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廃城④
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薬を飲んで再び眠りに落ちていった少女の傍らで、アデリーはダグマの手伝いをすることになった。
「じゃあ、隣に貯蔵庫があるから何か適当に作ってくれ。何を使っても文句は言わん」
アデリーはダグマの言葉に再び赤面した。スカートの端を握り締めて、逃げられない羞恥に耐えながら口を開く。
「ごめんなさい。私はその……料理をすることが出来ません。いや、あの、掻き混ぜることくらいなら……」
正直に言わなければならなかった。隠してもいざ作ろうとしたらすぐに出来ないことはわかってしまうだろう。
「なるほどな。ま、そうだと思ったよ。炉の火を強くすることは出来るか?」
「それはできます。暖炉の火は扱ったことがありますから」
アデリーの返事にダグマは炉の近くに積んである枝を顎でしゃくって使えと示した。
「話は後だ。とりあえず、飯だ。お前の虫が夜中まで大騒ぎしかねんから」
アハハと豪快に笑いながらダグマは外へと出ていった。アデリーの腹は呼応するようにキュルルと騒いでいた。
笑われても三日ぶりの食事を想像したら、恥ずかしさより喜びに満たされて嬉しくなっていく。どんなに悲しくても、どんなに打ちのめされていても、腹は空く。飢えることは想像よりずっと苦しいことだった。
炉の横にぶら下げられていた火掻き棒を手に取ると、火種の近くに乾いた藁を押し込んだ。藁の上に枝を数本乗せてから、藁を押し上げ息を吹き込んで、やっと引火させた。アデリーにしては早く火を大きく出来たと思うが、そんなことで褒めてくれる人はもう誰も居ないのだ。
「火が付いたか。そしたらそのぶら下がってる鍋に水を入れてくれ。椀十杯分でいいだろう」
右手に塩漬けの肉を、左手に丸々としたキャベツを持ったダグマが現れた。
「料理なんてな、切って煮込んで出来上がりだ」
ダグマはキャベツを台に置くと屈んで水桶に椀を入れて掬い、肉の塩を落としていく。
「見てみろ。ここに排水を流すと下の川まで流れるんだ。ここの城は上水道と下水道が完備されていたらしい」
確かに岩に丸くくぼみがあり、そこに水を落とすと溝に流れて行く。こんなのは見たことがない。
「すごいです。ここはやはり元々はお城だったのですか?」
「砦か城か、まぁそのあたりだろうな。俺も廃墟になってから住み着いたから詳しくはわからないが」
「誰も使ってなかったわけですね」
話しながら水を移し終え手が空いていたら、キャベツを渡され洗えと指示された。新鮮なキャベツは瑞々しくて一枚ずつめくっていくと、キャベツ独特の青臭い香りがした。
「どこもかしこも手入れされてなくてガタガタだが、本来はかなり機能的なもんだったろうな。下水道だけは比較的傷んでなかったし、なんとか直して元の形を取り戻したが、あとは一人じゃ手が回らなくてな」
「あ! じゃあ、私がお手伝いします。手伝わせてください」
つい喜び勇んで手伝いをかって出たが、ダグマは大歓迎というわけではなかった。肉を軽く振り、水をきり、立ち上がる。
「アデリー。お前はどう見てもどこかの上流階級にいたようにしか思えん。帰らねば捜索隊がやってくるんじゃないのか」
アデリーは動きを止めた。
「いえ……帰る場所はありません」
込み上げてくる涙に顔をしかめてなんとか耐えようとした。
楽しく平和だった日々、家族で囲んだ食卓、それから不自由ない生活。人が羨むものを持っていたのだと知ったのは、それらを無くしてからだという皮肉なことだった。孤独な夜に号泣し、疲れ果てて眠れば朝日が昇って新しい一日が始まる。泣いていても腹は減り、アデリーは確かに生き延びていることを知るのだった。
「……家族は?」
「殺されたと聞きました……。トリダム領はご存知ですか?」
