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EMANON side
EMANON side:ロジェ
しおりを挟む僕の幼馴染であるシェルアは、何でもかんでも拾う悪癖がある。
“捨てる神あれば拾う神あり”ということわざがあるらしいが、シェルアが神なら間違いなく後者の"拾う神"だろう。
彼女の優しさに救われた人間は多くいる。僕もその内の一人だ。
しかし僕はシェルアの考えなしの行動には、毎度頭を悩まされていた。
——彼女は純粋な善人だ。
他人に利用されたり、傷付けられたとしてもその人間を恨まないし憎まない。
逆にその人間の本質を見抜けなかった事を反省するような性格だ。
だから僕はシェルアが何か面倒事に巻き込まれていやしないか心配だった。
今日はシェルアが拾った少年がEMANONに来る日だ。
少年は記憶喪失らしいが、この最下層において記憶喪失自体は珍しい話ではない。
記憶障害はいくつかの種類と症状に分類される。
おそらく少年は長期記憶障害の類いだろう。
さっさと病院なり施設なりに入れて様子を見ればいいものを、シェルアは少年の記憶が戻るまでは一緒に暮らすと言って聞かなかった。
少しくらい放っておいても誰かに救われるだろうに、わざわざ自ら救いの手を差し伸べる必要があるのだろうか。
僕は彼女をそれほどまでに突き動かす理由が、未だに理解出来なかった。
事務所に出勤すると、僕はエッシとブラッドにJP区へのお使いを頼んでパソコンを起動させた。
おびただしい数のメールを確認しながら、自分宛の物はスマホへと転送する。
すると責任者のシェルアに会えないかという内容のメールを見つけた。
とりあえず返信してみたが、彼は是非会って話がしたいと言う。
幸い今日は依頼が入っていないため、短時間なら対応は出来る。
日時は今日でいいかとメールを送ると、すぐにYESという返事が来た。
ドアをノックする音が聞こえる。
どうぞと言うと、ルイス達が部屋の中へと入ってきた。
例の少年は案外元気そうな顔をしていて、僕は少し拍子抜けした。
先に声をかけて椅子から立ち上がると、シェルアが少年の名前を口にした。
少年の名前はサンというらしい。
見目は普通だが、右目の眼帯が気になった。
少年は緊張しながら僕に挨拶をすると、畏まった様子でよろしくと言った。
この少年は自分の立場を弁えているようだ。どこぞの馬鹿も見習ってほしい。
僕は笑顔を作って自己紹介すると、少年と握手を交わした。
軽い冗談で少年にシェルアに迷惑をかけられていないか聞くと、少年は自分が迷惑をかける方だと言う。
やはり謙虚な人間らしかった。
シェルアの外面に騙されないように言うと、シェルアは不服そうな顔で僕の名前を呼んだが、僕は本当の事だと言い返した。
デスクに戻って、先程のメールの内容をもう一度確認する。
場所を聞くと自宅を指定された。
シェルアはブラッドとエッシが何処に行ったか気にしているようで、JP区にお使いだと言うと今度はいつ帰ってくるかを聞いてきた。
昼までには戻るだろうと適当に答えて、これから僕と仕事だと話す。
シェルアは子供のように渋っていたが、僕が到着時間のメールを送信して上着の袖を通す頃には、すぐ帰ってくるからと少年に大人の振る舞いをしていた。
いってらっしゃいと見送られて、シェルアと一緒に駐車場のある地下へと降りる。
僕は車のドアを開けると、助手席にシェルアを座らせた。
「たまには私が運転しようか?」
「いや、いらない」
僕は首を横に振ると、メールの人物の家へと向かった。
わかりやすい豪邸だったためすぐに辿り着けた。
半分疑っていたが、資産家の彼はただ純粋にシェルアと会って話をしてみたかっただけらしく、妙な依頼はされなかった。
彼の趣味は投資と寄付で、色々な人から話を聞いて知見を広げるのが好きらしい。
話の途中、電話が鳴って彼は部屋から出ていった。
部屋の監視カメラの数を数えていると、シェルアはスマホを取り出してマリア達に連絡を入れた。
一斉送信で済まさない辺り、彼女がマメな人間である事を証明している。
少年ならまだしもブラッドは大人なんだからある程度放っておけと言っても、シェルアは納得出来ないようだった。
彼が戻ってくると、途中だった話を再開した。
株の話は僕の考え方と共通点が多く、話していてとても有意義な時間だった。
