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15話 村の眺めと宿の朝食
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チュンチュン……――
小鳥のさえずりが耳をくすぐり、俺はゆっくりと目を開けた。カーテン越しにこぼれる太陽の光が、部屋の中をやさしく包んでいる。白い天井に淡い影が揺れていて、ここが自分の拠点でも、元いた世界でもないことを、ぼんやりとした頭でようやく思い出す。
……そうか、今は宿にいるんだったな。
柔らかなシーツの感触に包まれながら、俺はゆっくりと体を横に向ける。ふわりと草の香りが鼻をくすぐった。昨日の風呂の名残りかもしれない。まぶたを擦りながら軽く伸びをすると、関節がパキパキと音を立てる。よし、そろそろ起きるか。
「あ、そうだ。今日のクエストは……」
《クエスト発行!》
ゾンビに遭遇せずに1日を過ごせ!
制限時間:16時間
報酬:経験値+20、スキルポイント+1、能力値振り分け+1
おっ、今日はゾンビに遭遇しないか……。夜、出歩かなければ、達成は出来そうだな。ってことは、今日は1日ゆっくりできる日になりそうだ。
布団をめくり、まだ少し冷たい床に足を下ろす。バスローブの裾がふわりと揺れ、足首にひやりとした空気が触れた。少し身震いしながら、俺はゆっくりと窓際へ歩いていく。
カーテンの端をつまんで、サッと開ける。朝の光がふわりと差し込み、窓枠を金色に染めた。その窓の縁に、つぶらな瞳をした二羽の小鳥がちょこんと止まっている。
鮮やかな羽毛をふくらませて、ぴょこぴょこと揃って首をかしげたその様子に、思わず目を細める。
「……お前らか、俺を起こしたのは」
俺がそう呟くと、小鳥たちはまるで「何か言った?」とでも言いたげに、首をすくめて羽繕いを始めた。くちばしで丁寧に羽を整える様子がどこか可笑しくて、ふっと自然に笑みがこぼれる。
窓の外には、朝の光を浴びた村の景色が静かに広がっている。白壁の家々が斜面に沿って並び、まだ寝ぼけ眼のような街並みの中、ぽつぽつと人影が現れ始めていた。石畳の小道を歩く農夫が、肩に鍬を担いで畑へ向かっていく。すれ違う住民と短く言葉を交わすその様子は、穏やかで、どこか懐かしさすら感じさせる。
出店のあたりでは、すでに何人かの行商人が荷車を並べているのが見えた。朝露を帯びた野菜や果物が積まれているのか、色とりどりの布の屋台がそよ風に揺れ、布地の隙間から差し込む光がちらちらと踊っていた。
俺は窓の取っ手を掴み、そっと開ける。すると、ひんやりとした朝の空気がふわりと流れ込んできた。土と草の匂い、わずかに香るパンの焼ける匂い、遠くで鳴く家畜の声――そのすべてが、目覚めたばかりのこの世界を優しく包み込んでいた。
深く息を吸い込むと、肺の奥まで澄んだ空気が染みわたる。まるで草原の上に寝転んで、朝露に濡れた風を浴びているかのような、そんな錯覚すら覚えた。
「はぁ……気持ちのいい朝だな」
俺はそのまま、グッと腕を上にあげて背伸びをすると、パキパキッと肋骨が音を鳴らす。
コンコンッ……
「おはようございます、ユウタおじさん、服が乾いたので、外に置いときますね」
扉をノックし、向こう側からリト君の爽やかな声が聞こえてきた。朝からパパの手伝いをするとは、健気で真面目ないい子だな。俺は窓をゆっくりと閉めて、扉越しに声を掛ける。
「おはよう、リト君、ありがとう」
