中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた

Mr.Six

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13話 宿の晩餐

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 木製の受付カウンターが構えられたその空間は、広いイートインスペースのような雰囲気を持っていた。受付前には木製の丸いテーブルと椅子のセットが、均等に4つ並べられている。窓の近くには小さな白い植木鉢に飾られた多肉植物が置かれ、壁にはこの宿ができた当初の絵が額縁に飾られており、天井には暖色色の電球で店内は暖かく照らされている。

 左側には二階に続く階段、右側にはリト君たち家族が住んでいるであろう部屋へ続く扉があり、そこには『NO ENTRY』の文字が張られている。床には木の板がぎっしりと敷き詰められており、歩くたびにミシィ……と軋む音がどこか家に帰ってきたと感じさせるような雰囲気を醸し出している。

「なぁ~に!? お金が無いだぁ?」

 宿内に怒号が響き渡る。俺は静かに視線を落とし、「申し訳ありません」と呟きながら、ゆっくりと頭を下げた。まるで床まで怯えるかのように、ギシギシと軋む音を立てる。

 俺は椅子に座らされたまま、リト君のパパにお金が無いことを叱られている最中だった。その話を聞いたリト君も、驚いたように目を見開いている。

 だが、このとき俺の頭を占めていたのは、怒られることへの恐怖ではなかった。もっと根本的で――そして、言い出しづらい問題があった。

 この世界の人間ではないことを、いつか伝える必要があるということだった。

 転生したという確信は、最初にゾンビに遭遇した瞬間にすでにあった。とはいえ、それを彼らに話したところで、信じてもらえるとは思えない。……いや、絶対に無理だ。俺自身だって、いきなり目の前に現れた他人が『転生者です』なんて言ったら信じられるはずがない。

 だが、今こうしてここにいる。これが何よりの証拠でもある。……だけど、証明はできない。どう説明すればいい? どう伝えれば納得してもらえる?

 そんな考えが頭の中をぐるぐると巡っている中、リト君のパパは両手を腰に当て、大きなため息をついた――。

「ったく、お金はないわ、息子は連れまわすわ……とんだ非常識な大人だな。一体どこの町のもんだ?」

 まさかの彼からのナイスなパスが飛び出した。ここで、自然と『実は、別の世界から……』と伝えれるチャンス!

 ……なのだが、高圧的な態度をとる彼の前で俺はしどろもどろで、まともに受け答えすることができず。しばらく硬直した後、絞り出すように答えた。

「すみませんが、お金は……”円”でしょうか?」

 正直、自分でも何を言おうとしているのかわからない。なんという質問返し……元営業マンとは思えない会話だな。彼らも意味が理解できず親子そろって口がポカンと開いていた。

「エン? なんだそりゃ、新手の必殺技か?」

 彼は首を傾げ、不思議そうに俺を見つめていると、リト君がポッケの中をゴソゴソと探ると1枚の銅でできているであろうコインを取り出し、掌に乗せると、俺にもしっかり見えるように差し出してきた。

「ユウタおじさん、これが銅貨ってやつです。あとは銀貨と金貨というのがあるんですけど、ごめんなさい、今は持ってないです」

 どうやらリト君が見せてくれたのはこの世界の通貨のようだな。その光景を見て、何かを察したのか、リト君のパパは険しい表情から真剣な面持ちに変わり、椅子を引いて、ドカッと音を立てるように座った。

「俺の名前はアルフレッドだ。アンタ……ナカシマユウタだったな。この辺じゃ珍しい名前だと思ってたんだが……もしかしてこの国のもんじゃないな? アンタの国じゃ、お金は”エン”って言うんだろ?」

 腕を組み、そう聞いて来るアルフレッドさんの顔からは、さっきまでの怖さは一切感じなくなっていた。そのままアルフレッドさんは話しを続ける。

「そもそも、森に住んでいるといったが、あそこは無人の森だぞ? まさか別の世界から来た……とは言わねぇよな?」

 俺は核心突かれたようで、ビクッと反応してしまい、下を向いたまま、視線を泳がせる。しばらく黙っている俺を見ていたアルフレッドさんは、口角をぴくっと上げて、眉をひそめる。

