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「お姉様が、国王と婚約した?」
未だに私は、ミュリエルのことをそう呼んでいる。姉から婚約者を奪うことになって、最初の頃はウキウキした日々を過ごしていて、姉から奪ったと言っているようで気分が良かったから直す気がなかった。
男爵家からは、非難や抗議ではなく、謝罪がなされ、そして父に嫌われているのも姉のせいだと思っていたら、それが父親ではなかったことを知り、驚いたことに伯父が実父なのだとわかった。あちらが、父親なのはいいなと思ったくらいでしかなかった。
母のことはあまりないどころか。全く覚えていない。だって、部屋で過ごしていて、向こうが会いたがらなかったのだ。
「あなたは、お母様にそっくりなのよ」
姉は、何かとそう言っていた。だから、どうしたと思うばかりだった。母が亡くなっても何とも思わなかったのは、ほとんど会ったこともなかったし、話した記憶もないに等しい。
姉はたまにしか遊んでくれなかった。それに比べて、可愛がってくれた伯父は、私のことを常々娘にしたいと言っていたから、実の娘だとわかって喜ぶと思っていた。
だって、同じ髪色をしていて、とても珍しいのだ。私は、珍しいものを2つも持っているから、特別なのだ。
みんな嫉妬して認めたがらないが、特別なのは目に見えている。
でも、その結果、伯父もとい書類上、養父となった実父は、私を養子にした経緯を家族に全部知られることになって、それによって彼の妻はパーシヴァルを連れて実家に帰ってしまった。
パーシヴァルとは、あー、こうなると腹違いの兄になるのか。何ともややこしい。
パーシヴァルは、遊びに来ても姉とばかりいて、名前すら呼ばれたことはなかった。実父が私に構ってばかりなのに嫉妬していたのは間違いない。
そんなのが、腹違いの兄になっても、家を出て行ったから会うこともなくて快適だった。だって、特別なものを引き継いでいるのは、私の方なのだ。特別に可愛がってもらえていたのは、私の方だ。
パーシヴァルは、それが気に入らなかったに違いない。
「お父様」
「……やめてくれ」
「え、でも」
機嫌を取って、好きなものでもねだろうとした。いつもそうすると喜んでくれていたのにこの時は違っていた。
「しばらく、ほっといてくれ」
「……」
実父は、すっかり落ち込んでしまっていた。あれからまともに話してはいないが、それがしばらくして離婚することになったらしく、それで八つ当たりのようなことをされるようになった。
私は悪くないのに。なぜ、そんなことをされなければならないのか。全くわからない。それだけではなかった。
「お前のせいだぞ!」
「っ、」
「わかっているな? 王太子を奪ったんだ。愛想をつかされるようなことは絶対にするな。もし、この婚約が駄目になったら、この家には置いておかないからな。そのつもりでいろ」
実父は、これまで見せたことのない顔をしていた。血走った目をしていて、私に指図してきたのだ。
それに腹が立って仕方がなかった。跡継ぎが、母親について出て行ったのが気に入らないのだろうが、そんなの私は関係ない。
しかも、従兄が公爵家を継ぐことになったのも、姉の婚約が決まったあたりだった。
そして、冒頭の驚きだ。留学しに行ったはずが、男探しに行って、国王を虜にしたのだ。信じられない。
それを知るなり私は、ブスッとした。王太子妃の勉強や学園の勉強に忙しくしていて、友達も今回のことですっかり遠巻きにされていた。
父親が別にいたり、姉から婚約者を奪うようになってしまったから、話しかけづらいのだろう。そんなの気にしなくても、私は何ら変わってはいないというのに。玉の輿に乗る友達に嫉妬しているのかもしれない。
それが、国王と婚約したと聞いてから、姉に勝ったと思っていたのが、そうではなくなった気がしてならなかった。
自分が王太子と婚約できたが、色々とありすぎて王太子も私と距離を置いてしまっていて、中々会えなくなってしまっているのも不満だった。
男爵令嬢も、最近は友達ができたのか。学園で楽しそうにしているのを見かけて、私が話しかけようとするとその令嬢たちが遠ざけるせいで、ちっとも話せていない。
これまでは姉を使って、自分が良い令嬢に見えるようにしていた。王太子も、そう見えていたからこそ、婚約者として選んだというのに思っていたのと違って、好き勝手なことは何もできなくなっていた。
贅沢三昧の日々が送れると思っていたら、やることがたくさんあるとばかりにくたくたになるまで家庭教師やらがつけられ、実父もあの調子で怒鳴り散らすようになってしまい、それを相談したら……。
「それなら、ここに住めばいい。そうすれば、もっと勉強も捗るはずだ」
「勉強も大事かもしれませんが、せっかく婚約したのです。どこかに出かけませんか?」
「……いや、まずは誰もが認める婚約者になるのが先だ。ただですら、婚約したのを認めてもらえていないんだ。君に非はないが、実の父親が伯父の方だったりして、印象が良くなくなってしまった。男爵家も、身分のそいでミュリエルの家と争いたくなくて、自分たちの娘が悪いとさことにしてしまったから、益々私たちを見る目が厳しくなった。特に君のな」
「……申し訳ありません」
「いいんだ。その分、頑張ってくれればいい」
「……」
王太子は、一緒に頑張ろうとは言わなかった。私だけに頑張れと言い、そこから忙しいからと滅多に会えない日々を送っている。
会いたいと毎日言っても、週に1回お茶をする程度で、何かプレゼントをくれるでもなく、勉強の進み具合の話をされるのだ。やっていられない。
段々ともっと頑張れとしか言われなくなっていて、そのお茶会すら苦痛になるのは、すぐだった。
姉は、こんな風に扱われてはいなかったはずだ。毎日一緒にいたのが、男爵令嬢が現れて、そこにいる王太子を見て姉にあれから言わせていたが、あれをさせていたのは私だ。
ならば、私にだってできるとばかりに学園でも王太子にくっついて回ることにした。この気に乗じて王太子を誘惑したりする令嬢が現れるかもしれない。
王太子とは、つけ入る隙などないのだとアピールしたかったのだが、どんどんと王太子は離れて行っている気がしてならなかった。
姉と同じことをしているはずなのに何が違うというのか。さっぱりわからなかった。
特別なはずなのにちっとも幸せになれない。こんなのおかしすぎる。
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