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妖精姫は、そっと微笑む――婚約破棄は華麗に
「私、ずっと知っていました──それでも、ここで生きたかった」
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朝の光が、エヴァレット邸の離れを優しく照らしていた。
薄桃色のカーテンが揺れ、窓辺でハーブティーを口にしたリリベッタは、そっと手紙を見つめる。
封蝋には、皇国アルヴェルツの紋章。差出人の名は――ギデオン・ラースフェルト。
「皇帝陛下が、姫君にご帰還を願っておられます。
本来の立場に戻り、“王女”として今一度お顔をお見せいただきたい、と」
手紙の文面は丁寧だったが、裏にある意味は重い。
リリベッタはゆっくり立ち上がり、奥の部屋へ向かう。ハリスは書斎で文を読んでいたが、彼女の気配に顔を上げた。
「リリィ?」
「お兄様……いえ、ハリス」
ふだんより大人びた声色で、リリベッタは彼の向かいに座った。
「私……全部、知っていました」
「……全部?」
「ええ。私が皇国の血を引いていることも、母が亡命していたことも。
そして、この国で“王太子妃”として育てられていたことも、全部、革命は、私が5歳の時です。」
ハリスが静かに息を呑む。
「じゃあ、あの婚約も……」
「政略です。でも、私は納得していました。亡命の受け入れ条件でした。
“誰かの役に立つ”なら、それでいいって……母が、そうして生きてきたから」
リリベッタの瞳が、少しだけ潤んだ。
「でも……ハインツ様のそばにいた時間は、ずっと“演じる私”で。
お兄様のそばにいた時間は……ただの、リリィでした」
「……っ」
「だから、婚約破棄された時、悲しかったのは“愛”が終わったからじゃないの。
“役割”すら果たせなかった自分が、悔しくて――情けなくて、涙が止まらなかったんです」
ハリスは立ち上がりかけて、ぐっと拳を握りしめた。
「……戻るつもりか? 帝国に」
リリベッタは首を横に振った。
「……答えはまだ決めていません。でも、母の兄上――皇帝陛下には一度、顔を見せないと」
「なら、俺も同行する」
「お兄様?」
「いや、ハリスだ。……“婚約者として”同行させてくれ。
リリィをもう、“政治の駒”にはさせない。あいつらに、俺の言葉で結婚を認めさせてくる」
リリベッタは目を見開いたあと、ふっと微笑んだ。
「……ああ、やっぱり、好きです。
演じる私じゃなくて、全部知ったうえで“好きだ”って言ってくれるあなたが」
◆
その日の午後、ギデオンが再びエヴァレット邸を訪れた。
「ご同行、正式に承ります。帝国側にも“公爵家嫡男との婚約継続中”として伝えておきます」
「ギデオン、あんた最初から知ってたな?」
「ええ、もちろん」
「最初から全部仕組んでたのか?」
「“知っていた”と“仕組んだ”は、意味が違いますよ?」
「……ぐぬぬぬ」
「ともかく。皇帝陛下は、姪君の“本心”を何よりも重んじるお方です。……恐れることはありませんよ」
ギデオンは手帳をパタンと閉じて、礼を取った。
「さあ、お二人とも。ご出発の準備を」
再び王宮にて
王太子ハインツ、泣く
「この件は、王子からの一方的な言いがかりによる婚約破棄となります」
ギデオンの静かな声が、重く玉座の間に響いた。
「そもそも、ローラ嬢は“リリベッタ様に転ばされた”とおっしゃった。しかし――」
ギデオンはそこで一拍置き、まっすぐに王太子ハインツを見る。
「それを、大袈裟に騒ぎ立て、婚約破棄の理由に仕立てたのは……王太子殿下ご本人です」
「……っ!」
空気が凍る。
ギデオンは続けた。
「だいたい、帝国の皇女さまが、男爵令嬢を転ばせた程度で罪になるわけがありません。外交的な立場もお忘れなく」
「皇女……?」
誰かの呟きが、場の空気をざわつかせる。
「皇女……って、まさか――」
ギデオンはひとつ頷き、書類を掲げてはっきりと言い放つ。
「リリベッタ様は、帝国の皇女です。
本来であれば、婚礼の日に正式にその身分が発表され、我が国との友好関係の象徴となる予定でした」
「な……!」
「……なんてことを……」
場内がざわつく中、王太子ハインツの顔が見る間に青ざめていく。
「リリベッタ様が……皇女……?」
「知らなかったのか、殿下?」
ギデオンは肩をすくめた。
「我が国の発展のための極秘案件だったのです。
まさか“破棄します!”などと軽々しく叫ばれるとは、正直、想定外でした」
玉座の間は大混乱に包まれた。
「こ、これはまずい!」
「陛下、外交問題どころか、戦争に発展しかねませんぞ!」
「相手は帝国ですぞ!?」
焦りの声をよそに、王太子ハインツはおろおろと辺りを見回す。
「……ローラ……お前、なんで黙ってるんだ……!」
その隣で、ローラはぽかんと口を開けたまま。
「皇女って……何?」
ギデオンが容赦なく言い放つ。
「貴女が軽率に喧嘩を売ったのは、“本物の”国家レベルの王族です」
「…………」
沈黙の中、忠臣のひとりが重々しく言った。
「――こうなったら、ハインツ殿下とローラ嬢を差し出して謝罪するしかありません。
首を差し出し、許しを乞う。それしか国を守る手段は――」
「ま、待て! 俺は王太子だぞ!!」
「……陛下のご判断次第ですが、外交関係の修復が最優先です」
「ちょっと待って!? 首って、物騒すぎないか!? 僕、結構ちゃんと頑張って……」
