「きみ」を愛する王太子殿下、婚約者のわたくしは邪魔者として潔く退場しますわ

間瀬

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22 迷宮

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 話はわかった、ラファエル王太子殿下はそうおっしゃった後、黙り込まれてしまいましたわ。
 沈黙が気まずい上、今のわたくしの体勢が――ラファエル王太子殿下に、だ、抱きついている状態になっているということに今更気が付きましたので、身を離そうとしたのですわ。
 けれどもラファエル王太子殿下の腕の力が強くて、それは自力では叶いませんでしたの。

「あの……腕を」

 離してくださいまし、と続ける前に体の締めつけが強くなり、わたくしは言葉を続けることを断念いたしましたわ。
 十の頃から四年以上、おそばで過ごしてきましたもの。
 こういった反応をするときに何かを言ったとしても全くの無駄だということは、よくよく存じております。
 不意にラファエル王太子殿下が深く息を吐かれましたので、わたくしは驚いてその場で飛び上がりそうになりましたわ。

「まず、一つ言っておこう」

 わたくしは顔を上げようとしたのですけれども、うなじを手でそっと押さえられましたわ。
 顔を見られたくないんだ、とおっしゃっられましたので、わたくしはもう一度湿った布に顔を埋めましたの。

「アリアと私の間には――大きな、誤解があるんだ」
「……誤解、ですの……?」
「あぁ」

 そう頷くラファエル王太子殿下には、嘘の気配など欠片もございませんでした。
 数秒の静寂の後、昼休みの終わりを告げる鐘が聞こえてまいりました。
 それとともにすっと立ち上がったラファエル王太子殿下は、わたくしが目を向けたときには既に背を向けていらっしゃいましたわ。

「あの誓いの言葉は、現在も違えるつもりは一切ない」

 ドアの前で一度立ち止まりそうおっしゃったかと思うと、出てゆかれてしまいましたわ……。
 どういたしましょう……信じても、よろしいのでしょうか……。

「失礼いたします、昼食とタオルをお持ちしました」

 ドアが開き、カートシャリオを押して侍女の方が一人入っていらっしゃいました。
 どこか見覚えがあると思いましたら、ラファエル王太子殿下の専属のうちのお一人でしたの。

「あの……わたくし、授業が」
「その顔ではどちらにしても出席できないでしょう。ギーズ家の令嬢たる者、といつもおっしゃっているギーズ公爵令嬢がその体面を汚すようなまねは、まさかいたしませんよね?」

 あぁ、顔……そういえば泣いたんでしたわね……すっかり忘れていましたわ……。

「え、ええ、もちろんいたしませんわ」
「……そうですか」

 そんな胡乱げな目を向けないでくださいまし……怪しいということは存じておりますもの……。
 彼女はお昼ごはんデジュネをテーブルに並べ終えられると、わたくしの方に向き直られましたわ。

「ラファエル王太子殿下からの言伝を預かっております」
「言伝……ですの?」
「はい」

 何についてでしょう……中途半端になった話し合いに関係ないことでしたら、少々悲しいですわ……。

「今は事情があって何も話せないが、いつかは話す、そうおっしゃっていました」

 ……ぇ。

「そ、それだけですの?」
「はい、以上です」

 ……誤解があるだとか誓いは違えるつもりはないだとか、色々と気になることばかりおっしゃった挙げ句、それですの……?
 まるで、言い逃げではございませんこと。
 ――もしかして。
 ふと最悪の事態に思い当たってしまい、背筋を冷や汗が伝いましたわ。
 ――わたくしを正妃に据えて、シャロウン男爵令嬢を側室や公娼になさる……というおつもりであったり……?
 そもそも「誓いを違えるつもりはない」というお言葉も、いつまで守られるのかは存じませんわ。
 ラファエル王太子殿下が言及なさったのは「現在」のことだけであって、「未来」ではなかったのですもの。

 侍女の方が目を冷やしてくださっているのを頭の片隅で理解し、お礼を言いましたけれども、心ここにあらずであることは十分伝わってしまったと思いますわ。
 悪い方へばかり思考が回ってしまっているのは自覚しておりましたが、それを止める術を、わたくしは持っておりませんでした。
 まるで、ぐるぐるとした迷宮に一人放り込まれ、あてもなく彷徨っているようですわ……。
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