Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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花屋さんと雨

花屋さんと雨

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 これから僕はシェルアさんとお散歩だ。
 お散歩のついでに花屋さんに寄ってもいいかシェルアさんに聞かれたから、僕はうんうん頷いて返事をした。
 お世話になっている人に花をプレゼントするみたいで、贈る花ももう決まっててドライフラワーをプレゼントするらしい。
 
……ドライフルーツの花バージョンかな?

 食べられる花もあるのかなーって考えていたら、エディブルフラワーっていう食べられる花もあるよってシェルアさんに言われた。
心を読まれちゃった。

 外は生憎の雨だけど、散歩に行けるから僕はウキウキだった。
 レインコートを着せられてちょっと窮屈になっていると、よもぎに鼻で笑われた。
よもぎは雨に濡れたくないから留守番しているらしい。
まあ雨に濡れたら自慢の毛並みが乱れちゃうもんね。

『いってきまーす』
『いってらっしゃい』
「マリア呼んであるけど、ゆっくり休んでてね」

 シェルアさんはよもぎにそう言うと、僕と一緒に家を出た。
 いつも通る散歩道は水溜りが出来ていて、足元を濡らしていく。
でも僕はいつもと違うその感覚が好きでわざと水溜りに入ったり、飛んだり跳ねたりして遊んだ。
通りすがりの人から可愛いわねー、元気ねーって声をかけられてちょっと誇らしかった。

 隣町まで歩くと、目的地の花屋さんに到着した。
 小さな花屋さんだけど、店主さんが大きい人だからお店が余計小さく見える。
 僕は店主さんに元気よく挨拶した。

『おはよー!』
「ああ、大福くんにシェルアくんいらっしゃい。待ってたよ」
「おはようございます、グレゴワールさん」

 店主さんであるグレさんは大きい。
 人間だけど熊みたいな人で、闘ったら強そうである。
でもグレゴワールさんはとっても優しい人間だ。
僕を撫でる手が大きくて温かくて、それでもってすっごく優しいのだ。
 グレさんの手に擦り寄って頭を撫でられていると、不意に背中が重たくなった。

『よ、大福』
「あ、コラ。駄目じゃないかズズー、大福くんの上に乗ったら」

 上から降ってきた声を聞いて、背中の重みがズズーによるものだとわかった。
前からズズーは僕の背中に乗る癖がある。
 ズズーはこの花屋さんの看板猫で、僕の大事な友達だ。
 上に乗るのはマウントを取っているからだって誰かが言っていたけど、ズズーに聞いてみたら乗りたいから乗ってるだけだって言われた。
僕は乗り物なのかとその時は不思議に思った。
でも人間が車に乗るようなものかと考えてみると納得がいった。僕も初めて車に乗った時はしゃいだものだ。
ズズーは僕より子供だから、犬の僕を見てかっこいい乗り物だと思ったのかもしれない。そう思うとまあいっかという気持ちになった。
 僕の上にいるズズーを降ろそうとするグレさんに大丈夫だよとアピールする。
 グレさんは困ったような顔で僕を心配していたけど、シェルアさんが大丈夫なんじゃないですかって言ってくれたおかげでズズーは降ろされなかった。

「大丈夫かなぁ……」
「大丈夫ですよ。本人……本動物達も嫌がってないですし」
「でも大福くんの方が小さいから心配だよ」
「え。体重同じくらいなんじゃないですか?」
「そうなの?」

——あ~そこで体重の話しないで~またおやつ減らされちゃう~~!!
 
 しかし僕の願いもむなしく、二人は僕達の体重の話を始めた。
すると背中に乗っていたズズーが、僕の頭をぽすぽすと軽く叩く。

『そういえば太った?』
『聞かないで……一番心にくる……!』

 落ち込みながらそう言うと、ズズーは丸い方が可愛いからいいじゃんと言ってきた。
 確かにそうだけど僕にも色々あるのだ。

「あれ、大福反省してる?」
「エッ。なんかごめんね……?」
『気にしないで……大丈夫だから……』

 グレさんは悪くないから、僕は大丈夫だと首を横に振って伝えた。

『大福が太ったのは自業自得だもんね』

——そうだけど言い方!! 歯に衣着せて!!! 八ツ橋にくるんで!!!!