「遅いです」
「帝国への、謝罪、国王さま、
ふたりを捕縛して、騎士団も連れて行ってもいいですね。」
ギデオンは、冷たく、命令した。
薄桃色のカーテンが揺れ、窓辺でハーブティーを口にしたリリベッタは、そっと手紙を見つめる。
封蝋には、皇国アルヴェルツの紋章。差出人の名は――ギデオン・ラースフェルト。
「皇帝陛下が、姫君にご帰還を願っておられます。
本来の立場に戻り、“王女”として今一度お顔をお見せいただきたい、と」
手紙の文面は丁寧だったが、裏にある意味は重い。
リリベッタはゆっくり立ち上がり、奥の部屋へ向かう。ハリスは書斎で文を読んでいたが、彼女の気配に顔を上げた。
「リリィ?」
「お兄様……いえ、ハリス」
ふだんより大人びた声色で、リリベッタは彼の向かいに座った。
「私……全部、知っていました」
「……全部?」
「ええ。私が皇国の血を引いていることも、母が亡命していたことも。
そして、この国で“王太子妃”として育てられていたことも、全部、革命は、私が5歳の時です。」
ハリスが静かに息を呑む。
「じゃあ、あの婚約も……」
「政略です。でも、私は納得していました。亡命の受け入れ条件でした。
“誰かの役に立つ”なら、それでいいって……母が、そうして生きてきたから」
リリベッタの瞳が、少しだけ潤んだ。
「でも……ハインツ様のそばにいた時間は、ずっと“演じる私”で。
お兄様のそばにいた時間は……ただの、リリィでした」
「……っ」
「だから、婚約破棄された時、悲しかったのは“愛”が終わったからじゃないの。
“役割”すら果たせなかった自分が、悔しくて――情けなくて、涙が止まらなかったんです」
ハリスは立ち上がりかけて、ぐっと拳を握りしめた。
「……戻るつもりか? 帝国に」
リリベッタは首を横に振った。
「……答えはまだ決めていません。でも、母の兄上――皇帝陛下には一度、顔を見せないと」
「なら、俺も同行する」
「お兄様?」
「いや、ハリスだ。……“婚約者として”同行させてくれ。
リリィをもう、“政治の駒”にはさせない。あいつらに、俺の言葉で結婚を認めさせてくる」
リリベッタは目を見開いたあと、ふっと微笑んだ。
「……ああ、やっぱり、好きです。
演じる私じゃなくて、全部知ったうえで“好きだ”って言ってくれるあなたが」
◆
その日の午後、ギデオンが再びエヴァレット邸を訪れた。
「ご同行、正式に承ります。帝国側にも“公爵家嫡男との婚約継続中”として伝えておきます」
「ギデオン、あんた最初から知ってたな?」
「ええ、もちろん」
「最初から全部仕組んでたのか?」
「“知っていた”と“仕組んだ”は、意味が違いますよ?」
「……ぐぬぬぬ」
「ともかく。皇帝陛下は、姪君の“本心”を何よりも重んじるお方です。……恐れることはありませんよ」
ギデオンは手帳をパタンと閉じて、礼を取った。
「さあ、お二人とも。ご出発の準備を」
再び王宮にて
王太子ハインツ、泣く
「この件は、王子からの一方的な言いがかりによる婚約破棄となります」
ギデオンの静かな声が、重く玉座の間に響いた。
「そもそも、ローラ嬢は“リリベッタ様に転ばされた”とおっしゃった。しかし――」
ギデオンはそこで一拍置き、まっすぐに王太子ハインツを見る。
「それを、大袈裟に騒ぎ立て、婚約破棄の理由に仕立てたのは……王太子殿下ご本人です」
「……っ!」
空気が凍る。
ギデオンは続けた。
「だいたい、帝国の皇女さまが、男爵令嬢を転ばせた程度で罪になるわけがありません。外交的な立場もお忘れなく」
「皇女……?」
誰かの呟きが、場の空気をざわつかせる。
「皇女……って、まさか――」
ギデオンはひとつ頷き、書類を掲げてはっきりと言い放つ。
「リリベッタ様は、帝国の皇女です。
本来であれば、婚礼の日に正式にその身分が発表され、我が国との友好関係の象徴となる予定でした」
「な……!」
「……なんてことを……」
場内がざわつく中、王太子ハインツの顔が見る間に青ざめていく。
「リリベッタ様が……皇女……?」
「知らなかったのか、殿下?」
ギデオンは肩をすくめた。
「我が国の発展のための極秘案件だったのです。
まさか“破棄します!”などと軽々しく叫ばれるとは、正直、想定外でした」
玉座の間は大混乱に包まれた。
「こ、これはまずい!」
「陛下、外交問題どころか、戦争に発展しかねませんぞ!」
「相手は帝国ですぞ!?」
焦りの声をよそに、王太子ハインツはおろおろと辺りを見回す。
「……ローラ……お前、なんで黙ってるんだ……!」
その隣で、ローラはぽかんと口を開けたまま。
「皇女って……何?」
ギデオンが容赦なく言い放つ。
「貴女が軽率に喧嘩を売ったのは、“本物の”国家レベルの王族です」
「…………」
沈黙の中、忠臣のひとりが重々しく言った。
「――こうなったら、ハインツ殿下とローラ嬢を差し出して謝罪するしかありません。
首を差し出し、許しを乞う。それしか国を守る手段は――」
「ま、待て! 俺は王太子だぞ!!」
「……陛下のご判断次第ですが、外交関係の修復が最優先です」
「ちょっと待って!? 首って、物騒すぎないか!? 僕、結構ちゃんと頑張って……」
「遅いです」
「帝国への、謝罪、国王さま、
ふたりを捕縛して、騎士団も連れて行ってもいいですね。」
ギデオンは、冷たく、命令した。
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