廃城の泣き虫アデリー

今野綾

文字の大きさ
16 / 99
鍛冶屋ベニート

鍛冶屋ベニート①

しおりを挟む
 ロセの薬は効果てきめんで、翌日アデリーはスッキリとした目覚めにむしろ狼狽えてしまった。夜はまだ起き上がれなかったのに、朝になったらこれまでの辛さが嘘のように消え去って驚いてしまったのだ。

 隣の部屋で寝起きしているダグマが朝一番でやってきた時も、既に上半身を起こして呆然としていた。

「お! 起き上がれるようになったか」
「ダグマさん、おはようございます。薬が効いたみたいで驚くほど体が軽くなりました」

 喜びが抑えられず、ベッドから立ち上がろうとした。

「あ……」

 自分の姿を見下ろしたアデリーに、ダグマが口を隠し「今出てくよ。ま、下着姿くらい見慣れてるから気にするな」と肩で笑っていた。

「す、すいません」

 借り物の毛皮を胸まで引き上げてダグマが出ていくのを待った。ダグマが見えなくなって慌てて服を着込んでいく。ふと、袖にあしらわれた刺繍が目に留まり、袖をくるくると巻き上げていった。ロセの気持ちを少しでも刺激しないようにしたのだが、これはこれでかえって嫌味だろうかなどと考えると頭の中がグルグルする。完全に治ったと思ったが、頭痛が残っていたようだ。

(とにかく残りの薬を返してお礼を言わなきゃ。ロセと話す機会を作って、それから……)

 アデリーはもう領主の娘ではない。それに他の誰よりも稼ぐ術のない単なる何でもない人だった。だから、金持ちではないし、そういうことで嫌われているならいつか仲良く出来るかもしれない。

 身支度を整え、胸に土瓶を抱えて外へと出ると、大砦跡で馬車を見つけた。どうやら買い出しに行っていたカルロが戻ってきたようだ。栗毛色のカルロの馬がまだ馬車に繋がれたまま待っている。

 丁度、時を同じくしてカリーナが階段を降りていくところだった。カリーナも息子の帰りに気がついたらしい。

「母さん、ただいま!」

 馬車からひょっこり顔を出したカルロにカリーナが大げさに喜んで駆け寄っていく。
 温かい親子の光景に頬が緩むと共にアデリーの胸にはチクチクと痛みも走る。ほんの少し前まではアデリーにもあんなふうに喜んでくれる母がいて、あんな風に破顔して母を迎える兄もいた。

「あ! アデリー!」

 かなり上の階でもたもたしていたアデリーをカルロは目敏く見つけて手を振ってくれた。アデリーは物思いから覚めて手を振り返した。

「お帰りなさい!」

 思ったより声が出なかった。すると、カリーナがカルロに何か言い伝え、カルロは頷いた。

「元気になったのかい? 無理せずそこで待ってなよ。そっちに後から行くから」

 体調を崩していたことを教えられたらしいカルロは気遣ってくれたが、もうすっかり良くなったアデリーは「大丈夫、そっちに行くわ」と返して階段を下っていく。荷下ろしを手伝うつもりだった。

 階段の途中、ロセと鉢合わせをし互いにピタリと足を止めた。ロセも声を聞きつけて外へと出てきたのだろう。互いに目を見つめ合うが、アデリーはここで視線を外してはいけないと思い、持っていた土瓶を差し出して言う。

「昨日はどうもありがとう。お陰でとっても良くなったわ。本当にお代はいいの?」
「あら、私の服と交換するって言うならそれでいいわよ」

 土瓶を受け取りながらロセが敢えて意地悪く返してきた。でもアデリーにはその返事がとても理にかなっているように思えた。

「思いつかなかったわ。それでいいのなら交換しましょう」

 アデリーの財産は限られているし、背格好が近い二人だ、これ以上ない交換だった。けれどロセの方が呆気に取られたようで、ぽかんとしてから眉根を寄せていった。

「あなた、本気で言ってるの? 馬鹿なんじゃない?」
「どうして? とっても高価な薬でしょう? 洋服の交換で勘弁してもらえるなら有難いわ」

 ロセの着ている服は何も着色されていないシンプルなものだが、特に傷んでいるところもないしアデリーはその服を着ることに何の抵抗もなかった。

「こっちは亜麻よ。あなたのシャツはどう見ても絹じゃない。しかもその袖の刺繍、どれだけ価値があるかわかってる?」

 ロセの視線は捲り上げられた袖口に向けられていた。もちろん、見えないようにしてあるのだが、それでもロセは何度も目撃しているだろうからそこに刺繍があることは覚えているのだ。

「ええっと……正直言うと価値はわからないわ」

 目を白黒させてロセはため息をついてみせた。

「もういいわ。それにダグマと話してあなたに薬をあげることに同意したんだもの。後から代償を要求するなんて卑怯ってものだもの。私は特権階級の馬鹿な人たちみたいになりたくないわ」

 それは自分に向けられているのだと分かってつい「そうね、ごめんね」と言ってしまった。そうすると再びロセは大きなため息を吐いた。

「簡単に認めて謝ってんじゃないわよ。やる気失くすわ」

 踵を返して階段を駆け下りていくブロンドを瞬きしながら見ていると、背後からダグマがやってきた。

「態度が軟化してきたな、だんだん」

 それはロセの態度の事だろう。ただアデリーにはあまり変わってないように感じていたけれど。

「そうでしょうか?」
「どうだか?」
「え?」

 ダグマもロセもわけがわからない。ただ、ダグマは目尻に皺を浮かべ、横目でアデリーを見ながら笑って先に階段を下りていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...