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恋の匂い
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風がビュンビュンと頬に当たって痛いくらいだった。
こうなると、ますます巣に持ち帰られる餌の気分なんだけど。
「ヴェル! なにか急用?」
来るときはもっとゆったり飛んでいたのに、やけに急いでいる。
思い当たるとすれば……、俺の服かな?
日暮れまでには崩れ落ちるとか言われたけど、思ったよりも早まりそうなのか。
不安になっていたら、ヴェルの羽ばたきがゆったりしたものに変わった。
帰ったら改めてお礼をと思っていたのだけど、ヴェルは洞窟に着くなり、俺を寝床へ運んだ。
そしてそのまま俺をのぞき込んだので、やけに距離が近い。
くらくらするのはヴェルが発する甘い香りのせいなのか、鷲掴みで運ばれたせいなのか、自分でもよくわからない。
留守番をしていた小精霊たちが、ヴェルに気づいて蜜を吸う蝶みたいに群がった。
「ヴェル……?」
俺は伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめた。
知らない人、みたいだ。
いつもの優しいまなざしと全然違う。もっと射抜かれそうな強い瞳だ。
オレンジの瞳の中央。青い虹彩がいつもよりも大きく見えた。
こんな目で見られたことがない。――誰にも。
「ルアーカ」
彼の唇に目が吸い寄せられた。
今、ヴェル、舌なめずりをした?
ヴェルは指先で俺の頬に触れたかと思うと、きつく抱きしめ、首筋から耳にかけて嗅いだ。
「え、なに!? くさい?」
すると彼はふっと顔を上げまた俺をのぞき込む。
やっぱり、ヴェル、変だ。
心臓がバクバクして苦しい。俺はギュッと目をつぶった。
「いつの間にか、大人になったんだな」
「なんのこと? いや、もちろん、もともと大人だけど!」
「あの時……、おまえから恋の匂いがした」
「ヴェル、何言って……」
思わず目を見開いたはいいけれど、ヴェルはまだ俺に視線を注いでいて、俺はとっさに腕で顔を隠した。
一瞬で脳裏に焼き付いてしまった。寄せられた眉、瞬きした瞬間のどこか気だるげなまなざし、もの言いたげにわずかに開かれた唇。
色っぽい、などと思ってしまった罪悪感。それに、失恋の瞬間を見られていたいう気詰まりさ。
一気にのどに渇きを覚えた。
「あ、あれはさ――」
どうにかごまかそうとした途端、彼は顔を背けて立ち上がった。
そしてこちらを見ないまま言った。
「あの男に、発情したのか」
一瞬、言葉を取り違えたのかと思った。そのくらい突拍子もないことを言われた。
「え!? 発情!? してないよ」
「おまえは私が育てたひなだ」
「う、うん」
困惑しつつも、俺は頷いた。
ヴェルの周りに炎が見える。
小精霊たちが、宥めるつもりかグルグルあたりを飛び交った。
俺は言葉を探した。
「でも、イシャズは」
俺が彼の名を口にした途端、ヴェルの周りの炎はひときわ大きく燃え上がった。
「あっ!」
と思った時には、小精霊の一匹がそれに巻き込まれて、ジュッと音を立てて炎に溶けていった。
それを見ていたはずなのに、他の数匹もフラフラとつられたように炎に近づき、焼かれてしまう。
どうして自ら飛び込むんだ――?
いや、尋ねなくてもわかる気がする。ヴェルと一つになれるならそれでも構わないんだ。
本当は俺も今すぐ、彼の胸に縋り付きたくてうずうずしている。
だけど燃えてしまうのは寂しい。それに、ヴェルが一人になってしまう。
その時、俺が思い出したのはリィの言葉だった。
『ヴェルはキミをタベチャウつもりなんだ』
あの時は、何を言ってるんだろうって思ったけれど……。
こういうことだったんだ。
「ヴェル、俺を食べるの? そのつもりで拾ったの?」
尋ねると、ヴェルの炎が揺らいで勢いが弱まる。
「いや、最初はただ、死にゆくおまえが哀れで」
俺はそっと立ち上がり、彼の前に回り込んだ。すると、ヴェルのほうが俺に触れるのを恐れるように後ずさりした。
やっぱり、ヴェルも迷っているんだ。
「だよね、食べ頃を楽しみにしていたんなら、もっと喜ぶはずだし」
自分で言った言葉がおかしくて、俺は微笑んだ。
「ルアーカ、おまえは可愛い」
「そ、そう……?」
「だが、おまえはあの男に発情した。おまえを取られるくらいなら、このまま私の糧にするほうがいい」
そんな悲しそうな顔で言われたら、ますます放っておけなくて俺は彼に手を伸ばした。
ヴェルはハッと目を見開き、次の瞬間顔を覆った。
こうなると、ますます巣に持ち帰られる餌の気分なんだけど。
「ヴェル! なにか急用?」
来るときはもっとゆったり飛んでいたのに、やけに急いでいる。
思い当たるとすれば……、俺の服かな?