 僕が抗議するとズズーはポカンとしていた。

『ヤツハシって何?』

 僕は出来る犬だから猫のズズーに八ツ橋がなんたるかを丁寧に教えた。
 八ツ橋とはJP区のお菓子で、焼く前と焼いた後どっちも食べられるお菓子だ。つまり八ツ橋は二度お得である。
 僕は犬だから残念ながら食べた事がないけど、きっと美味しいと思っている。
 ズズーは僕の説明を聞いて興味なさそうに欠伸をしていた。
ズズーから聞いたのになんて奴だと思ったけど、僕もズズーが花の話をした時同じような反応をしてたからおあいこだった。

「仲良しだねぇ」
「撮ってもいいかな? ズズーと大福」
『いいよ』
『僕もいいよ~』

 ズズーと一緒に返事をすると、カシャという音がして、シェルアさんは撮った写真を見せてくれた。いい感じに写っている。
写真を撮られるだけでありがとうって言われて喜ばれるなら、いくらでもどうぞって感じだ。
もしかしたらアイドルになれるかもしれない。

『ねえねえ、僕達アイドルになれるかな?』
『……やぶさかではない』
『……やぶさかって何?』

 聞き覚えのない言葉の意味がわからなくて聞くと、ズズーはただその言葉を使ってみたかっただけらしく、意味はよくわかっていないみたいだった。
 家に帰ったらよもぎに聞いてみよう。

 シェルアさんとグレさんはスマホを取り出して何やら話している。
 グレさんがわからない所をシェルアさんが教えているようで、グレさんは怖い顔をしながらスマホと睨めっこしていた。
 グレさんの今の顔は小さい子が見たら泣いちゃいそうだ。
 グレさんは大きいから子供や動物に怖がられるんだってこの前言っていた。
だから僕達が仲良くしてくれるのはグレさんにとってすごく嬉しいらしい。
 グレさんの良さがわからないなんて、人間の子供は損している。
でもみんながグレさんの良さに気付いたら、僕の食べる分のおやつがなくなっちゃいそうだから、しばらくはこのままでいいかなと思った。
 
『長くなりそうだからあっちで休憩しよう』
『お邪魔しま~す』

 僕達は店の奥へと移動した。
 いつもの場所に行くと、ズズーと僕のおやつがお皿に用意されていた。 
 流石グレさん。僕が来る前に用意してくれたんだ。
 ズズーが僕の背中から降りて、隣に並んで食べ始める。
 今日のおやつはジャーキーだ。
 僕達は静かにそれを食べると、二人の所へ戻った。

「あ、美味しかったかい?」
『うん! 美味しかった!!』
『またくれグレ』
「いつもすみません……ありがとうございます」
「いいんだよ。大福くんも店のお得意様だからね」

 グレさんは大きな身体を屈めて、僕の顎下を撫でた。
 心地よさに目を細めてうっとりしていると、不意打ちでズズーが僕の背中に乗ってきた。食後はきつい。

「ごめんね、グレゴワールさん独占しちゃって」
『気にしないでー。それより抱っこ』

 ズズーはシェルアさんに前足を伸ばした。
 引っかかる爪がちょっと痛くてどんなバランスで立っているのか見上げて確認しようとすると、シェルアさんが既にズズーを抱っこしていた。

「甘えただなあ」
「そうなんですか?」
「女性客だとね。やっぱりオスだからかな」
『余計な事言うなよ』

 ズズーがグレさんを睨むと、グレさんは苦笑を浮かべていた。
 まあ女の子って柔らかいし優しいし可愛いもんね。わかるわかる。
 うんうん頷いていると、ズズーに今度よもぎにバラしとくってサラッと言われた。

