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5 『番絶ち』した幼馴染との再会
しおりを挟む「フルール! フルールじゃないか!! 久しぶり! ヴァイスとうまくやってる? 二人は昔から仲が良かったし、絶対、子だくさんで苦労するって思っていたんだよ。でも、二人はまだこの辺りに居たんだね。会えて嬉しいよ。家族が増えて、どこか郊外にでも引っ越しているだろうと思っていたからさ。ところでヴァイスはどこに居るんだい? ……フルール?」
名前を呼ばれ、その場でピシリと固まってしまった私に、グレイは不思議そうに首を傾げた。
最近、この店を気に入ったらしい王女様はヴァイスと共に訪れることが多い。時間が大体決まっているから、その時間は店主が気を遣って買い出しに行かせてくれるのだ。
買い出しから戻り。名前を呼ばれた時は心臓が跳ねたけど、懐かしい顔を見てホッとした。どうにか体の緊張を解く。
良かった……ヴァイスじゃない。飼い主と一緒の彼じゃない。
「どうしたの? そんな顔をして。幸せな番の話が聞けると思っていたんだけど……違うのかい?」
「まさか……そんなことになっているなんて」
私の説明に幼馴染のグレイは呆然としていた。幼い頃には誰がどう見ても番だと分かっていた私たちが、まだ結婚すらしていないことに驚いたようだ。
「グレイは……元気だった? 同じころにちょうど番が見つかったじゃない。ちゃんと幸せになった番の話が聞きたいわ。ふふふ、身近で二組も番が見つかるなんて奇跡だって言われていたわよね、私達」
「うん。でも、僕の番はあまり健康ではなかったから……ね。結婚する前に亡くなってしまって」
「あ……ご、ごめんなさい。その、知らなくて」
「ああ、いいんだ。結婚はできなかったけど、ちゃんと思いは通じ合っていたからね。幸せだった。今は……彼女の遺言通り、番絶ちして、前を向いて生きている」
「番……絶ち……?」
聞いたことが、あった。番と出会ってしまった獣人が理由があって番えなかったり――死に別れたりしたときに、問題行動を起こさないように番への愛を忘れる方法があるらしい。
噂としては聞いていたが、そもそも番を見つける者の方が少ないので、この件についてはさらに情報が少ないのだ。
グレイによると、番に先立たれた獣人の後追い防止のために、経験者による口伝えでこっそりと教えられているらしい。
「当時は僕も憔悴していてね。いつ後追いしても不思議はなかった。でも、近所の経験者から番絶ちを支援する団体の話を教えてもらったんだ。どうやら、僕の番がこっそりとその人に頼んでいたらしい。僕が、彼女への愛を忘れてでもちゃんと生きていけるようにって――。彼女は、自分が長くないことをどこかで察していたんだろうね。それで――準備をしてくれていた」
すごい、と思った。生きていて放置されるだけでもツライのに。死ぬと分かっていて、自分が居なくなるのを分かっていて、更に自分への愛を忘れるように勧めるなんて。
でも、多分――グレイの番は本当に彼を愛していたのだと思う。だからこそ、自分が居なくなった後の彼の幸せを願って身を引いたのだ。
相手に、憂いなく幸せになって欲しいから――。
「番絶ち……か」
「え、ちょ、フルールまさか……。いやいや、僕は死に別れたからそうせざるを得なかったけど、お互いがちゃんと思い合っているのに選択する手段ではないよ。その……、どうしてものときは経験者として教えてはあげるけど、正直、お勧めはできない。死ぬほどの苦しみを味わうし、ココだけの話、狂ってしまうことだってあるんだ。僕だって後追いするよりはダメ元で……って感じだったし」
「……そうよ、ね。…うん。もう少し……頑張ってみるわ」
「うん。それがいいと思うよ。番への愛を忘れる『番絶ち』は――本当に、本当にツライものだから」
そう言って、遠くを見るグレイの目はどこか寂し気で、失ったものの大きさが窺い知れる。
流石に経験者の言葉は重い。そうは思うものの、『番絶ち』の言葉は忘れられなかった。だって――。
今――現在進行形で私はツライから。
愛する番がいるはずなのに。苦しくて苦しくて堪らない。こんな思いをしてまで耐えるのが、本当に幸せなのだろうか。幸せな未来は訪れるのだろうか。
私に――彼を幸せにすることはできるのだろうか。
飼い主を見つけた時の彼の笑顔が忘れられない。
あの時の彼が、二人で一緒に過ごしてきた時間の中で一番幸せそうだったのに――?
グレイは私の様子が気になったのか、その後も店へと通ってくれた。あまり心配をかけるのも良くないので、あまりヴァイスのことは話さなかった。
王宮では王女様のお相手探しのパーティーやお茶会が連日続いていて、話すほどの交流がなかったせいでもあるけれど。
それでも食堂での仕事はいい気晴らしになった。毎日毎日クタクタになってしまうけど、疲れてぐっすり眠ってしまうので彼のことをアレコレ考えずに済む。
それに収入的にも余裕が出来たので、王女様の嫁ぎ先が決まり、私とヴァイスの未来が再び動き出したら、スタートは遅くても余裕を持った子育てを出来るかもしれない。
そんな風に将来を前向きに考えることもできたのだ。
大丈夫。頑張れる。愛してる。
苦しいのは、今だけよ。
そうやって、希望を持つことが出来た。
週に一度届けられる洗濯物の中に、王女様の香りが混じり出すまでは。
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