彼は暗号資産も幅広く手掛けているようで、色々と親切に教えてくれた。
「EMANONのスポンサーになるにはどうしたらいいかな?」
「スポンサーですか?」
「ああ、僕は社会貢献も兼ねて様々な組織のスポンサーになっているんだ。君達さえ良ければ是非支援したい」
正直金には困っていないが、人脈はあって困るものではない。
僕は礼を言うと、彼と名刺を交換した。
彼の腹の虫が鳴いたところで上手く話を切り上げる。
僕達はそのまま別れの挨拶を交わすと、車へ乗り込んだ。
「いい人で良かったね」
「そうだね」
信頼するにはまだ早いが、訂正するのも面倒で頷く。
事務所に戻ると、男連中がいなかった。
どうやらまだ買い出しから戻ってきていないらしい。
妙なトラブルに巻き込まれてないだろうなと考えていると、十分ほどで買い出し組が帰ってきた。
大福が真っ先にシェルアに駆け寄って尻尾を振っている。
ブラッドから無言で渡されたアタッシュケースを受け取って自動計算機に紙幣を入れると、シェルアはおかえりと改めて少年に声をかけて手を洗うよう促した。
表示された金額を確かめて、金庫にしまう。
マリアとエッシは紙袋の中から中身を取り出すと、テーブルにパンと飲み物、ウエットティッシュを並べた。
マリアがサンドイッチをデスクに置いたため礼を伝える。
大福の分も一緒にやるかとマリアが聞くと、シェルアは犬用のパンはおやつに回すと言った。
大福があからさまにショックを受けていたが、飼い主は無反応だった。
マリアとエッシが昼食の準備を終えると、手洗いを済ませた三人が戻ってきた。
ルイスに帰りが早かった事を指摘されたが、僕は適当に言葉を返して新聞を広げた。
新聞には隣の区でまた殺人事件が起きたという記事が載っている。
今回は無差別殺人ではなく、悪人を狙う殺人鬼らしかった。
読み進めているとエッシとブラッドがいつもの口喧嘩を始めたようで、二人はマリアとシェルアから注意を受けていた。
喧嘩するなら離れて座ればいいのに、あの二人は何を考えているのかいまいちよくわからない。
僕はいつもの事だと気にせず、サンドイッチを口にして作業を続けた。
マリアは午後は久しぶりにゆっくり出来そうだと言ったが、僕はこの前の害虫駆除の依頼を思い出した。
あの日の午後は依頼がなく、ゆっくり過ごせると思った矢先の出来事だった。
詳細をマリア達に聞かれて説明すると、ブラッドから何でいつも俺なんだと不満の声が上がった。
適材適所だと言い返すと納得いかないと更に不満を言っていたが、わざわざこいつの機嫌を取る必要もない。
僕は無視して新聞の記事を読み進めた。
虫が苦手なのは僕とエッシだけのようで、少年に至っては関わった記憶がないらしい。
確かに三十年前の地上にも虫は存在していたが、積極的に関わった覚えは僕にもなかった。
新聞の見出しには、新種の生物を発見したと写真が載っている。
都市伝説の類いを感じて、僕はその記事を飛ばした。
ルイスが独り言のように今の地上はどうなっているのか呟く。
するとシェルアはサラダにドレッシングをかけながら、自分達が来たのは三十年くらい前だからと答えになっていない答えを返した。
あの地上なら色々変わっているか、逆に何も変わっていないかの二択だろう。
そう言うとルイスはそんな事があるのかと疑問を投げかけてきたが、凡人の特性を伝えるとすぐに納得した。
——あいつら凡人は自分が才人より立場が上だと勘違いしている。歴史は間違いなく偉人がつくったというのに。
昔話を少しすると、マリアに平和が羨ましいと言われた。
波瀾万丈の此処の暮らしに比べれば、地上は平々凡々の暮らしだからだろう。
だが僕にとって地上は自分を縛り付けるルールばかりで退屈だった。
「地上にある本やテレビ、映画、スポーツ等は冒頭と末尾に必ず才人の真似をしないようにと注意喚起があるんだよ」
「へえ~」
「学校ではテストの点数が平均点を大きく上回ると目をつけられる。年に一度の凡人テストが最たる例だ。地上にいる“才人”をあぶり出して、地下へ落とす仕組みになってるからね」
地上のルールをいくつか例に挙げると、エッシは僕がテストで満点を取ってそうだと口にした。
最初はそれをやって大変だったと返事をすると、次にエッシはシェルアにどうだったかと尋ねた。
シェルアは学校に通っていなかったからと苦笑したが、ルイスにお嬢様だと言われると、僕を巻き込んでお坊ちゃまだとからかった。
