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第一部
第12話 誰が毒を入れたのか?
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深夜に慌ただしく呼ばれた医師達は、ブランシュと公爵の症状は、毒による中毒症状だと思われる、と見立てた。
屋根裏のわたしの部屋は、主だった部屋からずいぶん離れている。階下の騒動に全く気付かず、心地良い疲れと幸福感に包まれて、呑気にすやすや眠っていた。
事の次第を知ったのは、朝食を運んできてくれたアリスタから、話を聞いてからだ。
その夜、何があったか話してくれたアリスタによると、公爵は幸いにも軽い症状で、一晩嘔吐に苦しんだのち、今朝方、ほとんど改善された。
ブランシュの方は、今も苦しんでいる様子で、医者の手当てを受けているらしい。
ブランシュのことが心配で、居ても立ってもおられず、急ぎブランシュの部屋に向かったが、ドアの前には顔立ちの整った金髪の騎士が二人、立っていた。
「決して、どなたもレディ・ブランシュのお部屋に入れてはならない、という指示を受けておりますので」
「申し訳ありませんが、このままお戻りください」
騎士達は、張り付いたような無表情で、冷然とそう繰り返すのみで、頑として会わせてもらえなかった。
会わせてもらったところで、わたしにできることなど何もなかっただろう。
それでも、ブランシュの容態が気掛かりで堪らなかった。
§
三日後。
アリスタの話すところによると、ノワゼット公爵が呼び集めた名医たちの手当ての甲斐あって、ブランシュは順調に回復した。
今では、ベッドに起き上がり、スープなどの他、飲みこみやすいものあれば、口にできていると聞き、ほっと胸を撫でおろす。
ノワゼット公爵は婚約者が完全に回復するまでは側にいたいからと、自身も病み上がりにも関わらず、屋敷に泊まり込みで、それはもう、献身的に介抱しているらしい。
ブランシュの部屋の前には信頼できる騎士を配置し、ブランシュの世話は公爵が連れてきた侍女が行い、料理は公爵家から運んできたものを毒見の上でブランシュが口にするという徹底ぶりらしい。
ブランシュが婚約者から深く愛されていることを改めて知り、わたしの胸はふわりと満たされた。
その夜、嵐がやって来た。
§
「どう思う? レクター?」
「……仰る通り、最も疑わしいのは、リリアーナというあの妹でしょう」
伯爵家の書斎で、マホガニーの椅子に座り、ノワゼット公爵は物憂げに琥珀色の液体が入ったグラスを傾けた。
屋敷の中は寝静まっているが、外では嵐が猛り狂い、激しい雨と風が書斎の窓に叩きつけられ、不吉な音を立てる。
雷鳴が轟き、時折、窓から差し込む雷光が、二人の厳しい顔つきを浮かび上がらせた。
「手分けして、家中の使用人全員に聞き取りをしましたが、あの日、この屋敷に出入りした者の中に、外部の人間を見かけたものはいませんでした」
「そうだな。料理人のモーリー含め、使用人のほとんどがブランシュの父である先代のロンサール伯爵の時代から勤め、ブランシュに忠誠を尽くし、心酔している。彼らが毒を盛るとは、考えにくいだろう」
「あの日に限らず、この屋敷の周りも公爵の周囲も、騎士が護衛しています。入り込む隙もなければ、屋敷を抜け出す隙もありません」
「つまり、……私とブランシュに毒を盛った者は、おそらく、今もこの屋敷の中にいる、ということだな」
公爵の目つきが鋭くなる。
そして、書斎机の上に広げられた新聞をトントン、と指で弾いた。
『犯人、いまだ目星はつかず? 第二騎士団団長ノワゼット公爵とレディ・ブランシュ毒殺未遂事件の真相は!?』という文字が踊る。
