屋根裏の魔女、恋を忍ぶ

如月 安

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第一部

第47話 修道院からの手紙

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 いつものように早起きして掃除を済ませ、身支度を整えてから、屋根裏の自室でぼんやりと考えていた。

 今日はこの後、まだやるべきことがあるが、昨日の出来事が頭の中でぐるぐる渦巻き、落ち着かない。

 昨日は、よくわからない出来事に、多々、見舞われた。

 何らかの誤解が解けたようだが、それはつまり、もう、わたしは始末されないことになった、ということだろうか。
 昨日の様子では、初めのうち、公爵はまだ、わたしを疑っているようだった。
 それなのに、なぜ突然、気が変わったのだろう。・・・わからない。

 
 いや、・・・それは一旦、横に置いといて。

 ウェイン卿は、林の中で言葉を交わした後、優しい目をしてはいなかっただろうか・・・?
 しかも、その後、手を、繋いだ・・・ように、思う・・・?

 昨日の状況を何度も反芻するに、どうも、あれは幻覚ではなかったような・・・気がする。
 しかも、あれから部屋の前まで送ってくれたので、礼を述べた。
 すると、またあの壮絶に素敵な赤い瞳を細め、優しく微笑んで、

「お休みなさい、令嬢。」

 と言ったのである!

 いやいやー、流石にこれは夢オチだわ・・・、と思って、部屋に入ってから何度も手をつねってみたが、痛かった。

 つまり、夢ではない・・・?
 夢でもなければ、幻覚でもなかった、とすると・・・?
 おかしい・・・おかし過ぎるけど、本当の本当に現実・・・?
 
 そうなった理由はさっぱりわからないが、それは・・つまり、ウェイン卿は今現在、わたしのことを嫌っていない、ということだろうか。

 だらしなく緩む顔を隠したくて、ぼふん、と勢いよくクッションに顔を埋めると、ふふふ・・と、にやけた笑い声がくぐもる。

 もし、万が一、億が一、そうであるなら、嬉しい。

 飛び上がるほど、本当に飛べそうなほど、嬉しい。

 ただ嫌われていないというだけで、また、世界がぱっと明るく輝き出したような気がした。

 修道院に入ってからも、きっといい夢が見れるだろう。


 クッションから顔を上げ、窓辺に体を預けた。
 緩む頬をそのままに、何度も読み返した手紙を開く。
 唯一、こんなわたしを引き取っても良いと言ってくれた、北の最果ての修道院から届いたものだ。

 色々とつらつら書いてあったが、要約すると、来るものは拒まずという方針なので来たかったら来ても良い、とある。但し、寄付の額によって待遇は変わってくる、とかなんとか書いてあったが、まあ、これはどうでも良い。


 ・・・図書館には、もう行けなくなるな、と思う。あの天井までびっしりと本で埋め尽くされた癒しの空間には、ずっと救ってもらった。

 だけど、伯爵の実子でもないのに、ここで世話になりすぎた。
 思えば、いい人生だったようにも思う。屋根のある場所で、飢えることもなく、好きな本を読みながら、十七年も暮らすことができた。

 おまけに、最後の思い出に、ウェイン卿から微笑みかけてもらえた。

 新聞で読んだところでは、これから行く修道院に入るくらいなら、墓に入る方がまだましだとか、昼でも氷点下二十度以下の冬を越すのは困難だとか書いてあった。
 それが本当であってもなくても、この際、贅沢を言っていられる立場ではない。
 行ってみれば、意外と何とかなるかもしれない。

 そうと決まればと、もう荷造りは済ませた。

 一日も早く、できれば今日か明日にでも、ここを出よう。
 ブランシュには、汚点などひとつもない状態で、結婚式を挙げてもらいたかった。
 

 大事な手紙を丁寧に畳んでトランクに入れたところで、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 いつもアリスタが朝食を運んでくれる時間より、半時間ほども早い。

 返事をしてベール付きの帽子をかぶり、そっとドアを薄く開け、息を呑んだ。


 そこに立っていたのは、アラン・ノワゼット公爵、その人だった。

「おはようございます。レディ・リリアーナ。」

 ノワゼット公爵は貴公子然とした仕草で腰を折り、朗らかな笑顔で、挨拶の言葉を口にした。仕立ての良い黒の上下を身に纏い、騎士というより文士のようなその姿は、いつも通り優雅だ。

 後ろに付き人はおらず、一人である。

 心の底から、仰天した。

 紛うかたなき、公爵閣下。国王陛下の従兄弟。王宮騎士団団長。長きに渡り敵対していたハイドランジアとの関係に終止符を打った、歴史に名を残す切れ者の軍師。御父上は先代国王の弟君で、順位は低くとも王位継承権をも持つ。天上人。雲の上の人。

 そして、わたしを始末するよう、ウェイン卿に命じた人でもある。

 慌てて、扉を大きく開き、深く、頭を下げる。

 一体、何故、そんな人が一人で部屋にまで訪ねて来たのか、何一つ理由が思い当たらない。

「おはようございます。公爵様。昨日は、大変失礼をいたしました。」

 公爵は、慌てたように両手を顔の前で広げた。

「いや、それについては、僕の方に過失があったように思う。自分でも・・・普段はこんなミスはしないんだが。恋は盲目ってやつかも知れない。令嬢には、申し訳ないことをしたと思っています。さ、頭を上げて。」

 わたしは恐縮しながら、そろそろと頭を上げた。

 わたしにとっては、怖い人だったが、恋は盲目・・・ブランシュにとっては、最高のお相手だろう。
 ここを去っても、ブランシュの幸福を信じて、過ごすことができる。

「ついては、令嬢と二人きりで、少しお話させていただきたいのですが、構いませんか?」

「はい、もちろんでございます。どうぞ・・・」

「いや、令嬢のお部屋に入ったことがわかったら、レクターに殺されます。朝食の時間まで、庭園で散歩でもいかがです?」

 公爵は、昨夕とは打って変わった、穏やかな目をしていた。

 どうして、公爵がウェイン卿に殺されることになるのかわからなかったが、かしこまりました、と応えて、一緒に庭園を歩くことになった。
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