リト君からの返事はない、おそらく、他のお客さんの所にすでに行ってしまったのだろう。俺は、扉に近づき、そっと扉を開けて視線を下に落とす。そこにはシャツやズボン、靴下が綺麗にカゴの中に畳まれており、微かに花のいい香りが漂っている。確か、カゴは部屋の中に置いてくれ……だったな。
俺はカゴを部屋の中に入れ、シャツを手に取ると、両手で広げてみる。昨日まで土や石炭の煤でくすんでいた布地は、驚くほど清潔感を取り戻していた。折り目も丁寧に整えられていて、まるで新品のような仕上がりだ。
「さすが、仕事の一つ一つが丁寧だな~」
この几帳面さ、俺も見習わないとな……。バスローブを脱ぎ、下着を身に着けると、シャツの袖を通す。ズボンも肌触りがよく、履き心地まで昨日より快適に感じられる。腕の袖をまくり、身なりを軽く整えた後、名残惜しさを胸にしまい込み、そっと部屋を後にした。
下の階に降りると、テーブルには彩り豊かな朝食が並べられていた。ちぎったレタスの上に、スライスされたトマトが花びらのように並べられたサラダ。透明なドレッシングが光を反射し、爽やかな香りが鼻をくすぐる。小さな陶器のお椀には、白くなめらかなヨーグルトが盛られ、その上に黄金色のハチミツが細い糸を描くように垂らされていた。さらに、こんがりと焼かれた食パンの上にはチーズがとろりと乗り、バターが小皿の端に控えめに添えられている。
「よぅ、起きたかい?」
声を掛けてくれたのは、受付カウンターの奥に座っていたアルフレッドさんだった。丸い眼鏡をかけ、帳簿に目を落としていたが、俺に気づいて顔を上げる。どうやら昨日の宿泊客の支払いを確認していたらしい。
「あ、おはようございます」
「さっさと食べてくれよ、片付けられないから……」
!? 俺は思わず、目を見開いた。まさか、この朝食は俺の分?
ゴクッ……
いや、待て待て、すぐにがっつくわけにはいかない。冷静になれ――
「え、いいんですか?」
俺がそう尋ねると、アルフレッドさんは眼鏡を外し、帳簿をパタンと閉じた。
「あぁ、昨日アンタが持ってきた石炭は、ウチで使う約1ヵ月分だ。リトも『石炭取りに行かなくて済む』って大喜びでな。宿の手伝いもできるから、せめて朝食だけは作ってやらんとと思ったまでだ」
なんという心遣い……痛み入ります。こんな朝食を食べさせていただけるなら、いつでも石炭を取りに行きたいとこですが……。残念ながら、そう言うわけにもいかないのが世の常というもの。
俺はアルフレッドさんの優しさに触れ、ゆっくりと頭を下げると、朝食が並んだテーブルの席を着いた。
「すいません、ではいただきます」
俺が両手を合わせて、頭を下げると、アルフレッドさんは「そう言うのはいいから」と言わんばかりに、手の甲で空気を払うような仕草をしてから、また眼鏡をかけ、帳簿の確認を始めた。
では、さっそく頂くとしよう。まずは初手、とろっとろのチーズがかかった食パンからだな。食パンを手に取り、少しちぎると、皿にチーズがとろりと落ちていく。その様は正にチーズのナイアガラの滝のようで、食材を少しも無駄にしたくない俺は、皿に落ちたチーズをパンにつけながら口に運んだ。
チーズはとろ~り、パンはサックサク。この絶妙な食感は朝食にもってこいだな。続いて、サラダに行こうか。俺はフォークを手に取り、レタスとトマトをしっかりドレッシングに絡めていただいた。このドレッシング……少し酸味があって爽やかな味付け、これは……レモン果汁か!? 塩気も絶妙な配分、もしかして塩レモンドレッシングってやつか!? レモンってドレッシングに合うんだ……。口いっぱいに広がる柑橘の香り、噛むたびに鼻から吹き抜けるレモンの香りで、まるでレモンの果樹園を歩いているかのようだ。