確かに僕の家は世間一般でいえば裕福だったが、その呼び方は気に入らない。
僕は話を切り上げると、今後の話をしようと少年に目を向けた。
しかし何故か少年が咽せ込んで出鼻を挫かれた。
どうもパンを喉に詰めたらしい。
気を取り直して今後の話をすると、命の危険を感じたら空砲を撃つようにと拳銃を少年に投げ渡した。
今日用意して貰った特別製の銃だ。
少年は初めて触れるそれに怯えているようで、引き金を引けば僕達に通知がいくようになっていると説明しても、理解が追い付いていなかった。
ルイスが補足を入れて初めて少年は理解を示したが、スマホを持っているからと平和ボケな発言をした。
浅はかすぎる考えに苛つきながら、スマホが奪われたり壊されたりしたらどうする気だと問いかける。
どうあがいても戦う術を持っていない人間は、この最下層においては無力で、簡単に殺されてしまう存在なのだ。
初日に狂人に追われたのも忘れたのかと叱責すると、少年は僕に謝った。
僕が言った事は全て正論だから当然だ。
言い方はきつかったかもしれないが、優しく言ったところで伝わらないなら厳しく言っても同じ事だろう。
自分でも努力するよう忠告すると、僕は再び新聞に視線を落とした。
ひそひそと聞こえる声に小さく溜め息をついてページをめくる。
政治も経済も芸能もスポーツも、先日の新聞と内容が大差ない。
取り立てて騒ぐようなものは今は事件しかないのだろう。
少年はルイスに拳銃の撃ち方を教わっているようで、マリア達と仲良く話していた。
大福と戯れて遊んでいる姿はなかなか楽しそうで、彼らの若さが少し羨ましくなった。
不意に地面が揺れて、ページをめくる手を止める。
スマホの画面を見ると、先程の地震についての速報が来ていた。
短い地震だったと言うシェルアに頷いて今回は自然現象だろうと相槌を打つと、少年が地下は地震が多いのかと質問をしてきた。
てっきりさっきの僕の態度で物怖じするものと思っていたから、少年のこの反応は意外だった。
——知らない事を知ろうとするのは良い事だ。
僕は知識を得ようとする少年に素直に感心した。
シェルアは地震を初めて経験したのに気付かなかった事を少年に謝っていたが、本人が怖がっていないのだから別に謝らなくてもいいような気がした。
コーヒーを一口飲んで、地震の数は住んでいる所で変わってくると説明する。
ついでに地下の方がまだ安全だと諸説を教えると、ルイスはラッキーだと言った。
酸欠になる危険もあると言うと、エッシが最下層にいる時点で危険も何もないんじゃないと尤もな事を口にした。確かにそれはそうだ。
思わず笑うと、マリアも自然災害より事件や事故の方が多いと話した。
マリアはルイスに少年を脅すなと注意されて謝っていたが、ブラッドはマリアの発言に賛同すると、平和だったら警察という組織はなくていいとまた尤もな事を言った。
冗談でそれなら僕の友人が一人職を失う事になるとこぼす。
すごいと言うルイスの感性はよくわからなかったが、反社会的な人間が友人にいるよりはいいだろう。
今日の依頼主もそうだが、シェルアはそういう連中と関わりがある。
彼女は犯罪者でも更生は必要だと考える人間だから厄介だ。
あちら側に関わるなと交友関係に釘を刺すと、シェルアは笑って誤魔化した。
彼女の曖昧な態度に苛立っていると、僕の足下へと大福が走ってきた。
何か言いたげな目でじっと見上げられて、こちらが悪い事をしたような気分になって気まずくなる。
無垢な瞳で見つめるのをやめてほしいと大福に言っても、YES NOかわからない。
ひとまずシェルアをいじめた訳ではないと伝えると、大福は本当かと聞き返すようにひと鳴きした。
シェルアは他人事のように肩を震わせて笑っている。
笑っていないでどうにかしてくれと訴えると、シェルアは大福を呼び戻した。
口うるさいだけだと大福に言うシェルアはかなり失礼だが、自覚はあったため僕はほぼ読み終えた新聞に視線をまた落として、本日何度目かの溜息をついた。
——だいたい、僕が口うるさくなるのはシェルアが一番の原因だ。
よもぎがシェルアの所へ走っていく。
シェルアは二匹を抱き上げると、そのまま膝に乗せてキーボードを打ち始めた。
明後日の依頼は区域清掃らしいが、生憎僕は休暇を取っている。
僕は耳だけ傾けると、新聞を畳んでパソコンの事務仕事に戻った。
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