鳴かぬなら 信長転生記

武者走走九郎or大橋むつお

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116『天照のゆで卵』

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鳴かぬなら 信長転生記

116『天照のゆで卵』信長 




 鬼退治が終わって戻ったのは御山の頂上、例の石の前だ。


 日輪は、ようやく東の空に顔をのぞかせたばかりで、日輪の本性であるくせに天照は、まだ現れていない。

 石に耳を寄せると、クーークーーと寝息が聞こえる。

 チャランポランに見えて、あれでも扶桑の総鎮守、神さまの元締め。疲れも溜まっているのかもしれない。

 昔の俺ならキレているところだが、俺も扶桑の空気に馴染んだか。

 まあ、機嫌を損ねたらホットケーキが食えなくなるかもしれないしな。



「ごめんね、あんまり力になれなかったかもしれない」



 振り返ると、あっちゃんが見慣れた第一形態(俺の次に可愛い美少女)で済まなさそうにしている。

「まあいい、鬼退治では活躍してくれた。俺一人で百匹は鬼を切ったからな。並の陣太刀なら五匹も切れば、脂が載って駄目になるところだ」

「うん、でも、よく考えたら、天照大神さまは『素戔嗚をやっつけろ』って言ったんだよ」

「ああ」

「思金神(オモヒカネ)のお爺さんは鬼退治を助けろって言って、なんか変だなあって思いながらも、結局は鬼を退治したよね」

「ああ、桃太郎の纏う空気にはそういうものがある。桃の旗のもとに力を合わせなければという気持ちにさせる空気がな」

「あ、お目覚めになった!」

 あっちゃんの言葉に目を移すと、石に腰掛けた天照が現れた。

「…………」

「なんだ、まだ寝てるのか」

「え、あ、起きてるわよ……」

「なんだか、まだ脳みそが目覚めていない感じだぞ」

「ああ、だいじょうぶ。これは、いわばアバターだからね、アバターが寝ていても本性は起きてるしぃ……」

「なんか、怪しいぞ。なあ、あっちゃん……?」

 あっちゃんの姿が無い。

「あ、あっちゃんは垂迹だから、本地と同時には現れないよ」

「本地垂迹? ならば、天照は本地では無くて、大日如来の垂迹ではないのか?」

「上総之介は半端に知識人だから、話しにくいぞよ。まあ、アバターの一つだ。プレーヤーが、同時に二つのアバターを使うのはダメであろうが」

「まあいい。とにかく、思金神が言っていた『桃太郎の素戔嗚を助ける』というミッションはクリアーしたぞ」

「あ、どうもご苦労であった」

「で……」

「すまぬ。ホットケーキならご近所におすそ分けしてしまったぞ」

「ム…………」

「あ、ちょっと怒った?」

「まあいい、それは後だ。思金神の言うことと天照が言うことは矛盾しておる。思金神は桃太郎を助けろというし、天照はやっつけろと言う。まあ、その矛盾を矛盾と思いつつも俺はミッションコンプリートしてしまったんだがな、いささか気持ちが悪い」

「上総之介は理詰めで攻めてくるのじゃなあ……まあ、良いわ。ホットケーキは切らしてしまったが、極上のゆで卵が仕上がったところだ。食うか?」

「極上のゆで卵?」

「ああ、伊勢神宮、つまりわたしの家で飼っている鶏でな。日ごろは神鶏と云って、一般人には手に入らぬ卵じゃ。プリンを作るのに用意したんだが、余ったやつをゆで卵にしたんじゃ」