「……まじ?」

 覗き込むように俺に視線を送り続けるアルフレッドさんに、俺は顔をゆっくり上げた。すると、この空気を変えるようにリト君が会話に入ってきた。

「ねぇ、パパ。ユウタおじさんね、凄いんだよ! 物をね、消したり出したりできるんだよ!?」

「あぁ? 何言ってんだ。そんなことできるわけが……――」

「あぁ、いや。それができるんです」

 俺はインベントリを開き、リト君に渡すはずの石炭をテーブルの上に一つずつ取り出した。

 ポンッ……ポンッ……

 次々とテーブルの上に並べられていく石炭、絵面はシュールだが、煙のように突然空間に現れる石炭を前に、アルフレッドさんの椅子を倒して立ち上がり、少しずつ驚きの表情に変わっていく。

「ちょ、ちょっと待って!? え、どんだけ出すんだ?」

 俺はアルフレッドさんの言葉を無視して、テーブルの上に積めなくなった石炭を今度は床に置き始める。さすがのリト君もこんなに回収していたとは思っていなかったようで、親子そろって、口をポカンを開けていた。そして、最後の石炭を手に取りだした。

「これで石炭は最後です……」

 俺は最後の石炭を、床に積み上げられた石炭の山の上にそっと乗せる。目の前には、ごつごつとした不揃いの石炭が腰を超える高さまで積み上がり、まるで粗削りなピラミッドのようだ。アルフレッドさんは、その石炭の山を舐めまわすようにじっと見つめている。


「こりゃ……宿で使用している一か月分ぐらいあるぞ。アンタ、これをどうやって?」

 俺は頭を掻き、はにかみながら答える。

「いや、実は俺にもわからないんです……気づいたらこういうことができてしまって」

「なんだそりゃ……――」

「ねっ? 凄いでしょ? ユウタおじさんこんなことできるんだよ?」

 まるで自分の技かのようにリト君がアルフレッドさんに目を輝かせながら説明をする。君もさっきまで驚いていたくせに……。と、思ったが口にするのは止めておこう。積まれた石炭を眺めながら、落ち着きを取り戻したアルフレッドさんは倒れた椅子を直し、ゆっくりと椅子に腰かけた。

「まぁ、分かったのは……アンタは悪い人じゃないってことだな。息子の仕事の手伝いをしてくれたわけだ、それに関しては礼を言わせてもらおう。ありがとうな」

 そう言いながら、アルフレッドさんは指で鼻をこすった。俺はホッと肩を撫でおろした。アルフレッドさんは「リト、この石炭運んでおけよ」と指先でリト君に伝え、リト君は袋を取り出して、慣れた手つきで石炭を袋に詰めていく。

「いえ、こちらこそ……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 俺は再度、謝罪の意を示すため、ゆっくりと頭を下げた。アルフレッドさんは山のように積まれた石炭に何度か視線を送った後、目を細め、そしてゆっくりと深いため息を吐いた。

「だが……まさか、別の世界があるとはな……信じられん話だ。とりあえず、今日はもう遅い。夜は危ないから泊まっていきな」

 そういってアルフレッドさんはゆっくりと立ち上がった。てっきり追い返されると思っていた俺は、スッと立ち上がり、姿勢を正して頭を下げる。

「すみません、ありがとうございます」

「あぁ、そういうのはよしてくれ。別に善意じゃねぇ、これだけの石炭を持って帰ってきたんだ。この石炭が通貨替代わりなだけだ、それとアンタご飯は食べたのか?」

 アルフレッドさんは手のひらをこちらに向け、左右に振った。本人は善意ではないと言っているが、恐らくこの人は不器用だけど優しい人なんだなと胸中にしまい込むことにした。しかし、アルフレッドさんに「ご飯まだか」といわれると、途端にお腹がグウゥゥと鳴る――鳴るなよ……と心の中で突っ込んだ。

「あ、いえ。まだです」

「なら、なんか作ってやるよ。ちょっと待ってな」

 そういって彼は受付カウンターの奥、厨房の扉をくぐっていった。リト君はせっせと石炭を袋に詰めている。俺はといえば、手持ち無沙汰で椅子に座ったままモジモジ……。何か手伝った方がいいんじゃないかと立ちかけたその時、厨房からひょこっとアルフレッドさんが顔を出した。

