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60 魅了堕ち幽閉王子の長い夜(王子視点)
しおりを挟む夕食の最中は何も考えずにいられた。会話はないが人がいるし、疑われるような変な行動はとれないから、黙々と夕食を口に運んだ。
いつも通りの、冷めた食事。
それが僕に冷静さを保たせてくれる。食事が終わると、テキパキと片付けてメイド達は帰って行った。塔に入る許可を出すのに少し遅れてしまったが、特に疑われることはなかったようだ。塔には二重三重にカギが掛けてられているから、それを開けている間に下まで降りられた。
なので。
あれ? いつも通り返事したけど聞こえなかったー?
……って顔を全力でしておいた。だから、おそらくはバレていない。
まあ、許可を出さなかったところでメイドは普通に入ってくるけどな。儀礼的に許可は出しているが、鍵を持っているのはあちらなのだ。あくまでも、僕は幽閉中の身なのだから。
そして、夕食が終わり一人になった後。
「ああああああああ!!!」
僕は安心して取り乱した。
どうしよう、どうしよう、どうしよう! 寝ぼけていたとはいえ、召喚主をあんなにぎゅうぎゅうと……。とりあえず落ち着こうとベッドに隠しておいたクマを抱きしめるが、それが却ってあの感触を思い出してしまい落ち着かない。
……のに離せない。感触がこんなに違うのに僕は何故間違えたのだろう。理由は分かっている、寝ぼけたからだ。
僕は寝起きがすこぶる悪い。なので、規則正しい生活を送ってどうにかそれを誤魔化してきたのだ。でも、最近はお昼寝続きで少しずつリズムが乱れていたのかもしれない。
規則正しい生活! 規則正しい生活をしなくては……!!
どうにか自分を奮い立たせ、入浴の時間だから風呂へと入る。召喚主も言っていたじゃないか。風呂に入ると頭がスッキリすると。
入浴を済ませるとしっかり髪を乾かした。びしょ濡れのままだと召喚主に叱られるからな。「健康を考えてちゃんとしないならもう召喚しない」と召喚主に言われてからは、コレを怠ったことはない。
怒らせて召喚してもらえなくなったら困るから。
「…………召喚してもらえなくなったらどうしよう」
時計を見ると時刻は夜の九時頃。夜の召喚があるときは呼んでもらえる時間だが、今日は何の約束もしていない。少しだけ期待していたが、明日は朝からバイトがあると言っていたから無理だろう。言い訳をするのは明日のおやつの時間になりそうだ。……呼んでもらえたら――だが。
塔に一人きりの夜は長い。昼間、最高の昼寝をしてしまったせいか中々寝付けない。何となく不安で落ち着かないが、とりあえず今日はクマがいるから大丈夫。
ゲームでもやろうかと考えるが、気持ちが落ち着かなくてそれどころじゃない。とてもじゃないが乙女ゲーをやって女の子目線で楽しめる気がしない。
クマを抱きしめながら僕は考える。
気を紛らわそうと風呂に入っても何しても、最近は召喚主のことを考えていることが多い気がする。彼女はこう言っていた、とか。彼女がこうするなと言ったから、だとか。当たり前か。幽閉中の僕が唯一交流できる人間なのだから。
今は、幽閉中の塔の中。でも、いつの間にか彼女はこんなにも僕の生活に浸透してきている。こっちの世界には、何も彼女の痕跡はありはしないのに……。
縋るように抱きしめたクマから仄かに彼女の香りがして、僕はようやく眠りについた。
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