「プリンも好きだが、ゆで卵も好きだ。食うぞ!」

「ほい、これじゃ」

 目の前にゆで卵が現れた。さすがは神鶏、色、容、大きさ、どれをとっても極上のゆで卵。

「思い出した! これは、武田が滅亡した後で家康の労をねぎらうために用意させたディナーに付けたゆで卵!」

「え、あ、そうだった? いやあ、上総之介も料理を見る目があるではないか」

「あの時は、接待奉行の光秀がクソ生意気でムカついて……けっきょく、俺は食べずじまいだった」

「そうか、それは良かった。では、いっしょに食べよう」

「うむ」

 俺は甘いものに目が無いが、ゆで卵とか焼き芋とか、料理の付け合わせや素材やお八つになるようなものも好きだ。

 やっぱり、ガキの頃に、尾張の村々で遊んでいるうちに憶えた食い物が――美味い!――の原点になっている。

 ゆで卵の剥き方にはコツがある。

 最初にヒビを入れるところ。剝くときは、爪ではなく親指の腹を使うこと、中の薄皮の方向を見極めるとかな。

 うまくやると、ほんの二剥きほどで、スルリと剥ける。



「兄さまだけきれいに剥けてじゅるぃ~」



 市が僻んだもんだ。じゅるい~というところは、単に舌が回らないだけではなくて、口の中に唾が溜まって「じゅるぃ~」になる。見た目が美幼女の市がヨダレを垂らしまくるのが面白くて、よくやって泣かせたものだ。

 市が剥いたゆで卵は、平手の爺の顔のようにゴツゴツになった。

「お、市のは爺卵じゃ! 爺卵じゃ!」

 囃し立てると、並のガキならワンワン鳴くが、あいつは掴みかかってきおった。おもしろい妹だった。

「お泣きなさるな、姫さまには、爺が剥いたのをあげましょう」

 爺が武骨な手には似合わぬ器用さできれいに剥く。

 爺は、前髪の小姓の頃から親父(信秀)に鍛えられた一徹もの、武芸や戦のことだけではなく、掃除や料理など、碑女、下郎がやる仕事まで知悉しておった。爺も俺と同じくらい卵の剥き方が上手かった。

 市が、爺の卵を嫌がるようなら張り倒してやろうと思ったが「しゅまんのう、ジイ!」そう言って、爺の卵を俺と並んで美味そうに食いおった。爺もニコニコしながら、市の剥いた卵を食っていた……。



「ほう、上総之介にも、そんな子供時代があったのじゃなあ」



「ム、勝手に人の心を覗くな(-_-;)」

「弟の信行の時は違ったな」

「ん……ああ。勘十郎(信行の幼名)の時は焼き芋だった」

「弟は、爺の焼き芋を食べなかった。しかし、上総之介、その時は弟を張り倒さなかったな」

「張り倒す値打ちも無い。奴は、爺が剥いた芋は汚いと思っておった」

「爺思いなんじゃな」

「ちがう。奴は物の値打ちが分からん男だ。美味くて量があれば誰が剥こうが同じゆで卵、同じ焼き芋だ。それを爺の手が触ったことで忌避するやつはバカだ、張り倒す値打ちも無い」

「そうか……」

 俺は、後に信行を刺し殺している……それには触れないのか……まあ、いいがな。

「上総之介、もう一つ残っているゆで卵、食べてもよいぞ」

「そうか、では、いただく……」

「ただし、殻は剥かずにな」



「なに?」



「そういうことなのじゃ、素戔嗚を成敗するには、まず殻を剥かなくてはならん。上総之介は、やっとその殻を……」

「剥いたところなのか?」

「まあ、半分な。ぜんぶ剥けたら、その時にわたしが出向く……さて、目も覚めた、仕事にかかるとしようかのう」



 カーー カーー



 ついさっき夜が明けたところなのに、もう日が暮れかかっている。



「で、あるか……」

「お互い、兄弟姉妹のことでは苦労するのう……励め、上総之介……」

 後姿で手を振ると、石と重なったところで天照は消えてしまった。



 とりあえずは、家に帰って寝ることにする。

 

 
☆彡 主な登場人物

織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生  ニイ(三国志での偽名)
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市        信長の妹  シイ(三国志での偽名)
平手 美姫       信長のクラス担任
武田 信玄       同級生
上杉 謙信       同級生
古田 織部       茶華道部の眼鏡っ子  越後屋(三国志での偽名)
宮本 武蔵       孤高の剣聖
二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
雑賀 孫一       クラスメート
松平 元康       クラスメート 後の徳川家康
リュドミラ       旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ  劉度(三国志での偽名)
今川 義元       学院生徒会長
坂本 乙女       学園生徒会長
曹茶姫         魏の女将軍 部下(備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
諸葛茶孔明       漢の軍師兼丞相
大橋紅茶妃       呉の孫策妃 コウちゃん
孫権          呉王孫策の弟 大橋の義弟
天照大神        御山の御祭神  弟に素戔嗚

 

 
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