「あのリリアーナとかいう娘、なぜ夕食の席に遅れてきたのだろう。同じものを口にしながら、あの娘だけが無事だった。
……その上、この家の使用人たちは口を揃えて、あの娘が犯人だと言う。屋根裏に籠もり、怪しげな本を読み、毒の実験を繰り返していると言うじゃないか。
人嫌いの嫉妬深い魔女だとか噂される娘が、あの夕食の時だけ、やけに機嫌が良さそうだった。変だとわないか?」
「……はい。妙なほど、にやついていました。」
「あの殊勝な態度は演技で、毒を盛ってやった、という達成感による笑みだったとしたら……全て、説明がつく」
ノワゼット公爵の瞳が、怜悧な輝きを増す。
「妹にしてみれば、姉だけが幸せを掴むのが妬ましくて我慢ならなかったんだろう。
使用人たちが出迎えで手薄になった隙をついて、料理に毒を盛ったものの、毒の量を間違えたか、もしくは呼ばれた医者たちの腕が良かったか……。
殺し損ねたと知って、次はどう出るか。……奴らと通じていると思うか?」
「調べてみなければわかりませんが、あるいは。……レディ・ブランシュは、何か仰っていますか?」
「いや。ブランシュは心優しいからな。以前、妹のことを尋ねたが、『あの子の好きにさせてあげたい』と言っていた。きっと、妹を疑いもしていないだろう。だが……残念ながら、僕は、それほど優しくはない」
ノワゼット公爵は、酷薄な微笑を浮かべ、続けた。
「ブランシュを傷つけた者が誰で、どんな事情があろうとも、生まれてきたことを後悔させてやる。妹を失って、ブランシュは悲しむだろうが、僕がすぐに忘れさせるさ。どの道、あのような気味の悪い妹では、いない方がよっぽど幸せだろう」
公爵はグラスを揺らし、琥珀色の液体を一口飲んだ。
「……レクター、薄汚いドブネズミを始末しておいてくれ。」
アラン・ノワゼットは、整った顔立ちに冷徹な笑みをうっすら浮かべ、あっさりと言い放った。
「承知しました。ドブネズミは始末しておきます」
レクター・ウェインもまた、瞳に一片の感情も映さぬまま、あっさりと了承した。
屋根裏のわたしの部屋は、主だった部屋からずいぶん離れている。階下の騒動に全く気付かず、心地良い疲れと幸福感に包まれて、呑気にすやすや眠っていた。
事の次第を知ったのは、朝食を運んできてくれたアリスタから、話を聞いてからだ。
その夜、何があったか話してくれたアリスタによると、公爵は幸いにも軽い症状で、一晩嘔吐に苦しんだのち、今朝方、ほとんど改善された。
ブランシュの方は、今も苦しんでいる様子で、医者の手当てを受けているらしい。
ブランシュのことが心配で、居ても立ってもおられず、急ぎブランシュの部屋に向かったが、ドアの前には顔立ちの整った金髪の騎士が二人、立っていた。
「決して、どなたもレディ・ブランシュのお部屋に入れてはならない、という指示を受けておりますので」
「申し訳ありませんが、このままお戻りください」
騎士達は、張り付いたような無表情で、冷然とそう繰り返すのみで、頑として会わせてもらえなかった。
会わせてもらったところで、わたしにできることなど何もなかっただろう。
それでも、ブランシュの容態が気掛かりで堪らなかった。
§
三日後。
アリスタの話すところによると、ノワゼット公爵が呼び集めた名医たちの手当ての甲斐あって、ブランシュは順調に回復した。
今では、ベッドに起き上がり、スープなどの他、飲みこみやすいものあれば、口にできていると聞き、ほっと胸を撫でおろす。
ノワゼット公爵は婚約者が完全に回復するまでは側にいたいからと、自身も病み上がりにも関わらず、屋敷に泊まり込みで、それはもう、献身的に介抱しているらしい。
ブランシュの部屋の前には信頼できる騎士を配置し、ブランシュの世話は公爵が連れてきた侍女が行い、料理は公爵家から運んできたものを毒見の上でブランシュが口にするという徹底ぶりらしい。