日暮れまでには崩れ落ちるとか言われたけど、思ったよりも早まりそうなのか。
不安になっていたら、ヴェルの羽ばたきがゆったりしたものに変わった。
帰ったら改めてお礼をと思っていたのだけど、ヴェルは洞窟に着くなり、俺を寝床へ運んだ。
そしてそのまま俺をのぞき込んだので、やけに距離が近い。
くらくらするのはヴェルが発する甘い香りのせいなのか、鷲掴みで運ばれたせいなのか、自分でもよくわからない。
留守番をしていた小精霊たちが、ヴェルに気づいて蜜を吸う蝶みたいに群がった。
「ヴェル……?」
俺は伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめた。
知らない人、みたいだ。
いつもの優しいまなざしと全然違う。もっと射抜かれそうな強い瞳だ。
オレンジの瞳の中央。青い虹彩がいつもよりも大きく見えた。
こんな目で見られたことがない。――誰にも。
「ルアーカ」
彼の唇に目が吸い寄せられた。
今、ヴェル、舌なめずりをした?
ヴェルは指先で俺の頬に触れたかと思うと、きつく抱きしめ、首筋から耳にかけて嗅いだ。
「え、なに!? くさい?」
すると彼はふっと顔を上げまた俺をのぞき込む。
やっぱり、ヴェル、変だ。
心臓がバクバクして苦しい。俺はギュッと目をつぶった。
「いつの間にか、大人になったんだな」
「なんのこと? いや、もちろん、もともと大人だけど!」
「あの時……、おまえから恋の匂いがした」
「ヴェル、何言って……」
思わず目を見開いたはいいけれど、ヴェルはまだ俺に視線を注いでいて、俺はとっさに腕で顔を隠した。
一瞬で脳裏に焼き付いてしまった。寄せられた眉、瞬きした瞬間のどこか気だるげなまなざし、もの言いたげにわずかに開かれた唇。
色っぽい、などと思ってしまった罪悪感。それに、失恋の瞬間を見られていたいう気詰まりさ。
一気にのどに渇きを覚えた。
「あ、あれはさ――」
どうにかごまかそうとした途端、彼は顔を背けて立ち上がった。
そしてこちらを見ないまま言った。
「あの男に、発情したのか」
一瞬、言葉を取り違えたのかと思った。そのくらい突拍子もないことを言われた。
「え!? 発情!? してないよ」
「おまえは私が育てたひなだ」
「う、うん」
困惑しつつも、俺は頷いた。
ヴェルの周りに炎が見える。
小精霊たちが、宥めるつもりかグルグルあたりを飛び交った。
俺は言葉を探した。
「でも、イシャズは」
俺が彼の名を口にした途端、ヴェルの周りの炎はひときわ大きく燃え上がった。
「あっ!」
と思った時には、小精霊の一匹がそれに巻き込まれて、ジュッと音を立てて炎に溶けていった。
それを見ていたはずなのに、他の数匹もフラフラとつられたように炎に近づき、焼かれてしまう。
どうして自ら飛び込むんだ――?
いや、尋ねなくてもわかる気がする。ヴェルと一つになれるならそれでも構わないんだ。
本当は俺も今すぐ、彼の胸に縋り付きたくてうずうずしている。
だけど燃えてしまうのは寂しい。それに、ヴェルが一人になってしまう。
その時、俺が思い出したのはリィの言葉だった。
『ヴェルはキミをタベチャウつもりなんだ』
あの時は、何を言ってるんだろうって思ったけれど……。
こういうことだったんだ。
「ヴェル、俺を食べるの? そのつもりで拾ったの?」
尋ねると、ヴェルの炎が揺らいで勢いが弱まる。
「いや、最初はただ、死にゆくおまえが哀れで」
俺はそっと立ち上がり、彼の前に回り込んだ。すると、ヴェルのほうが俺に触れるのを恐れるように後ずさりした。
やっぱり、ヴェルも迷っているんだ。
「だよね、食べ頃を楽しみにしていたんなら、もっと喜ぶはずだし」
自分で言った言葉がおかしくて、俺は微笑んだ。
「ルアーカ、おまえは可愛い」
「そ、そう……?」
「だが、おまえはあの男に発情した。おまえを取られるくらいなら、このまま私の糧にするほうがいい」
そんな悲しそうな顔で言われたら、ますます放っておけなくて俺は彼に手を伸ばした。
ヴェルはハッと目を見開き、次の瞬間顔を覆った。
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