それだけじゃない、レタスもトマトも新鮮でみずみずしい。おそらく朝の採れたてだな。レタスは少し水に晒してシャキシャキに、トマトはスライスして食べやすくしているのがポイントだ。俺は無意識の内に「うん、うん」と頷いている。
サラダを食べ終えた皿に残ったドレッシング、勿体ないから、パンにつけてみるとどうだろうか? 俺はパンをちぎって、ドレッシングを絡めた。ついでにバターも少しつけて頬張る。
その瞬間、俺は一気に目が覚めた。いや、目が覚醒した。なんだこれは!? 酸味、塩味、旨味のトライアングルアタック! こんなの……こんなの……。
「美味いに決まってるじゃないか……」
俺は小声で、けれども力強く呟いた。おぉっと、まだ、食事は終わっていない。まだデザートのヨーグルトが残っている。お椀に盛られたヨーグルトを手に持ち、スプーンですくってみる。
黄金色に輝くハチミツが、ヨーグルトと絡み合い、スプーンの上でふるふると震えている。スプーンから零れ落ちそうになるヨーグルトを慎重に運んで口の中へ……。
「……っ!?」
消えた? 口の中にあったヨーグルトがフワッと消えていったぞ。ハチミツの甘味と、ヨーグルトのさっぱりとした味わいだけが口の中に残ってやがる。このヨーグルト、一度かき混ぜてその中にハチミツを少し入れてるのか? 上だけにハチミツをかけているわけじゃない……全く、アルフレッドさんはどの料理にも、ひと手間……いや、ふた手間は時間を使っているな。この料理魂、恐れ入ります。
俺は食べ終わると、食器を重ねて、両手を合わせる。胃の中がじんわりと温まり、体の芯から満たされていくような心地よさがあった。
「ご馳走様でした」
テーブル越しに軽く会釈をすると、受付カウンターの方からくぐもった声が返ってくる。
「ようやく食べ終わったか。終始、変な顔しながら食べてたから、どうしたのかと思ったぞ」
アルフレッドさんは帳簿を勢いよく閉じて、眼鏡を外すと受付カウンターの帳簿の上に置いた。俺は思わず苦笑いを浮かべ、少し頬をかいた。
「アルフレッドさん、昨日といい、今日といい、非常に料理美味しかったです」
改めて深く頭を下げる。料理人としての腕前はもちろん、無骨な気遣いにも心を打たれた。アルフレッドさんは立ち上がり、こちらにスタスタと歩いて近寄りながら、手のひらをこちらに向け、眉間にしわを寄せた。
「わかったから、部屋に忘れ物はないよな? まぁ、何かあればまた寄るといいさ、その時はお金だけは準備してくれよ」
ぶっきらぼうな言い回しだが、言葉の節々にある優しさでむしろ心地よさすら覚えてしまう。俺は笑顔を見せ、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がった。
「はは、わかりました。それでは、そろそろ私はこの辺で、リト君にもよろしくお伝えください」
軽く一礼して、椅子を元の位置に戻す。アルフレッドさんは俺が食べた食器を両手で持つと、そのまま受付カウンターまで歩いて行った。そして、横目でチラッと俺に視線を向ける。
「おう、気をつけてな」
アルフレッドさんと挨拶を交わした後、俺は宿の扉を開けた。ひんやりとした朝の空気が頬をなで、村のざわめきが静かに耳に届く。石畳の道には行商人の荷車が通り、農夫たちの笑い声が風に乗って流れてくる。
今日のクエストは難しくないし、昨日言ってた武器屋とやらにでも寄るとするかな?
