にも野暮用があるし。ここには半分くらい人員を残し、残りの半分は廃城に住まわせる。そのへんもしっかりやっておかんとな」

 ここまできて、アデリーはハッとしてロセに顔を向けた。

「ロセ。もしかして、あなたも戻ってしまうの?」

 ロセは顔を傾けてから「残って欲しいなら残るわよ? アデリーは妹みたいなものだもの」と、ちょっと斜に構えて言った。

「心配するなアデリー。ここにはニコラスと数名住まわせる。俺も戻ってくるつもりだ。アデリーが戻って欲しいならな」

 ロセがダグマに「戻ってきて欲しいに決まってるわよ。当たり前じゃない。うちの妹を嫁に貰ってここに住みなさい」と、何故か話が飛躍してアデリーを赤面させる。

「あのあの……そんな」

 慌てるアデリーにダグマが「嫌なのか?」などというからそれはそれで困って「嫌だなんて、全然そんなことありません! あ、嫌じゃないというより──」と目が回りそうな勢いだ。

「じゃ、嫁に貰うか」

 そう言うと皆に背を向け、階段を上がり始めた。

「ちょっと! それって本気なの!?」

 ロセがダグマの背中に問いかけるとダグマは手をひらひら振って「男に二言はない」と言いながら姿を消した。

「あんなプロポーズある? いい男だからってまったく」

 ロセはそう怒るが、アデリーは頭の中が真っ白だった。そんなアデリーの横顔を見たミーナが「でも、アデリー様の心には届いたみたいです」と呟いた。

「ああ、アデリーってばダグマに心酔しちゃってるからね」
「なるほど。まぁ確かに素敵な人でした」

 ミーナとロセが目を合わせると笑って頷きあった。

「さぁ、忙しくなるわね」

 ロセが言いながらアデリーの背中を叩く。呆然としていたアデリーがそれで我に返った。

「そうだわ! 領地を見てまわる前にパンの仕込みをしなくちゃ」

 アデリーがそう言うと「そこなの? パン焼きの領主? 新しいわね」と、ロセが笑っていた。
 

おわり
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