ブランシュが婚約者から深く愛されていることを改めて知り、わたしの胸はふわりと満たされた。
その夜、嵐がやって来た。
§
「どう思う? レクター?」
「……仰る通り、最も疑わしいのは、リリアーナというあの妹でしょう」
伯爵家の書斎で、マホガニーの椅子に座り、ノワゼット公爵は物憂げに琥珀色の液体が入ったグラスを傾けた。
屋敷の中は寝静まっているが、外では嵐が猛り狂い、激しい雨と風が書斎の窓に叩きつけられ、不吉な音を立てる。
雷鳴が轟き、時折、窓から差し込む雷光が、二人の厳しい顔つきを浮かび上がらせた。
「手分けして、家中の使用人全員に聞き取りをしましたが、あの日、この屋敷に出入りした者の中に、外部の人間を見かけたものはいませんでした」
「そうだな。料理人のモーリー含め、使用人のほとんどがブランシュの父である先代のロンサール伯爵の時代から勤め、ブランシュに忠誠を尽くし、心酔している。彼らが毒を盛るとは、考えにくいだろう」
「あの日に限らず、この屋敷の周りも公爵の周囲も、騎士が護衛しています。入り込む隙もなければ、屋敷を抜け出す隙もありません」
「つまり、……私とブランシュに毒を盛った者は、おそらく、今もこの屋敷の中にいる、ということだな」
公爵の目つきが鋭くなる。
そして、書斎机の上に広げられた新聞をトントン、と指で弾いた。
『犯人、いまだ目星はつかず? 第二騎士団団長ノワゼット公爵とレディ・ブランシュ毒殺未遂事件の真相は!?』という文字が踊る。
「あのリリアーナとかいう娘、なぜ夕食の席に遅れてきたのだろう。同じものを口にしながら、あの娘だけが無事だった。
……その上、この家の使用人たちは口を揃えて、あの娘が犯人だと言う。屋根裏に籠もり、怪しげな本を読み、毒の実験を繰り返していると言うじゃないか。
人嫌いの嫉妬深い魔女だとか噂される娘が、あの夕食の時だけ、やけに機嫌が良さそうだった。変だとわないか?」
「……はい。妙なほど、にやついていました。」
「あの殊勝な態度は演技で、毒を盛ってやった、という達成感による笑みだったとしたら……全て、説明がつく」
ノワゼット公爵の瞳が、怜悧な輝きを増す。
「妹にしてみれば、姉だけが幸せを掴むのが妬ましくて我慢ならなかったんだろう。
使用人たちが出迎えで手薄になった隙をついて、料理に毒を盛ったものの、毒の量を間違えたか、もしくは呼ばれた医者たちの腕が良かったか……。
殺し損ねたと知って、次はどう出るか。……奴らと通じていると思うか?」
「調べてみなければわかりませんが、あるいは。……レディ・ブランシュは、何か仰っていますか?」
「いや。ブランシュは心優しいからな。以前、妹のことを尋ねたが、『あの子の好きにさせてあげたい』と言っていた。きっと、妹を疑いもしていないだろう。だが……残念ながら、僕は、それほど優しくはない」
ノワゼット公爵は、酷薄な微笑を浮かべ、続けた。
「ブランシュを傷つけた者が誰で、どんな事情があろうとも、生まれてきたことを後悔させてやる。妹を失って、ブランシュは悲しむだろうが、僕がすぐに忘れさせるさ。どの道、あのような気味の悪い妹では、いない方がよっぽど幸せだろう」
公爵はグラスを揺らし、琥珀色の液体を一口飲んだ。
「……レクター、薄汚いドブネズミを始末しておいてくれ。」
アラン・ノワゼットは、整った顔立ちに冷徹な笑みをうっすら浮かべ、あっさりと言い放った。
「承知しました。ドブネズミは始末しておきます」
レクター・ウェインもまた、瞳に一片の感情も映さぬまま、あっさりと了承した。
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