宿の扉を閉めた俺は、リト君との会話に出た武器屋を目指した。しかし、いきなり問題にぶち当たる。
「そういえば、場所……聞いてなかったな」
リト君に、再度聞き直すか? いや、宿の扉は閉めたし、また扉を開けるのはなんか恥ずかしい。俺は一度、宿を振り返った。扉の奥にいるリト君の顔が脳裏をよぎったが、まぁ、いい。ゆっくりでいい。どうせ今日は、長い一日になるんだ。結局、自分で探すと決めて、足を進めた――
小鳥のさえずりが耳をくすぐり、俺はゆっくりと目を開けた。カーテン越しにこぼれる太陽の光が、部屋の中をやさしく包んでいる。白い天井に淡い影が揺れていて、ここが自分の拠点でも、元いた世界でもないことを、ぼんやりとした頭でようやく思い出す。
……そうか、今は宿にいるんだったな。
柔らかなシーツの感触に包まれながら、俺はゆっくりと体を横に向ける。ふわりと草の香りが鼻をくすぐった。昨日の風呂の名残りかもしれない。まぶたを擦りながら軽く伸びをすると、関節がパキパキと音を立てる。よし、そろそろ起きるか。
「あ、そうだ。今日のクエストは……」
《クエスト発行!》
ゾンビに遭遇せずに1日を過ごせ!
制限時間:16時間
報酬:経験値+20、スキルポイント+1、能力値振り分け+1
おっ、今日はゾンビに遭遇しないか……。夜、出歩かなければ、達成は出来そうだな。ってことは、今日は1日ゆっくりできる日になりそうだ。
布団をめくり、まだ少し冷たい床に足を下ろす。バスローブの裾がふわりと揺れ、足首にひやりとした空気が触れた。少し身震いしながら、俺はゆっくりと窓際へ歩いていく。
カーテンの端をつまんで、サッと開ける。朝の光がふわりと差し込み、窓枠を金色に染めた。その窓の縁に、つぶらな瞳をした二羽の小鳥がちょこんと止まっている。
鮮やかな羽毛をふくらませて、ぴょこぴょこと揃って首をかしげたその様子に、思わず目を細める。
「……お前らか、俺を起こしたのは」
俺がそう呟くと、小鳥たちはまるで「何か言った?」とでも言いたげに、首をすくめて羽繕いを始めた。くちばしで丁寧に羽を整える様子がどこか可笑しくて、ふっと自然に笑みがこぼれる。
窓の外には、朝の光を浴びた村の景色が静かに広がっている。白壁の家々が斜面に沿って並び、まだ寝ぼけ眼のような街並みの中、ぽつぽつと人影が現れ始めていた。石畳の小道を歩く農夫が、肩に鍬を担いで畑へ向かっていく。すれ違う住民と短く言葉を交わすその様子は、穏やかで、どこか懐かしさすら感じさせる。
出店のあたりでは、すでに何人かの行商人が荷車を並べているのが見えた。朝露を帯びた野菜や果物が積まれているのか、色とりどりの布の屋台がそよ風に揺れ、布地の隙間から差し込む光がちらちらと踊っていた。
俺は窓の取っ手を掴み、そっと開ける。すると、ひんやりとした朝の空気がふわりと流れ込んできた。土と草の匂い、わずかに香るパンの焼ける匂い、遠くで鳴く家畜の声――そのすべてが、目覚めたばかりのこの世界を優しく包み込んでいた。
深く息を吸い込むと、肺の奥まで澄んだ空気が染みわたる。まるで草原の上に寝転んで、朝露に濡れた風を浴びているかのような、そんな錯覚すら覚えた。
「はぁ……気持ちのいい朝だな」
俺はそのまま、グッと腕を上にあげて背伸びをすると、パキパキッと肋骨が音を鳴らす。
コンコンッ……
「おはようございます、ユウタおじさん、服が乾いたので、外に置いときますね」
扉をノックし、向こう側からリト君の爽やかな声が聞こえてきた。朝からパパの手伝いをするとは、健気で真面目ないい子だな。俺は窓をゆっくりと閉めて、扉越しに声を掛ける。
「おはよう、リト君、ありがとう」
