『愛に狂う香り、愛を選ぶ香り ――離婚から始まる私の香り』

夢窓(ゆめまど)

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香りの市場で暗躍する“黒香師”

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クリスティンの香水サロン
《MY OWN PERFUME》 が社交界の新たな聖地となり、
貴族から庶民まで“自分だけの香り”に夢中になっていた頃――。

その華やぎの裏で、
市場には得体の知れない噂がゆっくりと広がり始めていた。

――「最近、香水の闇取引が増えているらしい」
――「香りで人の心を操る術が出回っている」
――「香水師が突然姿を消す事件が相次いでいる」

最初は誰も信じなかった。
ただの作り話だと笑い飛ばす者もいた。

しかし、香りを扱う者たちは直感していた。
これは“ただの噂”ではない。
世界の香りがどこか歪み始めている――。

ある夜。
ルイがサロン奥の部屋で、溜まり続ける書類を整理していた時のこと。

テーブルの上のアロマランプが一瞬揺れ、
冷たい気が走った。

そこに震える声で助けを求めてきたのは、
裏市場を渡り歩く密輸商だった。

「……頼む。これ以上は、俺には無理だ。
名前を聞いたら終わりなんだ。
依頼を受けた者は……二度と帰ってこない……!」

「名前?」
ルイは眉を寄せ、静かに問い返した。

密輸商は何度も唇を震わせ、
まるでそこに“香りの亡霊”が立っているかのように怯えていた。

そして――
かすれた声でその名を告げた。

「……“黒香師(くろこうし)”だ」

その瞬間、
部屋の空気がひやりと冷えた。
灯りの炎が細く揺れ、影が床を滑る。

ルイの背筋にも、
初めて薄い戦慄が走った。

黒香師――
人の心を香りで染め替える禁じられた香術を操る者。
その名を知るだけで、香りの世界が暗転する。

そして彼の直感は告げていた。

この闇が動き出すとき、
クリスティンにも必ず影が差す。

しかも、その黒香師が――
クリスティンの成功に反応し、動き出した
というのだ。



密輸商は袖口で何度も額の汗を拭いながら、
引きつった声で続けた。

「……あんたの工房で出した“恋を呼ぶ香り”。
あれが――黒香師の“縄張り”に触れちまったんだ」

ルイの指先がぴたりと止まる。

「縄張り……?」

「黒香師は、“人の心を動かす香り”を独占してる。
魅了、執着、陶酔……そういう感情系の香りを
“自分だけの領域”だと決めていてな」

密輸商の声は、
まるでその人物を口にするだけで罰が下ると信じているようだった。

「競合が出れば、必ず排除する。
理由なんざいらねぇ……ただ、それが“黒香師のやり方”なんだ」

部屋に置かれた香炉の煙が、
ひと筋ゆがんで漂った。
緊迫が香りにまで影響しているようだった。

ルイは低く問う。

「……つまり、
クリスティン様が狙われる可能性がある、ということか。」

密輸商は唇を噛み、
絞り出すように言った。

「狙われるどころじゃない……。
黒香師が動くのは、“価値のある獲物”だけだ」

そこで一度言葉を切り、
震える指で机をつかんだ。

「クリスティン様は、ただの調香師じゃねぇ。
“国の空気を変える香り”を作る天才だ。
その名が市場に広まれば……黒香師が見逃すわけがない」

沈黙が落ちた。
遠くで風鈴のように瓶が触れ合う音が微かに響く。

ルイの胸に冷たいものが落ちていく。

(黒香師……
ついにその名が、クリスティン様の前に現れたか。)