『やめてー! 僕の一番はよもぎだから! 変な誤解しないでー!』
『ふん』

 ズズーは鼻で笑うと、シェルアさんの胸に頭を擦り付けた。
 シェルアさんは一頻りズズーを撫でて、ズズーを床に下ろす。
 ズズーは満足げに尻尾を揺らすと、シェルアさんに御礼を言った。

「ああ、あとコレだ。一番上のはおまけね。うちの母からシェルアさんに」
「わ、ありがとうございます。そんな気を遣わなくても良かったのに……」
「初めて作った商品が売れたから嬉しいんだと思うよ。母さんこんなの売れるかって心配してたから」
「そうなんですか? 素敵な作品だからこれからもっと売れると思いますよ」
「はは。それは嬉しいな。母さんにも伝えておくよ」

 シェルアさんはグレさんから、中くらいの紙袋を受け取った。
 自家製おやつとかかな。もしそうだったら一つほしいなと紙袋を見ていると、シェルアさんにお菓子じゃなくて花だから食べられないよと冷静に突っ込まれた。

「大福くんは食べるのが好きだねぇ」
「色んな所でおやつ貰うから減量中なんですよ」
「エッ。じゃあ今日僕おやつあげない方が良かったかな……?」
「大丈夫です。家でのおやつを減らすので」
『え~っ!! そんな話聞いてないよ~シェルアさ~ん!!」
 
 しょんぼりしていると、隣のズズーに笑われた。
 犬の不幸を笑うんじゃない。

「もうちょっと体重が減ってくれたら食べられる物が増えるんですけどね」
「ああ、最近色んな商品並んでるもんね。昔はそんなに数なかったのに」
「ね。時代の流れってすごいですよね」

……ん? 食べられる物が増えるって事は、今まで以上に美味しい物が食べられるって事……?
 
『なにそれ最高! 僕ダイエット頑張る!!』

 声高らかに宣言すると、シェルアさんに頭を撫でられた。
 頑張って体重を減らすから今度のクリスマス、七面鳥を食べさせてほしいと目で訴える。
 シェルアさんは無言で僕の頭を撫でた。

「ズズーも散歩させた方がいいのかなぁ。ずっと寝てばっかりいるし」
「うーん……散歩は好きな猫と嫌いな猫いますからねぇ」
『絶対嫌だ』
 
 ズズーがすごい顔で拒否した。

『だいたい散歩は家の周りをたまにしてるから大丈夫なんだよ』
『それ散歩って言うの?』
『あとぼく標準体型だからダイエットいらない』
『標準体型でも適度な運動はいるんじゃないの?』


 純粋な疑問をぶつけると、ズズーは無言で体当たりしてきた。当たり屋だ。
 グレさんとシェルアさんはズズーを見て笑っている。

「散歩も賛否両論あるから、ズズーがしたい時にさせるのが一番いいんじゃないですか?」
「確かにそうだよね。無理強いはしたくないし」
『そうだそうだ。無理強いさせるな』
『でも適度な運動はやっぱりいると思う』

 言ったらまた体当たりされた。
 結局飼い主のグレさんはうちの子が一番の精神でズズーを甘やかすらしい。
でもよくよく考えてみると、僕も割とみんなから甘やかされていた。

 シェルアさんに手招きされて、僕はシェルアさんの側へと移動した。
 名残惜しいけど、お別れの時間が来たみたいだ。

「じゃあそろそろこの辺で。ありがとうございました。また来ますね」
「こちらこそありがとう。今度はよもぎくんも連れて来てね」
『はーい! グレさんもズズーもまたね!』