リト君からの返事はない、おそらく、他のお客さんの所にすでに行ってしまったのだろう。俺は、扉に近づき、そっと扉を開けて視線を下に落とす。そこにはシャツやズボン、靴下が綺麗にカゴの中に畳まれており、微かに花のいい香りが漂っている。確か、カゴは部屋の中に置いてくれ……だったな。
俺はカゴを部屋の中に入れ、シャツを手に取ると、両手で広げてみる。昨日まで土や石炭の煤でくすんでいた布地は、驚くほど清潔感を取り戻していた。折り目も丁寧に整えられていて、まるで新品のような仕上がりだ。
「さすが、仕事の一つ一つが丁寧だな~」
この几帳面さ、俺も見習わないとな……。バスローブを脱ぎ、下着を身に着けると、シャツの袖を通す。ズボンも肌触りがよく、履き心地まで昨日より快適に感じられる。腕の袖をまくり、身なりを軽く整えた後、名残惜しさを胸にしまい込み、そっと部屋を後にした。
下の階に降りると、テーブルには彩り豊かな朝食が並べられていた。ちぎったレタスの上に、スライスされたトマトが花びらのように並べられたサラダ。透明なドレッシングが光を反射し、爽やかな香りが鼻をくすぐる。小さな陶器のお椀には、白くなめらかなヨーグルトが盛られ、その上に黄金色のハチミツが細い糸を描くように垂らされていた。さらに、こんがりと焼かれた食パンの上にはチーズがとろりと乗り、バターが小皿の端に控えめに添えられている。
「よぅ、起きたかい?」
声を掛けてくれたのは、受付カウンターの奥に座っていたアルフレッドさんだった。丸い眼鏡をかけ、帳簿に目を落としていたが、俺に気づいて顔を上げる。どうやら昨日の宿泊客の支払いを確認していたらしい。
「あ、おはようございます」
「さっさと食べてくれよ、片付けられないから……」
!? 俺は思わず、目を見開いた。まさか、この朝食は俺の分?
ゴクッ……
いや、待て待て、すぐにがっつくわけにはいかない。冷静になれ――
「え、いいんですか?」
俺がそう尋ねると、アルフレッドさんは眼鏡を外し、帳簿をパタンと閉じた。
「あぁ、昨日アンタが持ってきた石炭は、ウチで使う約1ヵ月分だ。リトも『石炭取りに行かなくて済む』って大喜びでな。宿の手伝いもできるから、せめて朝食だけは作ってやらんとと思ったまでだ」
なんという心遣い……痛み入ります。こんな朝食を食べさせていただけるなら、いつでも石炭を取りに行きたいとこですが……。残念ながら、そう言うわけにもいかないのが世の常というもの。
俺はアルフレッドさんの優しさに触れ、ゆっくりと頭を下げると、朝食が並んだテーブルの席を着いた。
「すいません、ではいただきます」
俺が両手を合わせて、頭を下げると、アルフレッドさんは「そう言うのはいいから」と言わんばかりに、手の甲で空気を払うような仕草をしてから、また眼鏡をかけ、帳簿の確認を始めた。
では、さっそく頂くとしよう。まずは初手、とろっとろのチーズがかかった食パンからだな。食パンを手に取り、少しちぎると、皿にチーズがとろりと落ちていく。その様は正にチーズのナイアガラの滝のようで、食材を少しも無駄にしたくない俺は、皿に落ちたチーズをパンにつけながら口に運んだ。
チーズはとろ~り、パンはサックサク。この絶妙な食感は朝食にもってこいだな。続いて、サラダに行こうか。俺はフォークを手に取り、レタスとトマトをしっかりドレッシングに絡めていただいた。このドレッシング……少し酸味があって爽やかな味付け、これは……レモン果汁か!? 塩気も絶妙な配分、もしかして塩レモンドレッシングってやつか!? レモンってドレッシングに合うんだ……。口いっぱいに広がる柑橘の香り、噛むたびに鼻から吹き抜けるレモンの香りで、まるでレモンの果樹園を歩いているかのようだ。
それだけじゃない、レタスもトマトも新鮮でみずみずしい。おそらく朝の採れたてだな。レタスは少し水に晒してシャキシャキに、トマトはスライスして食べやすくしているのがポイントだ。俺は無意識の内に「うん、うん」と頷いている。