「さぁ」
広い領地に黄金色の麦が風を浴びて靡く、あの美しいトリダム領。農夫たちはアデリーを見かけると手を挙げて挨拶をしてくれた。もう二度とあの笑顔を見られないのだと思うとまた悲しみが襲う。もし隣がイリーヤ領でなかったら、イリーヤ領主ゴートンが居なかったら、アデリーはずっとあの地にいられたのだ。
「隣の領主に襲われて、父や母、そして兄も殺されたらしいのです。この目では見てませんが、そう教えられました」
あの日、アデリーはたまたま農夫のザリオの家で生まれた仔牛を見せてもらいに行っていた。そこに血相を変えて駆け込んできた屋敷の下働きミーナに逃げろと言われたのだ。
「大変です。領主様も、奥様も、それにアレク様も……屋敷の前でゴートンにより命を絶たれました。アデリー様はこれを持って逃げてください!」
ショックで血の気が引き身動き出来ないアデリーに、ミーナはズッシリと重い巾着を半ば押し付けるように持たせた。それをミーナは服の下に隠して行くように促すと、アデリーの手を両手で包み涙を浮かべてこう言った。
「二度と戻ってきてはなりません。ゴートンは貴方様を娶って領地を我が物にするつもりです。正式に権利を手に入れたらきっと──殺されるでしょう。アデリー様、これまで楽しい日々でございました。本当に本当にご家族様の為にも生き延びて幸せになってくださいませ」
まだ絶句しているアデリーの手を振り払ってミーナは屋敷の方へと駆け出していった。
「ミーナ!」
振り絞った声にミーナは振り返ることはなかった。いつの間にかやってきた農夫のザリオに肩を叩かれて、アデリーは驚き体を硬直させた。もう何が何だかわからなかった。
「アデリー様、ワシが知り合いの木こりの所まで連れていきます。さぁ、悲しんでる時間はない。生きていればいつかミーナにも、我々にもまた会えるはずですぜ。気を確かに持って。親というものは子にはなんとしてでも生きていて欲しいと思うもんです。さぁ」
その後、アデリーは村の人々に匿ってもらいながらなんとか捕まらずに領地を脱出し、あてもない逃亡生活を一週間ほど続けていたところだった。そして踏み入った森で倒れている少女を見つけたのだ。
「じゃあ、隣に貯蔵庫があるから何か適当に作ってくれ。何を使っても文句は言わん」
アデリーはダグマの言葉に再び赤面した。スカートの端を握り締めて、逃げられない羞恥に耐えながら口を開く。
「ごめんなさい。私はその……料理をすることが出来ません。いや、あの、掻き混ぜることくらいなら……」
正直に言わなければならなかった。隠してもいざ作ろうとしたらすぐに出来ないことはわかってしまうだろう。
「なるほどな。ま、そうだと思ったよ。炉の火を強くすることは出来るか?」
「それはできます。暖炉の火は扱ったことがありますから」
アデリーの返事にダグマは炉の近くに積んである枝を顎でしゃくって使えと示した。
「話は後だ。とりあえず、飯だ。お前の虫が夜中まで大騒ぎしかねんから」
アハハと豪快に笑いながらダグマは外へと出ていった。アデリーの腹は呼応するようにキュルルと騒いでいた。
笑われても三日ぶりの食事を想像したら、恥ずかしさより喜びに満たされて嬉しくなっていく。どんなに悲しくても、どんなに打ちのめされていても、腹は空く。飢えることは想像よりずっと苦しいことだった。
炉の横にぶら下げられていた火掻き棒を手に取ると、火種の近くに乾いた藁を押し込んだ。藁の上に枝を数本乗せてから、藁を押し上げ息を吹き込んで、やっと引火させた。アデリーにしては早く火を大きく出来たと思うが、そんなことで褒めてくれる人はもう誰も居ないのだ。
「火が付いたか。そしたらそのぶら下がってる鍋に水を入れてくれ。椀十杯分でいいだろう」
右手に塩漬けの肉を、左手に丸々としたキャベツを持ったダグマが現れた。
「料理なんてな、切って煮込んで出来上がりだ」