 僕は元気よく別れの挨拶をした。
 グレさんは笑顔で、ズズーはいつもの顔だった。

『今度お土産持ってきてねー』

 ズズーの間延びした声を聞きながら、僕はシェルアさんにフードを被らされた。
 耳に何かかかるのはちょっと嫌だけど、外したら濡れちゃうから仕方ない。
僕としてはずぶ濡れになってみても面白いと思うけど、それをしたらシェルアさんに洗う手間をかけさせたとよもぎから冷たい目で見られてしまうから我慢した。

 外に出ると、やっぱり雨は続いていた。
 散歩を再開してしばらく歩いていると、前方に長靴を履いた子供がキャッキャと高い声を上げてはしゃいでいるのが見えた。
どうも水溜りに入るのが楽しいらしい。
横にいるお母さんはその子が転ばないかヒヤヒヤしていた。

……シェルアさんも僕達が小さい頃は、あのお母さんみたいな感じだったのかなぁ?

 チラリとシェルアさんを見ると、穏やかに微笑まれた。
 思い返してみると、シェルアさんに叱られるのは本当に危ない事をした時だけだったような気がする。
そう考えると僕は幸せ者だと思った。家族はいないけどよもぎがいるし、優しい人達に囲まれて過ごしている。
研究所にいた人達も優しかったけど、みんないなくなっちゃったから今こうして誰かといる時間は幸せだ。
たまに悪い人間もいるけど、シェルアさんの周りにいる人はいい人ばっかりだ。

 よもぎは僕と違ってまだまだ人間が信じられない。
でも最近はサンくんへの態度も柔らかくなってきていて、良い傾向だと思っている。
 よもぎがサンくんにちょっとだけ優しくなったのは、サンくんがシェルアさんを助けたという話をマリアさんに聞いてからだった。
あれだけサンくんを目の敵《かたき》にしていたブラッドも、最近じゃちょこちょこサンくんとお話している。
 うーん、生きていたら色んな事があるなぁ。

「大福」
『なーに?』
「こっちこっち。何処まで行くの」

 考えながら歩いていたら、曲がらなきゃいけない道を通り過ぎていた。

……恥ずかしっ。

「考え事してたの?」
『うん! まあね!』
「大福も考え事するんだねぇ」

 何か含みがあるような言い方だ。
まるで僕が何も考えていないみたいに聞こえて、ちょっと不服だった。
 ジトーッとシェルアさんを見ていると、僕の視線に気付いたシェルアさんがパチパチと目を瞬かせて苦笑した。

「違う違う。ほら、大福っていつも天真爛漫だから珍しくて」
『そうなの?』
「そうそう、いつも助かってるよ。皆大福に癒されてるから」

 勿論よもぎにもね、とシェルアさんは付け足して言った。

——僕とよもぎって皆の癒しになってたんだ。

 僕は犬だから人間の事はまだよくわかっていない部分もあるし、上手く人間に伝えられない事もいっぱいあるけど、それでもこうやって心が通じ合えるなら、こんなに幸せな事はない。
 どうせなら皆仲良く幸せをモットーにいきたいから、僕は僕で自分を磨いてたくさんの人間を癒していきたいな。
そのためにはやっぱりズズーと一緒にアイドルデビューするのが一番の近道だろうか。
でもその前に僕がダイエットしないと駄目かな。
ぽちゃぽちゃしてても僕の可愛さは消えないけど、健康のためには自分の身体を大事にしないとだ。

 ふんふん考えていると、また道を通り過ぎてしまった。恥ずかしっ。
 気を取り直して早足で歩くと、シェルアさんに早く帰りたいと勘違いされた。

 家に帰るとよもぎとマリアさんが出迎えてくれて、一番のおかえりを貰った。
 僕はシェルアさんに汚れた足を洗われると、ドライヤーで濡れた毛を乾かされた。
 ほんのり温かくなったその足で昼食を摂りにリビングに向かうと、いつものドックフードが用意されていた。
 痩せるためには全部食べないで残した方がいいんだろうけど、欲望には抗えず、結局僕は全部綺麗に平らげてしまった。美味しかった。
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