「いいか? リトの仕事は奪うなよ? どうせアンタ、今日リトに石炭掘らせてないんだろ? リトの服が汚れてねぇからな」

 鳩が豆鉄砲を喰らうとはまさにこのこと。まるで洞窟で見ていたかのような正確さに、俺は思わず苦笑いを浮かべた。……やっぱり親ってすごいな。少しして、石炭の袋詰めも終わったようで、リト君が俺の向かいにちょこんと腰を下ろす。足をパタパタとさせながら、待ちきれない様子でテーブルを見つめていた。

 やがて、アルフレッドさんが再び姿を現す。両手には香ばしい湯気を立てる皿が二つ、ふんわりと焼き上げられたパンの隣には、ぷるんと半熟の黄身が揺れる目玉焼きと、ジュッという音がまだ残っていそうなベーコン。カリカリの縁からは、香ばしい脂の香りがふわりと立ちのぼる。素朴だけど丁寧に盛られたその皿から、宿の温かな空気がしんと伝わってくるようだった。

「ほら、半熟でも大丈夫か? さっさと食ってくれよ。アンタの部屋も準備しなくちゃいけねぇんだからな」

 ドンッと置かれた料理を目の前にして、俺の口内はすでに涎が渋滞しており、思わず零れ落ちそうだ。アルフレッドさんはエプロンのポケットからナイフとフォークを取り出して机に並べ、リト君は待ちきれずにパンを手で一口大にちぎると、美味しそうに頬張った。まさか、こっちの世界でベーコンエッグが食べられる日が来るとは……。リト君の後を追うように俺もパンを一口大にちぎって口に頬張る。

「う……美味いぃ!」

 なんだこの美味しさ! パンが熱々で、口いっぱいに広がる芳醇なバターの香り……これは、パンの生地にバターを練りこんでいるのか? 噛みしめるたびに鼻を吹き抜けるバターと小麦の総攻撃に、俺はすでにこのパンの虜になってしまったぞ。だが、待て、まだベーコンエッグという総大将が待っている。俺は机に並べられたナイフとフォークを手に取り、ベーコンにナイフを入れた。

 カリッ……

 カリッ……だと? このベーコン、音だけで俺を攻撃してくるというのか? ナイフを入れただけで溢れ出す肉汁から、香ばしい脂の匂いが鼻を伝って脳内に奇襲攻撃を仕掛けてきやがる。俺の脳はすでにノックアウト寸前、落ち着いて切り分けたベーコンをフォークで刺して、豪快に口に運んだ。

「ほほ♪」

 思わず声が漏れ出す。ブシュッと弾けるように肉汁が口の中で暴れ回る。ベーコンの味もさることながら、この肉汁……中までしっかり火を通している証拠だ。弾力のあるベーコンを噛む音で耳まで周囲の音を遮断して食べることに集中してるみたいだ。こんなの……目玉焼きで俺は完全に意識を失ってしまうんじゃないかと思ってしまう程だ。

 目玉焼きは白身をこんがりと焼きあげ、黄身は半熟。不味いわけがない。俺は黄身をフォークで軽く潰し、パンを一口大にちぎってパンに黄身を塗り込んだ。ついでに白身も少し上に乗せて、大口を開けて迎え撃つ。

「あぁ~、うん。最強♪」

 あ~強い。もう、強い。バター、パン、卵の三重奏に勝てるはずがない。もう降参です、好きにしてください。卵の濃厚な味が、バターとパンをマイルドな味に変化させ、これでもかと言わんばかりに脳に刺激を送り続ける。食べれば食べるほど涎が溢れ出すのはどういう原理だ? 誰か教えてくれ。

 俺は最後の楽しみとして、パンの上にすべての食材を乗せた。まずパンを二つに分ける、片方のパンにベーコンを乗せて、その上に白身と黄身を慎重に乗せ、皿についた黄身をもう片方のパンで寄せて、サンドする。脳が信号を送る、これを食べるなと……食べたら気絶するぞと何度も信号を送ってくるが、そんなのこれを目の前に言えるか? いや、言えない。気絶をしてでも食べる! 俺は最後の一口を獣のように食らいついた。

 モグモグ……

「はぁ~、やばい……かも」

 意識が遠のく。マズいぞ、倒れるな! 俺が完食し、口をもぐもぐさせていると、その様子を見ていたアルフレッドさんが若干引き気味で、引きつった笑顔を見せながらボソッと呟いた。

「アンタ……顔、やばいな……」
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