彼は深く息を吸い、
決意の色を帯びた眼差しで書類を閉じた。

守らねばならない。
あの人の香りを──あの人の未来を。



★一方その頃、クリスティンは――。

午後の工房には、陽光がやわらかく差し込み、
瓶の中の香料が宝石のようにきらめいていた。

クリスティンは、白い手袋越しにムスクの瓶を持ち上げ、
そっと香りを確かめる。

「ルイ、このムスク……
もう少し甘さを引き出したいの。
“恋”じゃなくて、“愛”の香りを作りたいわ」

ルイはその言葉に、一瞬迷いを見せた。
だが、結局は覚悟を決めたように口を開いた。

「……クリスティン様。
お聞きいただきたいことがあります」

「どうしたの?」
クリスティンは手を動かしながら答える。

ルイは書類を静かに机に置き、低く告げた。

「市場で――“黒香師”が動き出したという噂が流れています」

その名が出た瞬間、
クリスティンの指先がほんのわずかに止まった。

だが、その硬直は一瞬だけ。
次にはふわりと肩を揺らし、くすりと微笑んだ。

「“香りで人を支配する”なんて、
それこそ香りに失礼よ。
心に触れるものを、支配の道具にするなんて不健康だわ」

ルイは笑わない。
その真剣さが、逆に空気を緊張させる。

「……ただの噂ではありません。
黒香師は、“すべての香水師を支配する”ために
動いているとされています」

クリスティンはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、深海のように静かで澄んでいる。

「香りは、人の心を癒し、寄り添うためにあるもの。
誰かを縛るための鎖じゃない」

ムスクの瓶をそっと置くと、
彼女は淡く微笑んだ。

「もし誰かが香りで支配しようとしているのなら――
私は“私の香り”で、正すだけよ」

クリスティンが軽く振った手元から、
微かな甘い香気が広がった。

それは、戦いの宣言ではない。
ただ、自分の道を選ぶ者の静かな強さだった。

★一方その頃、クリスティンは――。

午後の工房には、陽光がやわらかく差し込み、
瓶の中の香料が宝石のようにきらめいていた。

クリスティンは、白い手袋越しにムスクの瓶を持ち上げ、
そっと香りを確かめる。

「ルイ、このムスク……
もう少し甘さを引き出したいの。
“恋”じゃなくて、“愛”の香りを作りたいわ」

ルイはその言葉に、一瞬迷いを見せた。
だが、結局は覚悟を決めたように口を開いた。

「……クリスティン様。
お聞きいただきたいことがあります」

「どうしたの?」
クリスティンは手を動かしながら答える。

ルイは書類を静かに机に置き、低く告げた。

「市場で――“黒香師”が動き出したという噂が流れています」

その名が出た瞬間、
クリスティンの指先がほんのわずかに止まった。

だが、その硬直は一瞬だけ。
次にはふわりと肩を揺らし、くすりと微笑んだ。

「“香りで人を支配する”なんて、
それこそ香りに失礼よ。
心に触れるものを、支配の道具にするなんて不健康だわ」

ルイは笑わない。
その真剣さが、逆に空気を緊張させる。

「……ただの噂ではありません。
黒香師は、“すべての香水師を支配する”ために
動いているとされています」

クリスティンはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、深海のように静かで澄んでいる。

「香りは、人の心を癒し、寄り添うためにあるもの。
誰かを縛るための鎖じゃない」

ムスクの瓶をそっと置くと、
彼女は淡く微笑んだ。

「もし誰かが香りで支配しようとしているのなら――
私は“私の香り”で、正すだけよ」

クリスティンが軽く振った手元から、
微かな甘い香気が広がった。

それは、戦いの宣言ではない。
ただ、自分の道を選ぶ者の静かな強さだった。


★その夜、最初の“脅し”が届く

閉店後。
扉の前に、小さな黒い瓶が置かれていた。

差出人はない。

ラベルもない。

ただ、瓶に刻まれた小さな印だけ。

“黒い翼の刻印”

ルイは即座に手袋をして瓶を封じた。

「クリスティン様、これには触れないでください。」

「何の香り?」

「……人間の精神を壊す香り、と言われています。」

クリスティンは胸に手を当てた。

「ついに……始まったのね。」

夜空に淡い光が揺れ、
黒香師の影が、静かに世界を覆い始めていた。

黒香師の正体は、クリスティンの初恋の相手・ジャルディン

黒い瓶の刻印を見た瞬間、
クリスティンの胸に、鋭い痛みが走った。

黒い翼の意匠。
それを知っているのは――
ただ一人。

「……まさか……」

ルイが心配そうに覗き込む。

「クリスティン様、この刻印をご存じなのですか?」

クリスティンはゆっくりと頷いた。

「知っているわ。
これは……“ジャルディン”が使う印よ。」

ルイの表情が強張る。

「ジャルディン……あの黒香師の名前……?」

クリスティンは目を伏せた。

「黒香師なんかじゃなかった。
昔は――
私の初恋の相手だったの。」



★回想:二人が“両想いだった”頃

クリスティンが十代の頃。
香水学校に通っていた時、
同じクラスに、一人だけ異様に才能のある少年がいた。

ジャルディン。

香りの記憶力はズバ抜け、
調香の感覚は天才的。

彼はよくクリスティンに言った。

「君の香り……いつも春みたいだ。
近くにいるだけで、世界が明るい。」

クリスティンも彼を見つめていた。

「あなたが作る香りは、夜に咲く花みたい。
強いけど……どこか寂しそう。」

二人は、周囲からも
「絶対に結ばれる」と噂されていた。

しかし――

クリスティンは家の事情で、
オーディン家に“政略結婚”として嫁ぐことになった。

突然の婚約。

突然の別れ。

ジャルディンは式の日、
遠くからクリスティンの馬車を見つめていた。

その表情は――
恋人を奪われた痛みと、
どうしようもない絶望で歪んでいた。

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