屋根裏の魔女、恋を忍ぶ

如月 安

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第一部

第90話 間違いさがし

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 「ほっほうー、なるほどー……」

 オデイエが、頷きながら笑う。

「二人きり。密室。美味しい食事。窓の向こうには、沈みかけた夕陽と静けさを増す海辺の景色。……それで?……隣じゃなくって、向かい座って?……テリーヌ食べて?……お疲れだろうから? 令嬢はもう休ませた、と」

 こくり、と頷くと、オデイエは叫んだ。

「……ああっ!! もうっ!! 何やってんですか!! どこの聖職者ですかっ!?」

「いや、しょうがない、しょうがないよ。あのウェイン卿だよ? 無感情冷凍人間。キング・オブ・変わり者騎士。それにしては頑張りましたよ! ねぇ!」

「……まあ、そうだな。人と置物の区別が、ようやくつき始めたんだ。それにしてはよくやった。むしろ、予想通りだ」

「…………」

(……人と置物の区別は流石についていた、と思う……)

 キャリエールとラッドの励ましの言葉に、そこはかとなく胸をえぐられながら、考える。


 柔らかな言葉遣い。優しい世界を映す瞳。
 
 幻じゃないことを確かめたくて、抱き寄せた体の温もり。掌で触れた、絹糸のような髪の滑らかな感触。甘く優しい香り。

 きっともう、一生忘れない。


 ……どこかで、間違えていなければ、

 自分のものにと望んでも、許されるような男になれていただろうか?

 
 §


 ハイドランジアから帰還する馬車の中で、ノワゼット公爵は言った。

『王都に戻ったら、望みの褒美が貰えるぞ。爵位でも何でも、貰えるものは貰っておけよ。子爵位か……ブルソールあたりに邪魔されても、陛下に直接頼めば、男爵位なら絶対に貰えるだろ』

『要りません』

『……またー、そんなこと言って。爵位、持っといたら得することあるよ? 将来、貴族の女の子と恋に落ちるかもよ?』

『あり得ません』

 辺境の子爵家での暮らしから、貴族には嫌悪感を抱いていた。
 あの時は、全く必要ないと思った。

(あの時、……素直に、貰っておけば)

 ただの騎士爵では、伯爵令嬢に手が届くわけない。求婚する権利すらない。
 これから手柄を立て、爵位を賜れたとしても、きっともう、間に合わない。



 聞かなくてもいいことを、つい、ぽつりと訊いてしまった。

『ロンサール伯爵と……ロブ卿も、令嬢を心配されて、伯爵邸に泊まり込んでらっしゃいました』

 ――  まあ、そうですか。

 あの人は、嬉しそうに頬を染めた。

『王都に戻られたら……どこか、行きたい場所はありますか?……ロブ卿とは、何処かへ行かれるお約束を?』

 頬を染めた彼女は、瞳を輝かせた。

 ――はい、ランブラーと一緒に、色々と考えてくださって、……珍しい本を沢山お持ちだそうで、今度、お屋敷にご招待してくださると、仰ってくださいました。

 そうですか、と言いながら、俺の方が、と思う。

 ――俺の方が、愛している。俺の方が、必要としている。俺の方が、命だって差し出せる。 

 俺の方が、もっと前に出逢っていたのに。 


§


「好きな、花……?」
「はい」

 目の前で、月の妖精は、子どもがするみたいに細い眉を寄せ、真剣に考えて見せる。

「……えっと、……申し訳ありません。……今は思いつきませんので、考えておきます」
「そうですか」
「はい」

 申し訳なさそうに、にこり、と笑いかけてくれる。人形のように可憐な顔に浮かぶのは、心からの笑顔じゃない。頬が引きつっている。

(……無理、させている)

 短い会話が終わると、ほっとしたように視線は逸らされる。


 王都に戻る馬車の中。
 はす向かいに座るリリアーナの視線は、車窓に向く。

『無感情冷凍人間』キャリエールに慰めるように言われた言葉が今頃、突き刺さる。

(……会話を弾ませるって、どうやるんだ……?)

 人付き合い……面倒がらずに、ちゃんとやっておけば良かった。

 ウィリアム・ロブに向けていた、花が咲き零れるような笑顔を思い出す。


 気ばかり焦る。

 王都に戻り程なくして、リリアーナは誰かの求婚を受けるだろう。

 これから先、伯爵邸を訪れて、運良く会えたとする。

 その隣には、別の男が立っている。

 リリアーナは、その男を潤んだ瞳で見上げる。頬を染めて、微笑みかける。その男にだけ聴こえるように、砂糖菓子のように甘い声は囁かれる。
 細く白い指は、男の腕に置かれていて、男は、柔らかく艶やかな黒髪を愛おしむように撫でる。

 俺は、とても耐えられない。

 嫉妬に身を焦がし、手足がもぎ取られるような苦しみに苛まれながら、それでも、微笑んでみせるだろうか?
   
 欲しい、欲しいと、溢れる心に蓋をして。


「……好きな、食べ物?」
「はい」

「ええっと……そうですね……」

 目の前の妖精は、困ったような顔をする。ぱちぱちと、夜空みたいな瞳を縁取る長い睫毛を瞬かせる。

「あの……今は思い付きませんので……考えておきます」
「はい」

 ずっと見ていたいと焦がれる顔は、申し訳なさそうに眉尻を下げ、無理して微笑んで見せて、また窓の方を向く。

(……もう今更、話したくなんか、ないか)


『あのー……ウェイン卿?』

 初めて会った日、リリアーナは、俺に話し掛けた。

 あの時、くだらない、面倒だな、と思ったことだけは、覚えている。何を言われたのか、それすら、覚えていない。

(もう、今更だって、本当は、わかっている)

 あの時、彼女は俺の本当の目的を知っていたのだから、俺に興味があった訳でも何でもない。それでも……

 それでも、あの時、あの質問に答えていたら、何か、違っていただろうか?
 また、話し掛けてくれただろうか?

 くだらなくて、しょうもなくて、どうでもいいのに、たまらなく世界を輝かせる、他愛ないことを、嬉しそうに笑って。

(今なら、わかる)

 あの時、俺が取り零したのは、この灰色の人生に、奇跡が起きた瞬間だった。

 
 
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