廃城の泣き虫アデリー

今野綾

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廃城③

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 ダグマは廃城のいわば一階、その辺りの広い部屋を寝床にしているらしかった。そこは大きな炉があってテーブルも備わっている。想像するにどうやら厨房兼食堂らしい。ただ、その広間に場違いなベッドもあった。簡単なベッドに、シーツがかけられている。そこに少女は下ろされた。

「アデリー、この子の服を脱がせて寝かせてやれ。俺は水を運んでくる」

 言いながらアデリーの背負っていたカゴをダグマが持ち上げた。急に軽くなった背に、開放された鳥のようにバタバタとはばたいた。

「なんだ、そこまで重くないじゃないか」
「別に重いなんて言っておりませんから」

 重いなんて、口に出しては一度も言っていないはずだ。態度には出ていたとしても。

 ダグマは片方の眉を上げて面白いものを見たような顔をしたが、何も言わずにそのカゴをベッドの横に置いて出ていった。

 アデリーは疲れ切ってしびれた体を無理矢理動かして少女の元に跪いた。そばかすを散らした顔が赤い。息は細かく、胸も同じように忙しなく上下していた。

「あの、服を脱がすわね」

 アデリーは寝ている少女に話しかけながら服を脱がしていく。意識のない人の体はなかなか扱いにくい。筋を傷めてしまいそうで、服を脱がすという簡単な作業に汗だくになっていた。

「……誰?」

 掠れた声に弾かれて身を引くと、少女の瞼が痙攣し出す。

「私はアデリー。あなたを森で見つけたのよ。熱が高いみたいね」

 やっと開かれた瞼、目は宙を彷徨い、少女はゴクリと唾を飲んだ。

「水を……」
「今、取りに行ってくれてるわ」
「私の荷物」
「ここにあるから安心して」
「……開けて」

 他人の荷物を解くのは気が引けたが、何か確認したいものがあるのかもしれないとカゴの蓋を固定している紐を解いた。中を見ると乾燥した草やよくリンゴ酒などが入っている小ぶりの土瓶が何個も見て取れた。これに液体が入っているなら重いのも納得いく。

「西洋ヤナギ、白っぽい瓶」

 かぼそい声に頷いて中身を漁る。土瓶がいくつもあって交互に色を確認したが、どれも差がない。きっと室内で暗いから余計に見分けがつかないのだ。アデリーは瓶をとりあえず三つ抱えて外に出た。明るいところで見れば確かに一つ一つにやや差があった。何度か繰り返してから、やっとこの瓶が一番白っぽいというのを決めて、少女の元に戻った。すると桶に水をなみなみと汲んだダグマが同じく部屋に戻ってきた。

「こりゃすごい。薬を持っていたのか」
「薬だってどうしてわかるのですか」

 林檎酒や葡萄酒の小瓶だと言われたら、アデリーは素直にそっちを信じていただろう。常識からいって、薬は病人の症状に合わせて作ってもらうはずなのだ。だから、こんなにたくさんの薬を持っているのはおかしかった。

「それはまぁ、カゴから乾燥した薬草が顔を覗かせてるしな」

 確かにまだ煎じてはいない乾燥させた草が束ねられた状態で何個も入っていた。これが薬草なのかは判別できないが、乾燥させた草花は薬か香辛料か、二つに一つだ。他には用途はないだろう。

「それでアデリーの持ってるそれを飲ますのか?」
「たぶん」

 ダグマは桶を床に置き、椀を取ると水をすくってアデリーに渡した。

「起こしてやらんと水が良くない方に入るからな。よし、起こすぞ」

 ダグマは少女の背に手を入れて、押し上げるように起こしてやった。アデリーは持っていた椀を少女の口へと運ぶ。喉が渇いていたのだろう。ゴクゴクと喉を鳴らしている姿を見ていたアデリーは、まるでそれが水ではなく搾りたてのりんごジュースのように思えて羨ましくなってきた。一度そう想像すると甘い香りすら漂ってくるようだ。
 少女が椀の水を半分ほど飲んだところでアデリーの手を抑えた。そこで止めてほしいという合図だとわかり、アデリーは椀を傾けるのをやめた。するとさっき探し出した瓶を少女が指さすので、今度はそれに持ち替えて瓶を少女に手渡す。少女は腕に力を入れるのが難儀なようで、ひどくゆっくりとした動作で瓶の蓋を取り除いて匂いを嗅いだ。

「間違いないわ」

 呟くと目を瞑って、瓶の中身を口に流し入れた。苦痛に歪む顔に、アデリーも眉を寄せる。これまで薬が美味しかったことは一度もない。大抵は二度と体調を崩したくないと思わせるこの世の終わりみたいな味がする。少女が慌ててアデリーの持っていた椀に手を伸ばすので、水を欲していることを感じ取り、アデリーは残りを飲ませてあげた。

「ありがと……」

 少女が礼を言ったタイミングで、ダグマは支えるのをそっとやめて、再びベッドに体を戻してあげていた。

「薬師とはな。この辺りじゃ薬なんて手に入らんし、良かった」

 ダグマは立ち上がり少女のカゴの中身を何個か取り出して眺めながら言った。アデリーにはほとんどわからないものばかりだったが、最後にダグマが持ち上げた草は見覚えがあった。ラベンダーだ。それをダグマはベッドのシーツをめくって、三本ほど忍ばせる。

「今夜から虫に悩まされることなく眠れるな。ラベンダーには虫除け効果があるそうだ。ま、今夜はベッドに横になれそうもないが。それより、アデリー。お前の腹の虫を黙らせなきゃな」

 ダグマにまでアデリーの腹がずっと鳴っていたのが聞こえていたことに、顔が赤くなった。いつも父に「お前みたいに林檎もすぐに赤くなれば年がら年中食べられる」と笑われたものだった。
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