ダグマはキャベツを台に置くと屈んで水桶に椀を入れて掬い、肉の塩を落としていく。
「見てみろ。ここに排水を流すと下の川まで流れるんだ。ここの城は上水道と下水道が完備されていたらしい」
確かに岩に丸くくぼみがあり、そこに水を落とすと溝に流れて行く。こんなのは見たことがない。
「すごいです。ここはやはり元々はお城だったのですか?」
「砦か城か、まぁそのあたりだろうな。俺も廃墟になってから住み着いたから詳しくはわからないが」
「誰も使ってなかったわけですね」
話しながら水を移し終え手が空いていたら、キャベツを渡され洗えと指示された。新鮮なキャベツは瑞々しくて一枚ずつめくっていくと、キャベツ独特の青臭い香りがした。
「どこもかしこも手入れされてなくてガタガタだが、本来はかなり機能的なもんだったろうな。下水道だけは比較的傷んでなかったし、なんとか直して元の形を取り戻したが、あとは一人じゃ手が回らなくてな」
「あ! じゃあ、私がお手伝いします。手伝わせてください」
つい喜び勇んで手伝いをかって出たが、ダグマは大歓迎というわけではなかった。肉を軽く振り、水をきり、立ち上がる。
「アデリー。お前はどう見てもどこかの上流階級にいたようにしか思えん。帰らねば捜索隊がやってくるんじゃないのか」
アデリーは動きを止めた。
「いえ……帰る場所はありません」
込み上げてくる涙に顔をしかめてなんとか耐えようとした。
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「……家族は?」
「殺されたと聞きました……。トリダム領はご存知ですか?」
「さぁ」
広い領地に黄金色の麦が風を浴びて靡く、あの美しいトリダム領。農夫たちはアデリーを見かけると手を挙げて挨拶をしてくれた。もう二度とあの笑顔を見られないのだと思うとまた悲しみが襲う。もし隣がイリーヤ領でなかったら、イリーヤ領主ゴートンが居なかったら、アデリーはずっとあの地にいられたのだ。
「隣の領主に襲われて、父や母、そして兄も殺されたらしいのです。この目では見てませんが、そう教えられました」
あの日、アデリーはたまたま農夫のザリオの家で生まれた仔牛を見せてもらいに行っていた。そこに血相を変えて駆け込んできた屋敷の下働きミーナに逃げろと言われたのだ。
「大変です。領主様も、奥様も、それにアレク様も……屋敷の前でゴートンにより命を絶たれました。アデリー様はこれを持って逃げてください!」
ショックで血の気が引き身動き出来ないアデリーに、ミーナはズッシリと重い巾着を半ば押し付けるように持たせた。それをミーナは服の下に隠して行くように促すと、アデリーの手を両手で包み涙を浮かべてこう言った。
「二度と戻ってきてはなりません。ゴートンは貴方様を娶って領地を我が物にするつもりです。正式に権利を手に入れたらきっと──殺されるでしょう。アデリー様、これまで楽しい日々でございました。本当に本当にご家族様の為にも生き延びて幸せになってくださいませ」
まだ絶句しているアデリーの手を振り払ってミーナは屋敷の方へと駆け出していった。
「ミーナ!」
振り絞った声にミーナは振り返ることはなかった。いつの間にかやってきた農夫のザリオに肩を叩かれて、アデリーは驚き体を硬直させた。もう何が何だかわからなかった。
「アデリー様、ワシが知り合いの木こりの所まで連れていきます。さぁ、悲しんでる時間はない。生きていればいつかミーナにも、我々にもまた会えるはずですぜ。気を確かに持って。親というものは子にはなんとしてでも生きていて欲しいと思うもんです。さぁ」
その後、アデリーは村の人々に匿ってもらいながらなんとか捕まらずに領地を脱出し、あてもない逃亡生活を一週間ほど続けていたところだった。そして踏み入った森で倒れている少女を見つけたのだ。
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