美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾

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アイスグラスのリンゴ酒

アイスグラスのリンゴ酒7

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「そうか。代々子供に力が引き継がれるのは周知の事実。それが途中で切れた時、転生するという。だがこれは噂に過ぎず、記録がないのだ。特に我が国はもう長いこと親から子に引き継がれていっている。ストルカ国も同じだ。唯一防御カライズだけは受け継がれているのかいないのかもわからなかったのだ。これは防御カライズの主だけが国を持たなかったからではないかと言われている」

 話しながらエクトルは氷の器に次々とくぼみを作っていく。通路は寒く、器から垂れた水滴がエクトルの手を伝っていた。

「アリシャに力が転生したとなると、解明された点があるな。まずは転生時、宿主は生まれたばかりの子になると噂されていた。これはどうやら間違いのようだ。こんなことも言われたいたぞ。宿主に選ばれるのは土地の有力者一族であるとな」

 アヴリルがストルカ国から逃げてきたのも確かイライザ女王が子供を探していたからだった。

「有力者一族ですか」

「アリシャはどうだ」

「今より貧しい村に両親と暮らしていました。農業や手伝い、冬は服を作って卸したり。それほどひもじい思いはしませんでしたが、お金はなかったです」

「なるほどな。噂というのは憶測のみで作り上げていることが多いからな。嘘ばかりだ」

 エクトルは準備した三十ちかい氷を全部加工してくれた。冷えた器から落ちる水に晒され続けた指は暗がりでも判別できるほど赤くなっていた。

「終わりか」

 最後の一つをやり終えるとエクトルは濡れた手を振るった。アリシャはついその手を捕まえて自分のエプロンで水気を拭っていた。

 氷を掴んでいるような冷たさに思わず手にハァと温かい息を吹きかけてしまった。

「あ……ごめんなさい。あまりに冷たくて」

 エクトルは目を細めアリシャの手を、火を放ち続けていた手で覆った。

「アリシャの手も変わりないぞ?」

 言い終えてからアリシャがしたようにエクトルも熱い息を手に吹きかけた。

 エクトルの手はすべすべとしているが、アリシャのはガサガサだった。恥ずかしさに手を引っ込めようとするとエクトルがそれを許さなかった。

「温めているだけだ。逃げることはない」

「でも、ガサガサで恥ずかしいです……」

 最後は小声になっていた。

「働き者のいい手だ」

 男性より乾燥した手はどんなに慰めて貰っても恥ずかしいの一言に尽きる。恥ずかしさに顔が赤らむのは仕方ないことだが、とにかくなんとか自分の手を隠してしまいたかった。

「さて、このままベッドに連れていきたいが……」

 エクトルは、アリシャの荒れた手に唇を押し当て「ここで村を追い出されたら凍死してしまうからな」と、アリシャの手を放してくれた。

 通路でエクトルと別れたアリシャは料理部屋に戻り、薄いパンを焼き始めた。今回も塩漬け肉とチーズを中に入れるつもりだ。

 ズラリと炉にパン生地を並べると薄さも手伝って次々と色付いていく。

(もっともっと偉そうに踏ん反り返っていてくれれば──気なんか使わずにビシッとノーと言えるのに)

 あまりの単純作業についエクトルのことを振り返っていた。

 エクトルのことを知るたびに、心のタガが緩んでいく。それは恋愛感情ではなくて、警戒心が解けていくというのに近い。それなのに、エクトルがアリシャに好意を抱いていると勘違いしたままだから、アリシャはエドに悪いことをしている気持ちになっていく。

(何も悪いことはしてないのに、後ろめたいと思うのはどうかしてる。やましくない、やましくない)

 自身に言い聞かせて焼けたパンをテーブルの上に乗せていく。粗熱を取ってから肉とチーズを入れて巻く予定だ。

「あら? やだ、珍しい!」

 半分開けたままになっていた大広間へ続く扉から、何もかも知り尽くしていると言わんばかりの顔で丸々とした猫のキティーが現れたのだ。

「あ、キティー待っててね」

 アリシャはこの日のために用意しておいたキティー用のカゴを大急ぎで自室から運んできた。

 するとどうだろう、既に料理部屋からキティーの姿が消えていた。カゴを携えて広間に行ってみると暖炉の前で毛づくろい中だった。

「アリシャ。キティー顔を見せるのは普通のことかな?」

 レオが開け放たれたドアの奥、自室として使っている個室の中から声を掛けてきた。

「いえ、初めてだと思います。カゴを用意しておいたので取りに行ってました」

 アリシャが手作りのカゴを見せながら説明すると、レオが座っていた椅子から立ちあがった。

「嫌な予感がする。今夜から皆をここに住まわせよう。備えあれば憂いなしだ」

 しかし、個室は埋まっているし、二階も兵士達、ボリス、ジャンが寝泊まりしているお陰であまり空きがない。

「どうやって寝泊まりしてもらうのでしょうか」

「エクトルの部屋にイザクが移れば一部屋空く。どちらの部屋も床に板と藁を引き詰めればいい。空いた部屋にレゼナとアヴリル、リアナ。女たちの部屋からは机と椅子を出してしまおう。私の部屋も同じようにしてドクをいれるか」

 そうなるとほとんどの人が寝る場所を確保出来そうだ。残るのは男性が四人。

 レオはそこで顎髭を扱いて「カウンター辺りにベッドの枠を作るか……」と、カウンター周りの荷物を眺めて渋い顔をした。アリシャもそれはかなり難しいと感じた。カウンターを壊すのも手間がかかるし、とにかく荷物が山程あるのだから。
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