廃城の泣き虫アデリー

今野綾

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廃城⑤

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 ことの次第を話すとダグマは持っていた肉を台に置いて、調理用ナイフを取り出してナイフを振り上げ、勢いよく振り下ろす。

「そういうイザコザはいつまで経ってもなくならんな。胸くそ悪い。それより、アデリーは家族を亡くした割には並の大人より冷静じゃないか」

 ダグマが豪快にナイフを振るうので肉片が飛び散っている。

「私は……生きなければなりませんから。それに、この目で家族の死を確認してません。もしかすると捕らわれているだけでまだ生きているかもしれませんもの」
「……そう誰かに言われたのか?」
「最後に匿ってくださった小さな村のお爺さんにそう言われました。希望を捨ててはならないと。私もその通りだと思って」

 バンバン叩くように切る合間に「余計なことを……」とダグマが言ったように聞こえたが、問い返す前に違うことを聞いてきた。

「で、その女が持ってきた巾着とやらは何が入ってたんだ?」

 アデリーはキャベツを置くと、服の下に隠し持っていた羊の革で作られた巾着を引っ張り出した。そして巾着を開けて中身をダグマの方へと見せた。

「おいおい、お前そういうもんを軽々しく他人に見せるな! 俺が極悪人で取り上げたらどうすんだ」

 アデリーは巾着の中身をじっと見つめてから、巾着の口を閉じた。金で出来た装飾品が雑多に詰め込まれていた。ルビーやサファイアがはめ込まれた物も入っている。

「ダグマさんは悪い人ではなさそうでしたから」

 切り終えた肉を横によけると、今度はアデリーの手からキャベツを受け取ってこれまた豪快に切っていく。今度は肉片の代わりに水滴が飛散している。

「いやいや、会って一日も経っていないのに俺を信用するっていうのか?」
「だって助けてほしいと言ったら一緒に来てくれたじゃありませんか」

 やれやれと呟いたダグマだったが、もう反論はしなかった。

「で、この先どうするつもりなんだ? それだけの金を持っているんなら、売りゃしばらくは生活できそうだが、アデリーは何か仕事にできることがあるのか?」

 幾晩も飢えに耐えながら、眠れない夜をやり過ごすために考えてきたことだった。このようなことが起きなかったら、どこか嫁に行き、妻として家を切り盛りして生きる人生だっただろう。きっと比較的裕福な家で平凡な毎日を送っていたに違いない。しかし、今はもうそんな未来は望めない。では、何ができるのだろうかと思考を巡らせたが、アデリーにできることはほんの少しの針仕事と、文字を読み書きできることくらいだった。

「針仕事を少し……」

 自信のなさから声が小さくなった。ダグマは鍋でポコポコと湯が沸き始めたことを確認し、切った肉と野菜を鍋に放り込んでいく。

「なるほどな、服なら作れるのか」
「あの……そうではなくて、ここを縫えと言われたら縫える程度です」

 一から生地を裁って縫うことはしたことがない。よって、縫えるというのは本当にただ縫えるだけだった。

「それはできるうちに入らんな」

 ダグマの正論に反論することなどできず、自分の不甲斐なさに涙を浮かべた。これは悲しくて泣いたのではない、本当になんて無能なんだと自らを恥じる涙だった。野良仕事や家畜の世話、料理だってできない。アデリーは生きていく術がまるでなかった。そこに横たわる同年代の少女は薬師らしい。これは本当に立派な職業だし、きっとたくさんのお金が稼げるはずだ。比較するととても惨めで泣きたくなったのだった。

「あの一応、読み書きはできます。大きな街に行けば何か職に就けないでしょうか」
「ああ、うーん、お前は女だからな。雇ってくれる人間がいれば食っていかれるかもしれないが、女が読み書きできるっていうのは案外──」
「嫌われますよね」

 ダグマの言葉を待たずに答えたアデリーはもううなだれるしかなかった。
 読み書きが出来る婦女は裕福な家庭にしかいない。しかも、基本的には仕事のために習得したわけではなく、教養という名の装飾品のようなものだった。だから、一般庶民に読み書き出来ると伝えれば嫌われると相場が決まっていた。

「ま、しばらくここに居てもいい。なんせ俺一人じゃ手が回らなくてやりたいことがまるでやれんし」

 弾かれたように顔を上げたアデリーとダグマは目が合った。ダグマはなんとも言えない表情で「やれやれ」と言うだけだったが、アデリーは飛び付きたいくらい嬉しかった。もう、狼の遠吠えに怯えて夜を過ごさなくていいし、雨が降っても寝床を求めて途方にくれなくていいのだ。なにより、一人は精神が疲労する。

「何でもやります! ありがとうございます。ダグマさん、ありがとうございます」

 ダグマは壁に杭で掛けてあった大さじを取るとアデリーにそれを渡した。

「それを忘れるなよ。働かざる者食うべからずだ」
「はい!」

 天を仰いだダグマが「俺を後悔させるなよ」と言って、桶に残った残りの水で手を勢いよく洗っていった。

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