サラダを食べ終えた皿に残ったドレッシング、勿体ないから、パンにつけてみるとどうだろうか? 俺はパンをちぎって、ドレッシングを絡めた。ついでにバターも少しつけて頬張る。
その瞬間、俺は一気に目が覚めた。いや、目が覚醒した。なんだこれは!? 酸味、塩味、旨味のトライアングルアタック! こんなの……こんなの……。
「美味いに決まってるじゃないか……」
俺は小声で、けれども力強く呟いた。おぉっと、まだ、食事は終わっていない。まだデザートのヨーグルトが残っている。お椀に盛られたヨーグルトを手に持ち、スプーンですくってみる。
黄金色に輝くハチミツが、ヨーグルトと絡み合い、スプーンの上でふるふると震えている。スプーンから零れ落ちそうになるヨーグルトを慎重に運んで口の中へ……。
「……っ!?」
消えた? 口の中にあったヨーグルトがフワッと消えていったぞ。ハチミツの甘味と、ヨーグルトのさっぱりとした味わいだけが口の中に残ってやがる。このヨーグルト、一度かき混ぜてその中にハチミツを少し入れてるのか? 上だけにハチミツをかけているわけじゃない……全く、アルフレッドさんはどの料理にも、ひと手間……いや、ふた手間は時間を使っているな。この料理魂、恐れ入ります。
俺は食べ終わると、食器を重ねて、両手を合わせる。胃の中がじんわりと温まり、体の芯から満たされていくような心地よさがあった。
「ご馳走様でした」
テーブル越しに軽く会釈をすると、受付カウンターの方からくぐもった声が返ってくる。
「ようやく食べ終わったか。終始、変な顔しながら食べてたから、どうしたのかと思ったぞ」
アルフレッドさんは帳簿を勢いよく閉じて、眼鏡を外すと受付カウンターの帳簿の上に置いた。俺は思わず苦笑いを浮かべ、少し頬をかいた。
「アルフレッドさん、昨日といい、今日といい、非常に料理美味しかったです」
改めて深く頭を下げる。料理人としての腕前はもちろん、無骨な気遣いにも心を打たれた。アルフレッドさんは立ち上がり、こちらにスタスタと歩いて近寄りながら、手のひらをこちらに向け、眉間にしわを寄せた。
「わかったから、部屋に忘れ物はないよな? まぁ、何かあればまた寄るといいさ、その時はお金だけは準備してくれよ」
ぶっきらぼうな言い回しだが、言葉の節々にある優しさでむしろ心地よさすら覚えてしまう。俺は笑顔を見せ、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がった。
「はは、わかりました。それでは、そろそろ私はこの辺で、リト君にもよろしくお伝えください」
軽く一礼して、椅子を元の位置に戻す。アルフレッドさんは俺が食べた食器を両手で持つと、そのまま受付カウンターまで歩いて行った。そして、横目でチラッと俺に視線を向ける。
「おう、気をつけてな」
アルフレッドさんと挨拶を交わした後、俺は宿の扉を開けた。ひんやりとした朝の空気が頬をなで、村のざわめきが静かに耳に届く。石畳の道には行商人の荷車が通り、農夫たちの笑い声が風に乗って流れてくる。
今日のクエストは難しくないし、昨日言ってた武器屋とやらにでも寄るとするかな?
宿の扉を閉めた俺は、リト君との会話に出た武器屋を目指した。しかし、いきなり問題にぶち当たる。
「そういえば、場所……聞いてなかったな」
リト君に、再度聞き直すか? いや、宿の扉は閉めたし、また扉を開けるのはなんか恥ずかしい。俺は一度、宿を振り返った。扉の奥にいるリト君の顔が脳裏をよぎったが、まぁ、いい。ゆっくりでいい。どうせ今日は、長い一日になるんだ。結局、自分で探すと決めて、足を進めた――
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