【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす

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悠久の王・キュリオ編

苦渋の決断

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 途中、キュリオが赤子を連れている姿を見かけた女官や侍女は、早急に準備した王の朝食に赤子のミルク、そして幼児服を手にふたつ下の階の執務室へと集う。

「この子の着替えを頼む」

 入室してきた女官のひとりへ彼女を預けると、キュリオは大きな窓の傍にある彫刻の美しい真っ白な机へと腰を下ろした。
 そして引き出しの中から上質な紙を数枚取り出し、手によく馴染んだ羽ペンの先へインクをつける。迷うことなく癖のない美しい文字をさらさらと書き連ねていくうち、彼は何かを思い出したように顔をあげた。

(あの子の特徴も記さねば伝わらないだろうな……)

 身を清められ、大人しくされるがままになっている彼女の姿をジッと観察してみる。

(――性別は女。
感情の発達からみて生後四~五ヶ月といったところか。……水蜜桃の花に似た柔らかい毛色の髪に大きな瞳が特徴的だな――)

 やがてこちらの視線に気づいた彼女は、花が咲いたような明るい笑顔を向けてきた。

「ふふっ」

 人の笑顔など見慣れているはずのキュリオが思わず目元をほころばせると、その様子をみていた女官や侍女が嬉しそうに両手を合わせ、はしゃぐように声をあげた。

「まぁまぁっ! この子、キュリオ様のお顔を覚えたみたいですわねっ」

「いまのやりとりなんて本当の親子のようだわっ!」

 あまり感情を表に出さない銀髪の王。その彼が純真無垢な赤子に心を許したとしても不思議はないが……
 確かに感じるのは、初めてキュリオに芽生えたであろう"例えようのない特別な感情"だった。
 無意識のうちにそれを感じとっている女官や侍女は、興奮冷めやらぬ様子で新たなる光景に嬌声をあげる。

「…………」

(……本当の親子のよう、か……)

 思わずペンを止めたキュリオは女官らの言葉に耳を傾けながらも相変わらず愛らしい彼女から目が離せないでいる。
 すると、この穏やかな空気にひとり悶々としていた大臣が我慢の限界といった様子で声をあげた。

「……っ恐れながらキュリオ様……!
赤子がヴァンパイアだったらどうなさるおつもりですか!?」

「……どういう意味だ」

 その発言を耳にした瞬間、表情を無くしたキュリオの眉がわずかにひそめられ、大臣の額には冷や汗がどっと流れる。

「ヴァ、ヴァンパイアは……人の、血を好みます。
赤子といえど、人を襲うようなことがあれば……キュリオ様が危険にさらされるのではと……っ!」

 大臣が優しいキュリオを心配している理由もそこだった。
 油断している彼の首元に噛みつき、命を落としてしまう可能性に怯え、気が気ではないのだ。

「それなら私が実証済みということになるな。昨夜この子に変化はなかった」

 ペンを置き、椅子に背を預けたキュリオ。彼は長い足を組み、片肘を付きながら大臣の質問に答える様子を構える。

「し、しかしっ……! 騙されているという可能性はございませんか!?
奴らはその姿を自由に変えることができると聞きます! もし赤子に化けて我々を油断させているだけだとしたら……っ!」

「なにをそんなに怯えている?」

「い、いえ……儂は……ただ……っ……」

 怯える大臣の姿にため息をついた王は引き出しから何かを取り出し、静かに立ち上がる。
 そしてふたりの会話に戸惑う女官らの間を抜け、大人しくソファに腰をおろしている赤子の前で片膝をついた。

「……こんなことはしたくはないが……」

 なにが起きているかわからない赤子はキュリオの顔をみて穏やかに微笑んでいる。
 無垢なその笑顔に胸を痛めながら、袖に隠したナイフを取り出す。

「……っ!?」

 その様子を目にした数人の侍女が血相を変え、慌てて駆け寄り赤子を守るように立ちふさがる。

「キュリオ様っ! いくらなんでもこんな小さな子に……っっ!!」

「どきなさい」

 キュリオは声を低くし、表情を変えぬままナイフを握りしめ距離を詰める。

「いやですっ!」

 決して動こうとしない侍女らのもとへ眉間に皺を寄せた女官がそっと彼女らの肩を抱き後ろに下がらせる。

「……なりません。キュリオ様の仰る通りになさい」

「……っ!」

 悲痛な面持ちの女官を見るに、自分たちと同じ気持ちなのだろうと理解した侍女。
 しかし、これから起きる惨劇に耐えられないといった様子の彼女らはバタバタと部屋をでていく。

 ――ゴクリ……

 緊張に顔をこわばらせた大臣が生唾を飲み込む音が響き――

「……すまないね」

 目を伏せたキュリオが手を動かすと、鋭利なナイフが柔らかい肌を滑り……やがて一筋の鮮血が滴り落ちた――。

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